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六十四話 シフト

 


 ゴゥン! グォングォン――――パンッ! パンッ!



「クッソ! 止まれ! 止まれよォ!」


 狙撃から逃れるべく慣れぬ手つきでハンドルを回し続けた結果。

 SFよろしく空飛ぶ車が、殺虫剤を浴びたハエのような何とも煩わしい状態に変貌してしまった。

 左に回そうが右に回そうが魔導車は一切言う事を聞かず、加えて高低の概念も合わさって落ちているのか昇っているのかすらもわからない。

 車に免許制度が備わったのも、今ならわかる。

 こんなもん、前知識がないと操縦できるわけがない――――




――――ゴォォォォォ!




『うわわ! 横! 横!』



 スリップ寸前サンバのリズムでケツを振る魔導車はさらに不安定の極みを見せ、いつの間にか商業区のビル群に突入していた。

 狙撃から逃れるという意味ではベストな建築物密集地帯。

 しかし、中身が無免許運転なら途端にそこは……



『はよハンドル切れボケェェーーーーーッ! ”壁”突っ込むゾォーーーーッ!』



「オォォォォォッ!?」





 ゴ ゴ ォ ゥ ウ ン ッ !




「あぎッ! いってぇ……」


「ピューー……」


『あっかん……完全に操縦不能や!』



 激突の反動とハンドルを切るのがギリギリ間に合ったか、なんとかビルの一部にならずには済んだ。

 しかしハンドルを目一杯切ったせいでそちらの方向にグンと勢いが増し、そして今度は”逆方向のビルに”突っ込みそうになる。



「あ、やばッ!」


『もぉぉぉぉぉちょぉぉぉぉめっちゃ怖いってぇぇぇぇーーーーッ!』



 今のこの状況はまるで初めて自転車に乗った時みたいな感覚だ。

 今でこそ立漕ぎ両手離しと自由自在に操れるものの、最初は右に左にフラフラと前輪を遊ばせていた事を思い出す。

 自転車は一度コツさえ覚えれば長年乗っていなくとも体が覚えているとよく聞くが、多分車の運転もそういう感覚なのだろう。

 反復して繰り返せば、ある時ふとできるようになる――――何度も”転び”ながら。





 ド ガ ァ ッ !





「かッ……ってえ……」


『お、お前……何べんぶつける気やねん……』


「プッピー…………」




 そして逆方向へ激突した車は、先ほど同様”さらに逆方向へ”と滑り出す――――




「んな事言われたって……じゃあ教えろよ! 車ってどうやって運転するんだよ!」


『ゲームの車くらい転がした事あるやろ!? あれと同じやろが!』


「勝手が違うだろぉが! 僕は据え置き専門でゲーセンの奴はやらないんだよ!」


『ああもう、右がアクセルで左がブレーキくらい知ってるやろ……でも!』



 狙撃手の射程範囲から逃れたものの、一難去ってまた一難。

 今度は魔導車そのものに”鞭打ち”されそうになっている。

 ガンゴンガンゴンひたすらぶつかり続けいい加減飽きた。この分だと、不時着する前に完成前の泥団子にでもなってしまいそうだ。

 咄嗟の判断とは言え、やはりハンドルだけでどうにかしようとしたのが間違いだった。

 ハンドルが言う事を聞かないなら「車そのもの」を止めてしまえばイイ……そんな事は遠の昔にわかっていた。

 だが、”それができない”から、今ハンドルだけでなんとかしようとしているのだ。



(兵士……さん……)



「  」



 ブレーキもアクセルも足で踏む物。この車もその辺の基本構造は変わらない

 しかし今は”運転手の遺体”が、座席に陣取っているせいで、それらを踏む事ができない。

 鎧を付けた大の大人をこの状況で動かす余裕はない。

 僕はハンドルを掴む手を離せないし、水玉は落下と激突の影響で絶賛拡散中。スマホに至ってはそもそも手足がないから論外だ。 

 それでも片手でなんとか、せめて脇にずらそうと試みるも……僕には、人間一人は重すぎた。



「兵士さん……ちょっとだけ、ちょっとだけ……!」


「ゴボボボボボ…………」


『――――ハッそうや! フットブレーキが使えんなら”サイドブレーキ”! あれ引け!』


「サイドブレーキ!…………ってどれ!?」


『見た事くらいあるやろうが! ほら、運転席と助手席の間にあるレバーや!』



 サイドブレーキとは主に駐車時もしくは坂道停止を行うときにかけるブレーキである。

 ゲームに置いてはどちらかと言うとドリフトのイメージが強く、ただでさえ滑り倒しているこの状況でなんでユーロビートが似合う豆腐屋にならねばならぬのだと少し頭が混乱してしまった。

