倶界島
倶界島
〈概要〉
鬼と狐狸が住む国である。島とつくが、実際は半島であり、朝晩の寒暖差が激しい地域に位置しており、その差は最高で47度となるため、朝は暑いが、夜は降雪があるという日も少なくない。
ここに住む鬼たちは「獄卒」と呼ばれる種類の鬼であり、非常に冷静かつ理知的でありながら、鬼種の中でも苛烈で暴力に訴える傾向がある。
国内は中陰(中院)、東葛、谷城、周郷、峡間、大喬間、商禰津、大商禰津の8つの地方に分かれており、首都は中院地方にある「奈落」である。
現在、この国の公用語は現代日本語だが、元々、この周辺に住んでいた鬼たちは苛烈語などから派生した「羅刹語」を使用しており、無文字文化であった。
しかし、近代以降、外部との接触を有するようになると、経済活動等の理由から文字を使用する必要が生じた。当時、最も多くこの国を訪れていた遠敷国の外郎売たちによって、羅刹語が中世期日本語を用いて音写され、広く使用されるようになった。
研究者によると、刹那主義者が多いとされる遠敷国の鬼たちが音写を行ったため、いわゆる「その場のノリと雰囲気」で決定されたものが多いと指摘されており、それゆえ、字義や統一性などはあまり考慮されていないと考えられている。
現在も地名や伝統的に用いられている名詞の一部など、羅刹語を音写したものが残っている。
〈社会体制〉
一種の独裁体制を取っており、司法権、立法権、行政権は君主が持ち、最終的な決定権を有する。しかし、すべての議題は必ず、「十王」と呼ばれる議会による
討議を経る必要があり、君主もある程度の法的拘束を受ける。そのため、制限君主制に近い。ただ、君主が持つあらゆる権利の施行に対し、議会による承認は必要ではない。
君主は代々「閻魔」を襲名し、現在は252代目とされる。だが、文献資料の不足により、正確な数字は不明である。
君主の執務補佐機関として「翰林院」があり、外交文書の代筆や各種法律の起草などを行う。
また、行政実務を行う「タカムラ院」が設置されており、戸籍管理や法的に義務付けられた公衆衛生管理や指導などを行っている。
さらに恒常の諮問機関として「紫の宮」が設置されており、この機関によって行われた上奏は優先的に処理されることが慣習となっている。
〈畜産〉
この国最大の特徴は「人間を養殖」していることである。
人間はストレスを受ければ受けるほど旨味が増し、味わいが増す特徴があるが、
適切な飼育環境を構築・維持することが難しく、死亡率が高いことが有名である。そのため、世界的に人間養殖に成功している国はこの国を含め、ごく少数である。
この国では長年にわたり、国家プロジェクトとして人間の養殖研究を行っており、ついに平成32年に阿防裂倉技術博士が「阿防式人工哺育法」を確立した。(1)
現在ではその哺育法を基礎とした養殖方法が主流となっており、世界で唯一、人肉の「安定的な養殖」を行なっている。
この「阿防式哺育法」の確立の過程で、激しい寒暖差を利用し、ストレスを与える方法も同時に発見されており、この方法は現在、管理コストや死亡率の低さなどから、国内においてポピュラーな方法となっている。(2)
そのため、この国では人間が野外で飼育されることが多く、その牧場見学は技術的な視察も含め、人気の観光となっている。
また、牛込拓博士はさらなる安定した養殖法を模索する中で、人肉養殖では一般的に使用される催淫剤の多量使用が奇形仔の出生リスクを高めることを発見した。(3)
さらに博士はいわゆる〝共喰い〟が人間に与える影響を観察し、廃棄人肉飼料の有毒性を指摘した。(4)
これらの研究の末、確立された「たまひよ養殖法」で飼育された人肉は「くかい柘榴」というブランド肉として有名であり、この肉は品質が高く、安心して食べられる肉と認知されている。そのため、有名洋食店である「山猫軒」(5) などをはじめとした世界の三つ星レストランの多くはこの肉を使用している。薬剤を使用していないため、生レバーなども安全に食べられるが、かなり鮮度が高いものでなければ食中毒などの危険があるため、安全面を考慮し、国内の一部店舗でしか提供されていない。
