お狐様、月岡温泉に行く16
朝食を食べ終わって、イナリたちは再び旅館の露天風呂へと来ていた。
まだ機材を乗せた車は到着していないが、月子が色々と自前の機材で水質のチェックを始めている。
とりあえずの簡易検査ということであるらしいが、イナリやサリナからしてみれば物凄く本格的だし、こういうのに詳しい者が見ても「これ以上本格的って何?」と言いかねないレベルではある。
そんな月子の周囲に浮かぶホログラフィ画面にサリナが「SFみたいよね……」と呟いていたが、月子は気にした様子もない。
「おお、やはり月子は凄いのう。儂には何が何だかよう分からん」
「そりゃそうでしょ。私はこれが専門なんだから分からなくて当然。凄いってことだけ分かってくれればいいわ」
「うむうむ、凄いのじゃ」
自慢げな月子にサリナは自分が言ったら全然別の台詞が返ってくるんだろうなあ……などとは思うのだけれども口にはしない。この辺は人徳というか好感度というか、そういう話である。
とりあえず月子が上機嫌ならそれでいいし、この空気感が逆に心地よい。
(あー、ほんと疲れてたのね私。あと1カ月くらい活動休止期間作ろうかしら……でもたぶん本部がうるさいわね……)
そんなことをサリナが考えている間にも月子の検査は進んでいき、月子自身の表情も興味深そうなものへと変わっていくのが分かる。
実際、月子は面白がっているのだ。イナリのためだから来たが、それを差し引いても興味深い事例だ。
「ふーん……確かに魔力濃度が凄い濃いわね。水に魔力の飽和量があるなんてのは新見解だわ」
「サリナも入っとったから有害では無さそうじゃが」
「そりゃ問題ないでしょ。今の時代、魔力は何処にでもあるんだから。それが覚醒者を生み出す原因になるって説……も……」
言いながら、月子は考え込むように「んー……」と唸る。
そう、月子の言うように今の時代、魔力は何処にでもある。
原子記号のようなものこそ存在しないが空気中にも水中にも地中にも、何処にでも魔力は溶け込んでいる。
その環境にいることこそが覚醒者を生み出す原因なのだという魔科学者も確かにいる。月子もそれを否定はしない。となると、だ。
「これだけの濃さがあるなら、覚醒者にも何かしらの良い影響があるかもしれないわね」
「どうじゃ?」
「分かんないわよ。どういう理屈なの?」
「簡単よ。覚醒者は魔力を自分の中で蓄積し運用する器官があるというのが定説。これだけの濃い魔力の中に居れば、それが多少なりとも拡張する助けになるかもしれない……ってこと」
「栄養のあるものをたくさん摂れば大きくなるみたいな話かのう?」
「うーん。ちょっと違うけどそれでいいわ」
「なんでイナリにそんなに甘いのよ……」
「イナリはいいのよ」
さておいて、月子の見る限り月岡温泉の魔力量は過去に例を見ないほどに多い。
この後源泉も調べてみるべきだろうが、湯が淡く光る程ともなれば聖水だのなんだのと呼ばれても仕方のないレベルだ。
「日本本部に直で通したのは正解ね。すぐに動いて管理対象になると思うわ」
「ふむ? そうするとどうなるのかの?」
「まあ話し合いは必要だけど、日本本部直営として権利調整しながらこのまま各自で運営することになると思うわよ」
「駒込みたいにかの?」
「あれはもっと特殊。なんていうか、アレよ。土地売買の時の売却先を日本本部に限る的な制限がつくと思う。同時に余計な連中から守る保護契約でもあるけど」
以前草津でタケルに関連し起こった諸々の件は肝心のタケルに関してはイナリが伝えていないので謎のままになっているが、覚醒者に一部の非覚醒者の権力者が干渉できる余地が残っているという問題を明確に伝えていた。
それもあって、こういう問題には今覚醒者協会は物凄く敏感だ。特に此処はサリナの故郷だからというのもある……迅速に話は進むだろう。月子も早速電話をかけていた。
「あー、私よ。懸念通り。さっさと進めてちょうだい」
その一言で本部は今から大騒ぎになるのだろうが、それは月子の知ったことではない。
機材が来るのはもっと先。ダンジョンの件もイナリが解決してくれているし、地元の支部が保全をしてくれているから任せておけばいい。月子がすることは何も残っていない。
「じゃあ、私も温泉入るわ。折角だし」
「おお、では儂も入るかのう。折角じゃし」
「朝風呂かあ……じゃあ私も入ろうかしら」
自分が何もしなくても話が進んでいくのをサリナは晴れ晴れとした顔で見ていたが、そうであればゆっくりするのにも全く異存はない。いつも月子がこのくらい動いてくれればいいのにと思わないでもないが、イナリ絡みだからなのでそこは諦めている。
というか、随分前から諦めているのだから。