 しかしとにもかくにも、この自由奔放にフラつく魔導車を止めるのが最優先事項。

 「ブレーキと付くのだからかかれば止まる物だろう」そう漠然とした意識で、レバーに手をかけた。



「レバー、レバー……! これか!?」



――――やはり、無免許運転はよろしくない。

 やれミッションは難しいだオートマは簡単だと教習所通いの大学生がSNSでよく言っている。

 しかし連中の言い分はまるでゲームのそれと同じで、教習内容も大体アクセル踏んでブレーキで止めるだけ。

 ただのそれだけの事で何をそんなに苦戦しているんだと内心思っていた。ひょっとしたらバカなのかと。



『バッ! ちゃうそれッ!』



 だが……あの無駄に金がかかる制度が何のためにあるのかを、同世代より一足早く思い知らされることになる。

 免許取得者にあって無免許にない物。それは――――車の基礎知識。

 きっと教習所の学科で習うんだろうな。

 でも無免許以前に年齢を満たしていない僕が、そんなこと知るわけないだろ……

 


『それ”パーキング”じゃボケェェーーーーッ!』



「えっ」



 走行中のパーキングレンジが、激しい”ロック”を掛けるなんて。





 ガ キ ン 







「 お あ あ あ あ あ あ あ ! ! 」






――――




……




「ふむふむ、順調そのものじゃの」


「さっすが”ドナちゃん”印の新製品。効果のほどはバツグンっですぅ!」



――――光治の乗る改造魔導車が右に左に右往左往しているその下で、二人の女が優雅に佇んでいた。

 片方の女は晴れやかな衣に身を包んだ貴族夫人。そしてもう片方は夫人と親子かと見間違そうになるほどの小さな少女。

 二人は佇む場所をあえて燃え盛る炎の中に選んだ。

 もし万が一帝都の人間に見つかったとして、適当に戦火に巻き込まれた振りをして涙でも流せば、皆簡単に騙されてくれるだろうと踏んだためである。

 見た目上の違和感はない。しかしそれはあくまで「おまけ」。

 本当は――――”自分達が放った”戦火の状況を、把握する為である。



「……ありり?」


「どうした? ドナちゃんや」


「なんかぁ~、”神父さん”と連絡が取れないですぅ」


「”神父ちゃん”と……何かあったのかのぅ」


「もしかしてぇ~、帝国屋さんに?」


「まさか、あの男に限って……じゃが」


「この都には今、二人の強力な魔導士が来訪しておってのう」


「あっそれ”ドクターさん”も言ってたですぅ」



 二人の女は帝都の人間でこそないが、来訪自体の経験はあった。

 無論「あの時楽しかった旅の思い出」の類ではない。この都に”一生忘れられない経験”をさせる為である。

 その結果として、自分達の首に莫大な懸賞金が掛かる事になり、日々各地で「残虐非道」と陰口を叩かれ続けるハメになってしまった。

 だが彼女らはそれらを知った上でまるで意に介さず、”そんな事より”と言わんばかりに二人の関心は今。

 ”あの時いなかった”人間の話題に集まっていた。


「片方は、かつてこの都から脱兎の如き家出をかました【大魔女】と呼ばれる女じゃ。聞く所によると相当なアンポンタンのようじゃの」


「前の時にはいなかった人ですぅ」


「わっちも実際対面せし申した……初対面でいきなり”れぇるじゃっく”されての」


「ええ……それ、引くです……」


「作戦決行直前によりにもよって王宮に連れていかれたのじゃぞ? 王が出てきた時はホントどうしようかと……」


「うっわー、ひやひやですぅ!」


「まぁ魔女と呼ばれるくらいじゃからそれくらい元気な方が……と、まぁあらゆる意味で噂通りの魔女じゃ。アレが動いてるとなると、ちと苦しいかもしれぬの」


「万が一神父ちゃんに何があったとしたら、十中八九そやつの仕業じゃ。アレの動きだけはわっちでもわからんからの」


「ん~、そんなこあい人がいるなら~……。じゃあちょっと速いけど”二発目”いっちゃいます?」


「うむ。”山ちゃん”も出番を今か今かと待ちわびておる事じゃろう。存分に暴れるがよいと伝えてやれ」


「了解ですぅ~…… ゲ ッ ! 」


「どうした?」


「あ、あいつ! もう”すでに動いて”ますですぅ!」


「あ、あれほど我慢しろと言っておいたのにあのアンポンタン……まぁでも、ちょうどよいわ」


「”ママさん”からも言ってやってくださいよ~。あの人、こないだもドナちゃんのお仕事横取りしたんですよ?」


「ホントしょうのない奴じゃの……わかった。”英騎ちゃん”にキツ~イお灸を据えとくように言っておこう」


「ったくですぅ……」


「さ、”ドクターちゃん”の動向が心配じゃ。ドナちゃんや、商業区の分の爆弾は行き渡っておるな?」


「もっちろん! ドナちゃん印の【超小型遠隔操作式爆弾】はあらゆる日用品に紛れ込み、発破が起こるまで人目に触れる事は叶わないでしょう~~!」


「ハッハッハ、営業トークもバッチリじゃの。ではでは早速、出来栄えの程を……」


「はいです!……所でママさん」


「ん、なんじゃ?」


「その、もう片方の人は?」


「ああ、そうそう……ええ~っと……確か【精霊使い】がどうのと……あの時大魔女の隣にいた……」