以上の論文をうけ、議会は催淫剤などの使用や強制的な妊娠の禁止、廃棄人肉飼料の製造と使用を制限した「人肉養殖規定法」を制定した。違反した場合、一年間の業務停止処分および1000万円以下の罰金となる。
養殖元となる人間の仕入れは公的な認可「乱取」を得た業者が行っており、各国から捨て子や死刑相当の罪人(6) を買い付ける形で行っている。
〈遊郭〉
時折、人間に化けた狐狸が乱取に買い取られることがある。そういった狐狸たちは人間に化ける前の性別に関係なく、「達史林」と呼ばれる公認妓楼や湯屋などが集まる場所(遊郭)へ売られる。また、食肉に適さない人間もこちらへ回される。
達史林への出入り口は1か所のみであり、そこには門番が配置されているほか、映ったものの真実の姿を示す「浄玻璃の鏡」と呼ばれる鏡が設置されているため、変身術を用いた脱走も不可能となっている。(7)
そのため、遊廓から抜け出すためには客に身柄を買ってもらう「身請け」を行うか、自身で自身の身柄を購入する「自力本願」を行うか、妓楼を解雇されるか、死亡するかしかない。
しかし、飲食代や管理費といった名目で食事や入浴(サービス後に義務付けられている水浴びは除く)の度に給料から天引きされており、さらにサービスに必要となる潤滑油以外の物品(たとえば避妊具など)や日用品は自腹での購入となる。そのため、むしろ借金を抱えているというケースがほとんどであり、自力本願が成立した件数は多くない。
また、身請けの際は購入者が遊女の借金を含めた代金を払う必要があり、金銭的事情から身請けが成立したケースも低い(8) 。
解雇された場合も多くの雇用者は妓楼出身者の就労を断ることがほとんどである。そのため、「野干」や「はぐれ」(後述)とならざるを得ないが、生計が立てられず妓楼に戻ってくるケースが多い。以上の状況から、妓楼を抜けるためには死亡するほかなく、自殺を図ったり、客と共に心中を企てたりする者も多い。
高級遊女となれば多少の自由はあるが、それでも遊郭外に出ることはなく、遊女や男娼たちのほとんどは遊廓で生涯を終えることとなる。
達史林にある妓楼にとって、遊女や男娼たちは大事な商品であるが、国としても妓楼は重要な観光資源と位置付けており、観光振興政策の一環として安全対策・品質管理を政府主導で行なっている。
その安全対策・品質管理の1つとして、性病検査・健康診断の義務化がある。これによって妓楼は閻魔庁に対して、月2回の規定日に性病検査・健康診断結果を提出することが義務づけられている。正当な理由なく、結果の提出が3日以上遅延し、かつ、それが3回連続した場合、該当の妓楼は一定期間の営業停止処分となる。
また、不定期にタカムラ院の役人による立ち入り検査があり、妓楼内の衛生環境のチェックを行っている。
さらに半年に一度、所属する遊女全員の妊娠確認検査が義務付けられている。このとき妊娠が発覚した場合、妓楼の管理不行き届きということで最大で500万円の罰金および、妊娠した遊女の5年半の営業禁止令が出される。
遊女は授かった子供を出産するかどうかを選択できる。出産した場合、子供は遊女から妓楼が買い取るという形式を取り、代金は遊女の給料に上乗せする形で支払われ、産褥期回復の休養(という名の営業禁止期間)が与えられる。
子供はそのまま遊女が主体となって育てることとなるが、休養期間があけると従来通り客を取らなければならないため、身体的・精神的に重労働となる。
また、妓楼に対して自身の1日分の揚げ代(利用料金)を支払うことで休みとすることが可能となっている。
このような出産の選択や休日の取得などは、達史林全体の妓楼から選出された代表組織(「蜘蛛の糸」)と達史林の有力妓楼の頭取たちからなる「妓楼連」との間で取り決めた協定(8) により制定されたものであり、比較的近年に登場した仕組みである。
この「蜘蛛の糸」は「人肉養殖規定法」に基づく飼育環境整備の1つとして法的に
認められたものであり、遊女・男娼らのセーフティーネットとなっている。
〈妓楼「蜃気楼」〉
達史林の中でも「蜃気楼」は老舗高級妓楼として有名である。
この妓楼では遊女別の価格設定を行っているため、指名した遊女によって代金が異なることが特徴的である。
