お狐様、お米を買う
「ふ、ふりかけでございますか?」
「うむ。てれびを見ていて、儂も考えさせられるものがあってのう……このままではいかん、とな」
「それはそれは……」
妙な客が来たな、とソムリエは素直にそう思う。テレビに影響される客というのは定期的に来店するものだが、「一番良い米をくれ」とは言われても「ふりかけに合う米」と言われたのは初めてだった。
しかしながら卵かけご飯に良く合う米のようなものも開発されるこの時代、今までそういう客が居なかっただけだというだけなのかもしれないとソムリエは思い直す。
(そうだ……頑張れ私、此処は私の腕の見せ所……!)
そう自分を鼓舞すると、少しでも情報を得るべくソムリエはイナリに微笑みかける。ふりかけ。一口にふりかけといっても、様々なものがある。流石にソムリエも全てのメーカーのふりかけのデータを頭に入れているわけではないが、米ソムリエの基礎知識として一般的なふりかけの知識くらいはある。だから、なんかマニアックなものではなく基本的なものであれば充分にいける……!
だからそうであってくれと願うソムリエはイナリに問いかける。
「ちなみに、どのようなふりかけを?」
「うむ。海苔玉子味じゃの。あれは幸せの味がするからのう……!」
思わずガッツポーズをしそうになりながらも、ソムリエはその衝動を抑え込む。まるで野球やサッカーのゴールの瞬間を見たときのような爽快感。しかし、顔はあくまでそんな喜びを感じさせないスマイルだ。ガッツポーズなどとんでもない。クールに、笑顔でお客様対応をするのみだ。
「それでしたら、お勧めの品種がございます。米自体の味は比較的主張をせず、ふりかけの味と食感をサポートするかのような柔らかさを持つ『ミサハラ』でございます」
カタログから該当のページを素早く提示してくるソムリエに「おお」と驚きながらもイナリはカタログを覗き込む。
ミサハラは群馬の大地に位置する覚醒会社「ミサハラファーム」で作られた美味しいお米です。水魔法を応用し生み出された綺麗な水と各種スキルで完璧に調整された土の生み出す最高の環境がどんな調理法にもよく合う汎用性の高い米を作りだす一助となっています。
まあ、そんな感じの説明がずらずらと並んでいて、生産者の写真や値段が書かれている。『ミサハラ』は1kgで1250円。結構高いお米だが、それだけの自信はあるということなのかもしれない。イナリも流石にこの値段には少し腰が引けてしまう。なお自分がどれだけ金を持っているかはイマイチよく分かっていないが、今年生産分を全部買っても何の問題もないくらいには稼いでいる。
「うーむ。やはり良いものはお高いのじゃのう」
「はい。ですが間違いなくオススメできる逸品でございます。此方の米は生産系覚醒者としては有名な三佐原氏が創業された農場でして……」
そうしてお勧めする米が決まってしまえば、あとはソムリエの独壇場である。ソムリエとてダンジョンで戦う道もサポーター系の覚醒者として進む道も捨て、持てる力を米ソムリエに賭けようと決めた男だ。実力で勝てずとも米の知識と営業トークで負けるつもりはない。
目の前のコスプレじみた少女だって、自分の知識と営業トークにかかれば「この店で買ってよかった。また此処に買いに来よう」と満足度100%を達成することも楽な話なのだ……! 誠心誠意で早5年、「米専門店 播磨」にかけた情熱よ届けとばかりの熱意に、イナリも「うむ」と頷く。
「では、それを頂こうかの。えーと……ひとまず3kgでええか。送ってくれるかの?」
「承りました。お気に召された場合は定期購入も承っておりますのでご検討ください」
「うむうむ。ではえーと、住所は確か貰った紙が……」
イナリが以前安野から受け取った、何かあった時のメモ……ちなみに安野は迷子メモのつもりで渡しているがさておいて……ともかくメモをソムリエに渡すと、ソムリエはそれをサラサラと注文書に記載しながら「ん?」と声をあげる。
(狐神イナリ……なんだか最近聞いたような……?)
米ソムリエに人生を賭けたソムリエは、あまり世間のバラエティニュースの類には興味はない。ないが……米に関わりそうなニュースはチェックしている。その中で確か、この名前を見た記憶がある。そう、確かアレは……。
「あっ」
「む?」
「お客様。もしかして東京第1ダンジョンでの……」
「ああ、その件か。まあ、アレは儂も詳しくは話せんでの……すまんのう」
「い、いえ。とんでもございません」
チラッと見ただけだが、あの「事故」は結構なニュースだった。ライオン通信の覚醒フォン持ちなソムリエにはあまり縁がないが、フォックスフォンのイメージキャラも務めているという話だっただろうか。だとすると、かなりの有名人だが……とそこまで考えて、ソムリエは脳をフル回転させていく。このチャンス、掴まなければならない。
「お客様。よろしければ割引いたしますので、サインなどを頂ければ……」
「さ、さいん?」
イナリは少し考えて、帽子のつばをクイッと引っ張りながら人差し指を倒すような謎の動作をする。
「こ、こういうのかの?」
「……東京ヨツンヘイムの原木監督のバントサインですか?」
「おお、伝わってよかったのじゃ! こういうの初めてじゃからどうしようかと」
「ではなく。えーと……店に飾る一筆などを頂けたらと……」
「えっ」
イナリはそこでようやく言わんとすることに気付き、両手で顔を覆ってしまう。それはそうだ。普通に考えて野球のサインを要求されるはずもない。気付いてしまえば「何故そう思った」と言われてしまうような勘違いである。イナリ自身気付いてしまえばそう思うからこそ、如何ともしがたい。
「や、やってしまったのじゃー……」
「えっと、その。お客様……えっと。に、似てましたよ?」
「気遣ってくれてありがとうのう……」
その後なんとかサインをしたイナリだが、このサインが運気上昇の効果を持つお札のようなものになっていることが発覚するのは……大分後の話であった。
イナリ「やっちまったのじゃー……」