……ポタ




「わからん。影の薄い奴じゃったからの」


「がくっ! ですぅ~」




――――二人は、最後まで気づかなかった。

 その影の薄い精霊使いがたった今。まさにちょうど自分達の”真上を通り過ぎた”事を――――




――――




……



「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァ…………」


『お前……これを機にレースゲーもやれ……』


「ハァ……ハァ……ああ……戻ったら速攻で中古屋いくわ……」


『間違えて……オープンワールド系の買うなよ……』



 激しく息を切らしながら待望だった地面の雄大さを、勢い余って全身で感じる。

 地面がこんなに愛しい気持ちになるのは今後一切ないだろう。

 やはり人間は重力に支配されている生き物なのだと実感させられた――――魔導車から、離脱する事で。



「最初から……こうすりゃよかったな……」


『ほんまそれな……』



 制御不能に陥った魔導車に自分でトドメを刺してしまった僕。

 このまま魔導車と運命を共にする予定だったが、ある程度落下した所でふと閃き、恐怖と戦いながら魔導車を”飛び降りた”。

 傍から見るとヒモなしバンジーと言う名の自殺行為だが、僕はこの場に限り大丈夫な自信があった。



――――水玉が、いたからだ。



「コポッ!」


「わざわざハンドル回しまくる事もなかったな……」


『まぁ、テンパってたし』


 ちなみにAT車における走行中のシフトチェンジはやってはいけない事の一つであり、最悪の場合内部機構が激しく破折し永遠に動かなくなるとかなんとか。

 このように万が一なんらかの故障に見舞われた際。慌てず騒がず「冷静さを保つ心構えが大事」だとスマホが諭してきているが、それは「無理」の二文字で片が付く。

 まぁ折角の機会だから、今日得た知識は将来免許を取る時に役立てようと思う。覚えていればの話だが。



「にしても……」




 ゴォォォォォォ…………



 ドンッ! ボッ! ドドドド…………



 ガラァ…………




「…………」



 不時着した先は開発区と商業区の区境付近。

 商業区側に大分流されたらしく、表示されている現在位置と大通りとの間に広い空白が広がっている。

 スマホの地図には白い空白の他に赤い斑点が無数にこびりついていた。

 確か魔導車内で兵士とやり取りしていた……この赤い部分は、が広がっている場所だ。



『灼熱地獄……ただの例えや思うてたわ』


「でも……」



 あの車内での会話。あの時兵士は「開発区を中心に」と言った。

 しかし蓋を開ければどうだろう、戦火はすでにこの”商業区まで行き届いている”。

 ゴウゴウとうねる炎に崩れるガレキの山。

 粉塵と黒煙が目で見てわかるほど舞い上がっており、さらには所々で「ドーン……ドーン……」と遠い爆発音が聞こえてくる。

 炎が至る所で群生する、まさに「火の都」と化した街並み。だがこの光景は異界特有の物などでは決してない。

 こちらの世界でもどこかの地で繰り広げられている光景だ。

 今現在も含めた、遠く遡った過去の世界でも――――

 


(これじゃまるで……)


(空襲……)



 あの兵士が嘘を言ったわけじゃない。さっきのスナイパーだってそうだ。

 僕らが四苦八苦しながらここへたどり着いたように……

 テロリストも王宮へ向けて、今も着実に”進行”して来ているんだ。 



『この奥進んだら……”出くわす”可能性大やで。わかってるか?』


「あ、ああ……」




…………ドォ……ン……




「また……爆弾が……」


『いや……今のはわいらが乗ってた魔導車や』


『どっか向こうの方に落ちたんやろ。よかったな。共倒れする前に逃げれて』


「コポォ……」



 言われてみれば今の音は、爆発と言うよりも何か巨大な物が落ちたかのような音だった。

 火薬の類の伸びるような音ではなく、鈍く重い墜落の音。

……また一つ、王子の私物を壊してしまった。きっと普段はドライブでも楽しんでいるのだろう王子の個人所有車。

 そしてその中にいた人も――――




「………………」



 あの死体を見た時。光を失った目が僕と合った時。僕はそれに対し”一切何も感じなかった”。

 「心が死んでいる」いつか誰かが言った通り、幼少から他人と関わる事を極力さけ仮想現実ゲームにばかり入り浸っていたから、”死”と言う物に鈍感になっていたのだと。


……今の説を唱えた奴は、何もわかっちゃいないと思った。

 ゲーム上の死と実際の死は全くを持って違う。

 命の灯が消える一瞬の間際を、皮肉にも今目の前にある炎の揺らめきが教えてくれた。

 僕はただ、眩しいから目を瞑っただけだったんだ。あまりの眩しさに目が眩んだだけだった。

 そして目が慣れ再び瞼を開いた時。命の灯が淡い煙となって目に染みた。






(ごめん…………なさい……)






――――”懺悔”と言う名の煙になって。

 




                           つづく 

 

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