指名料などは掛からず、遊女を指名しないことも可能である。指名しなかった場合、「遣手」とよばれる案内係兼受付が客の好みと予算に合う遊女を案内する。
また、遊女にランク付けを行っており、最も高級な遊女は「妲妃」と呼ばれ、一夜を過ごすのに2億円は下らないといわれる。
この「妲妃」に会うには妓楼の頭取に常連客として認められなければならないが、常連客と認められる条件は「他店も含め、過去に店とのトラブルがないこと」「妓楼に年20回以上通う、あるいは年600万円以上使用している」ことである。この条件を満たして初めて頭取から「妲妃」に「紹介される」という権利を得る。この「紹介」とは御簾越しに妲妃と食事を取ることができるというものである。
そこで「妲妃」が気に入れば、妲妃を指名(「逢瀬」)できるようになるが、まだ共寝をすることは許されない。しかし、共に食事をしたり、妲妃の三味線や琴の演奏を聴いたり、妲妃の侍女(「禿」)たちも交えて連歌をすることができる。また、この段階から共に外出し、客の家に泊まることも可能となるが、その場合は利用料金の他に保証金50万円が必要となる。
何度か「逢瀬」を繰り返すと、妲妃の御簾の中に入ることが許される。これを「御開帳」と呼び、この段階になると身体に触れたり、身体を重ねたりすることが許される。
「妲妃」の一つ下のランクの遊女は「楊貴(妃)」と呼ばれる。彼女らと一夜を共にするためには1億円ほどかかるといわれており、一夜を共にするまでのプロセスは「妲妃」と同様であるが、「楊貴妃」の方が比較的早く「逢瀬」が可能となる。
このような「妲妃」や「楊貴妃」は高級遊女とされるが、そのランクになるためには夜の技が達者でなければならないことに加え、三味線や琴、舞などに熟達し、和歌や漢詩、またその他、高い教養が求められる。
通常、中級遊女から上級遊女になるためには他の高級遊女の推薦が必要となり、高級遊女が妓楼の頭取に推薦し、その上で5-10年の修行が必要とされる。修行の際は推薦した高級遊女が指導にあたる場合が多い。
高級遊女になると禿が2.3人付き、身の回りの世話や雑用、「逢瀬」の際の取次などを行う。
また、制限付きで外出や外泊も許可される。この外出の際、高級遊女たちは自分で歩くことはせず、輿に乗って移動する。そのため遊女の移動は輿の担い手や付き人、禿など大人数を伴うものであり、非常に人目を惹くものである。
最近ではこれを逆手に取り、あえて外出を多くさせることで妓楼の宣伝を行わせているほか、高級遊女が使用する化粧品や香などは話題になることも多く、絶大な宣伝効果が期待できることから、高級遊女の来店を歓迎する店が多い。
中級遊女は「芸伎」「巫女」と呼ばれており、頭取が夜の技に長け、多くの客から指名を受けていると認めた遊女がこのランクに属する。基本的に30分で1万8千円〜2万円でサービスを受けられ、一晩過ごすと5万円〜12万円となる。
それ以下の下級遊女は「妓女」「湯女」と呼ばれており、基本料金は30分で8千円〜1万6千円となっている。
妓楼にはこの他に10才以下の子供で構成される「禿」が存在するが、彼女 らは客を取らず、高級遊女らの侍女として身の回りの世話や雑用、取り次ぎなどを行い、高級遊女に付かない禿たちは店の雑用や炊事を担当する飯炊き女などの手伝いを行う。
〈「陰魔旅館」〉
オスの狐狸(変身前)は遊廓内で力仕事などに従事していることが一般的である。
だが、「陰魔旅館」では女装したオスの狐狸たちが男娼として客の相手をしている。
ここは達史林内で唯一の男色専門の遊郭であり、「閻魔」公認の遊廓である。ここに所属している男娼は23歳までの狐狸たちであり、それ以上の年齢になると遊郭内で荷物持ちや、召し炊きに従事するなど、遊郭の運営に関わる。
この遊廓の最高位男娼は「董賢」と呼ばれる。彼に会うために「妲妃」のような特別なプロセスは必要ないが、それ故に、非常に人気であり、指名の予約は常に3年先まで埋まっているため、会うのは非常に困難である。それどころか、「妲妃」などの高級遊女と異なり、董賢の外出は稀であるため、一目見ることも叶わないことも多い。
