第14話:お母さんの裁縫箱と、小さな騎士の注文
森を抜ける風が、少しずつ冷たさを帯び始めていた。
拠点の入り口に、王子ジルヴェールの使者から届けられたばかりの大きな荷物が置かれている。セナは「鑑定」を使いながら、その中身を一つずつ丁寧に検品していた。
「……よし。この厚手の羊毛布なら、厳しい冬の風も防げるわね。こっちの麻布は、裏地に使えば肌触りも良くなるわ」
セナの脳内では、既に冬に向けた「衣類管理計画」が立ち上がっていた。前世の事務職時代、備品の在庫管理と配布スケジュールを完璧にこなしてきた彼女にとって、家族の体温を守るための防寒着作りは、何よりも優先すべき「重要案件」である。
「メルディさん、この布の裁断を手伝ってもらえるかしら? ロレッタさんは、ボタン用の木片を磨くのをお願いね」
「了解しました、セナ殿。……布の強度と保温性のバランス、非常に合理的な選択です。私も正確な裁断を心がけましょう」
「はわわ〜、この布、ふわふわで気持ちいいですぅ〜! レイくん、ハルくん、見てください、羊さんの雲みたいですよ〜!」
眼鏡をクイと押し上げるメルディさんと、布に顔を埋めてはしゃぐロレッタさん。二人の看護師も、今やセナの「お母さん流・裁縫教室」の頼もしい助手だった。
「さあ、レイくん、ハルくん。採寸をするわよ。こっちに来て」
セナが手製のメジャー(目盛りを振った紐)を取り出すと、レイくんと少年の姿をしたハルくんが、少し緊張した面持ちで整列した。
「まずはレイくんから。……腕を広げて。……うん、この数ヶ月でずいぶん背が伸びたわね。袖丈は少し余裕を持たせておきましょうか」
「ママ、僕、もうこんなに大きくなったんだよ!」
レイくんが誇らしげに胸を張る。セナはその健気な成長を眩しく思いながら、テキパキと数字をノートに書き留めていく。次にハルくんの番だ。
「ハルくんも、肩幅がしっかりしてきたわね。……ふふ、くすぐったい? すぐ終わるからじっとしててね」
「キュイッ!」
ハルくんはセナに触れられるのが嬉しいのか、尻尾をパタパタと振りながら、じっと彼女の顔を見つめている。
採寸を終えたセナは、型紙(代わりの大きな葉)を広げ、事務員らしいこだわりを詰め込んだ設計図を引き始めた。
「……ただの服じゃダメね。動きやすさを確保するための『立体裁断』。それから、レイくんはよく動き回るから、膝と肘には補強パッチを当てましょう。……あ、それと『隠しポケット』も必須ね」
「セナ殿、……このポケットの配置、人間工学に基づいているのですか? 手が自然に届く位置に、重さが分散するように設計されていますね」
メルディさんの鋭い指摘に、セナは苦笑いした。
「そんな大げさなものじゃないわよ。……前世……じゃなくて、昔、仕事で重い伝票を持ち歩く時に、どこにペンや印鑑があれば一番楽か考え抜いた結果の応用よ」
そんなセナの横から、レイくんが真剣な顔でセナの袖を引いた。
「ママ! 僕の服、お願いがあるんだ!」
「なあに、レイくん?」
「あのね、腰のところに、剣を差せる丈夫な『ベルト通し』をつけてほしいんだ。あと、膝をついても破れないように、うんと強くして! 僕、もっと修行して、ママを守れるようになりたいから!」
小さな騎士の、切実で真っ直ぐなリクエスト。セナの胸が、熱いものでいっぱいになる。
事務的な「耐久性向上」ではなく、この子の「意志」を守るための補強。
「……わかったわ、レイくん。特別仕様ね。ママ、最高に格好いい騎士の服を作ってあげるわ」
すると、それを見ていたハルくんも、セナの反対側の袖をぎゅっと掴んだ。
言葉は発しないが、その瞳は雄弁に語っていた。
「ハルくんも? ……あ、ハルくんは、ここの胸のところに、私とお揃いの『紅い糸の刺繍』がいいのね?」
「キュイッ!!」
ハルくんは嬉しそうに何度も頷いた。
セナは二人を抱き寄せ、その温もりを確かめるように抱きしめた。
その夜。
拠点の中心に置かれたランプの下で、セナ、メルディさん、ロレッタさんの三人は、静かに針を動かしていた。
「……ロレッタさん、その刺繍、とても丁寧ね。ハルくん、きっと喜ぶわ」
「えへへ、セナさんに褒められちゃいましたぁ〜! 私、この子たちの喜ぶ顔を想像すると、指が勝手に動いちゃうんです〜」
ロレッタさんが鼻歌を歌いながらハルくんの服に小さな龍の刺繍を施し、メルディさんが理規に沿った完璧な縫い目でレイくんの服を補強していく。
セナは、二人の看護師という「妹分」が、いつの間にか自分と同じように、この子たちの未来を想って針を運んでいることに、深い感謝を覚えた。
翌朝。
拠点の広場には、完成したばかりの冬服に袖を通した、二人の小さな英雄が立っていた。
レイくんは、リクエスト通りの丈夫なベルト通しに木剣を差し、補強された膝を叩いて「これならどんな魔獣にも負けないよ!」と元気に飛び跳ねている。
ハルくんは、胸に輝く紅い糸の刺繍を誇らしげに指差し、セナに見せては「キュイッ!」と満足げに鳴いた。
「二人とも、本当によく似合ってるわ。……格好いいわよ、レイくん、ハルくん」
セナが二人の手を繋ぎ、朝陽に照らされた森を眺める。
新しい服。新しい冬への準備。
事務職が綴る管理日誌には、昨夜の遅い時間まで続いた作業の記録と共に、最後にこんな一行が添えられた。
『第十四案件:冬季被服の支給完了。
特記事項:レイくんは「騎士」の自覚、ハルくんは「家族」の誇りを身に纏った。
……心の在庫:温もり、上限突破。』
冷たい風が吹く森の片隅で、セナの「裁縫箱」から生まれた温かな絆は、どんな魔法の防具よりも強く、五人の未来を優しく包み込んでいた。




