お狐様、月岡温泉に行く9
イナリとサリナが転送されたとき……そこは転送前とは全く違う状態になっていた。
ゲートの周囲には広く場所が確保され、その周囲には目隠しも兼ねた簡易バリケードがすでに組まれている。
バリケードの内側にはヘリコプターやテントも組まれており、覚醒者協会の職員と思わしき者たちが忙しく動き回っている。
なるほど、覚醒者協会に通報がされたのだろう。そこからの覚醒者協会の行動の迅速さは流石としか言いようがない。
「あ、お戻りになられましたか!」
「支部に連絡! 固定ダンジョンだ!」
「記録係、急いで! 録音でいいから!」
更に慌ただしくなる職員たちに「大変じゃのう……」とイナリは呟くが、そこにサリナが「そりゃそうでしょ」と頷く。
「臨時ダンジョンならともかく、今後も残る固定ダンジョン……となれば、此処に協会の出張所が出来るのは確実。といっても建物がすぐに出来るわけじゃないから、この臨時指揮所をしばらく維持して、ダンジョンゲートに人が勝手に入らないための工事も進めて、その為の臨時予算適用に人員確保、あと覚醒者向けの告知にダンジョン情報の取りまとめに追加調査の為の準備もやって……あと何だったかしらね」
「おお……予想以上に面倒じゃ」
「命の関わる問題だもの。当然でしょ?」
一部ダンジョンのようにマップやらボスやらが切り替わる場所であればともかく、今回のダンジョンはそうでもなさそうだったが……他の問題はある。
たとえば、このダンジョンの情報をどう話すか……とかだ。
すでに記録係の職員も来ていて、話しかけるタイミングを待っている。
「ああ、ごめんなさいね。このダンジョンの話よね?」
「はい。少しでも多くの情報を頂けたらと」
「異界型ダンジョンよ。タイプとしてはギミック型、悪魔や魔界をテーマにした敵や罠が出現するわ。見た目と破壊力の一致しない敵も含めて初見殺し系が多いわね。具体的には……」
録音だけではなく適宜メモやイラストの記入もしている記録係はなるほど、絵が上手いとか字が上手いとかそういうのではなく、何かのそういうスキルを使っていることがイナリから見ても分かる。
だって、ペンが勝手に動いているのだから。
実際「自動筆記」や「記録」系のスキルは多少レア程度のものであり、持っていると覚醒者協会への就職に有利だったりするのだが……さておいて。
「あとは……ボスの話だけど」
「はい」
「あ、ちょっと待ってちょうだい」
そこまで言って、サリナは少し悩んだ様子を見せると、隣でうむうむ、と頷くだけのマシーンと化していたイナリを捕まえて引きずっていく。
「うむ? どうかしたかの?」
「ボスの話よ。アレ、クリアしたら毎回あいつが出てくるかだと大騒ぎよ?」
「ふむ」
まあ、確かにクリアするたびに【翼ある山羊】が出てきたら大騒ぎだが……イナリは「うむ、では待っておれ」と頷くとダンジョンゲートへ歩いていく。
「あ、ちょっと。何するつもり?」
「ちいと、見てくるとしよう」
そう言ってイナリがダンジョンに飛び込んで、数分後。
新しい報酬ボックスを持ったイナリが転送されてくる。
「大丈夫じゃったぞ、サリナよ」
「……あー、もう……いや、いいんだけど……」
散歩感覚でダンジョンをクリアしてしまうイナリの強さはサリナも理解はしているが、見ていると自分との隔絶した実力差を感じてしまう……今更だが、改めて感じてしまうのだ。
だが、そこでサリナは「あっ」と気付く。確かにそういうパターンも必要ではあった。
「ちなみにあのボスは何か言ってた?」
「何も言っておらんかったのう。普通に襲ってきたが」
「あー、なるほどね……」
「あの、何を確かめていらっしゃったんです?」
イナリのおかげでどう説明するかはサリナの中では纏まった。
だからサリナは、職員へとまずこの一言を言い放つのだ。
「仲間割れをさせるギミックボスがいるわ」
ソロであれば発動しないギミック。
実際に寄越すかも分からない報酬を提示し、仲間割れを誘導するボスという存在はしかし「万が一本当だったら」と考える者をも生み出すかもしれない。
最初から注意喚起をしておけばそうなる可能性は低くなるだろうけど、絶対ではない。
まさか本当か試すわけにもいかないのだから猶更だ。
「……なるほど、これは本部にも協力を仰ぎます。支部レベルでの対処は難しそうですし」
「そうしてくれる?」
それに比べると、あの【翼ある山羊】は随分と良心的だったとサリナは思うのだけれども。
ふと、思うのだ。あんな場所を用意した割には随分簡単に引き下がったし、何よりも。
と、そこでサリナはイナリを抱えてバリケード内の隅っこへ移動していく。
「ねえ、ちょっと。最後のあいつ、よく考えると言動が変じゃなかった?」
「ああ、うむ。使徒契約の話でもよい、と言う割には使徒契約の話じゃったなあ、とは思うておったが」
「え? そんなこと言ってたの?」
「サリナは叫んでおったからのう。丁度聞こえてなかったのかもしれん」
「だとすると……ちなみにモニュメントって何のことか理解してる?」
「ああ、そんなことも言っておったのう。分からんけども」
そう、【翼ある山羊】はこう言っていた。
我を示す不壊のモニュメントを与える、と。
イナリは英語に極めて弱いので、何のことか分からなかったのだろうけども。
神の如きものを示すモニュメント。それを使った観光名所。
どう売り出すにせよ、それが中心になるのなら。
「もしかしてアイツ、口先で良い事言いながら、此処を信仰の拠点にでもしようとしてたんじゃ……」
―【翼ある山羊】は自分は一つも嘘をついていないと言っています―
―【翼ある山羊】は互いに一つも損のない完璧なプランだと自賛しています―
「……怖ぁ……」
本当に怖いのは、潜んだ真の目的に気付かないこと。
今のキャラをやる上で色々学んだサリナであってもすぐには気付かない、そしてイナリが英語に弱いことを気付いたうえで英語を混ぜて理解力を下げてくる手腕。
バレてもなお、良い取引だと言ってくる自信と、それを否定しきれない取引内容。
それを思うに……サリナはゾッと血の気が引いていくのを自覚していた。