妓楼では遊女と客の間で特別な関係を結ぶ「契約(契り)」ことが、たびたび発生するが、この遊廓では「菊花の契り」という変わった契約が存在する。
この「菊花の契り」はまず男娼が客に粥を勧め、客がそれを食した後、2人で盃を掲げながら
「我ら、姓を異にすれども心はひとつ。この交わりは海水から雨水を取り除くが如し。同年同月同日に生まれ得ずとも、同年同月同日に死せん事を欲す。」
と宣言し、義兄弟の契りを交わす。その後、3ヶ月〜半年の間は会わず、9月9日の夜に再会し、そのとき、男娼が客に酒と肴を勧め、客がそれを断れば、晴れて「菊花の契り」が成立する。
これは他の男と共寝をせず、死ぬまで同じ男とのみ寝ることを約束する契りであり、実質的な交際宣言である。これは男娼からしてみれば、やたらと客が取れなくなることを意味し、身をなげうった契りといえる。そのため、客側がこれを破ると抜き身の刀で一刀両断される慣習となっている。
遊女のほとんどは妓楼に所属しているが、素行不良や病気などで妓楼を解雇された者も一定数存在し、そういった者は路上などで客を取り、生計を立てており、そういった者らは「野干」や「はぐれ」と呼ばれている。
おおよそ1回30分で3000円〜5000円程度で利用できるが、彼女らは無許可営業を行っているだけでなく、妓楼に月2回義務づけられている性病検査・健康診断を受けていない場合が多く、風営法や衛生法に違反しているため、「閻魔」はこれを問題視しており、一斉検挙の対象となることが多い。
現在、検挙された「野干」「はぐれ」は40日間の拘留刑のち解放となっているが、議会ではこれを拘束し、毛皮業者に売却するかという議論がなされている。
註釈
(1) 阿防裂倉「新知見に基づく人間の哺育法について」『くかい畜産学会会報』12、平32、p.14.
(2) 同書、p.14.
阿防「環境変化における寒暖差刺激法の再評価」『くかい畜産学会会報』1、平33、p.10-16.
阿防「人間の人工哺育における管理手間の改良余地の検討」『くかい畜産学会会報』2、平33、p.15
(3) 牛込拓「廃棄人肉飼料に関する有毒性の評価」『国立倶界畜産技術センター年報』7、平32、p.53.
牛込「人間の成長不全における蠑螈毒の影響」『国立倶界畜産技術センター年報』23、平33、p.36.
牛込「蠑螈毒精製型催淫剤が人間に与える影響」『奈落農業畜産学会誌』67、平35、p.40
(4) 牛込「人間の人工哺育における外的要因の影響解析」『奈落農業畜産学会誌』68、平35、p.100.
(5)詳細は「ヤマト=サクラ皇国」(https://ncode.syosetu.com/n0632jg/2/)の項目を参照のこと。
(6) 一般的に罪人は「罪」の味がして癖になる味だそうだ。
(7) この鏡や門番は脱走防止のほか、怪しいモノを遊廓内に入れないための防犯上の目的も果たしている。
(8) 身柄は最低でも3億円〜であり、「妲妃」レベルになると20億円にもなる。この大金を客は一括で支払う必要があるため、簡単に身請けすることは難しい。
(9)通称「林協定」であり、おおよその上げ代も規定されている。「蜃気楼」もこの協定を守る形で遊女たちの価格を決定している。
〈参考文献〉
阿防裂倉「新知見に基づく人間の哺育法について」『くかい畜産学会会報』12、平32、pp.10-15.
阿防裂倉「環境変化における寒暖差刺激法の再評価」『くかい畜産学会会報』1、平33、pp.10-18.
阿防裂倉「人間の人工哺育における管理手間の改良余地の検討」『くかい畜産学会会報』2、平33、pp.10-18.
牛込拓「廃棄人肉飼料に関する有毒性の評価」『国立倶界畜産技術センター年報』7、平32、pp.52-58.
牛込拓「人間の成長不全における蠑螈毒の影響」『国立倶界畜産技術センター年報』23、平33、pp.32-42.
牛込拓「蠑螈毒精製型催淫剤が人間に与える影響」『奈落農業畜産学会誌』67、平35、pp.100-110
牛込拓「人間の人工哺育における外的要因の影響解析」『奈落農業畜産学会誌』68、平35、pp.98-114.
半島(peninsula)と陰茎(penis)の語源が一緒というのをタマタマ知りました。




