六十五話 影
――――ゴ ォ ウ !
「たたた、助けてくれェーーーーッ!」
「……水玉! 行け!」
ドドドドドド…………
「お願いです手伝って下さい! うちの人がまだあの中に……」
「……水玉! 消火!」
カッ――――ド ォ ン !
「うぇぇぇぇえん! もう歩けないよぉ……!」
「……こっち! おいで!」
無事地上へと辿り着き、さあこれから進もうかと決意を固めた数分後。僕らは未だ落下地点から動けないでいた。
正確に言うと一応進んではいるのだが、距離に換算するとせいぜい行って数百メートル程度なもんだろう。
なぜそれほど進行が遅いかと言うと、助けを求める声に”全て”対応しているからだ。
『全然進まれへんな……』
「まだ人がこんなに……」
業火、灼熱、爆音。
テロリストはテロリストなりに考えがあってこの場所を爆破しているのだろうが、そこに巻き込まれる人々の”命”は全く考慮されていない。
過半数がまだ夢の中にいる時間帯に、突如として現れたこの火の大群。
捕えられてしまうのは至極当然の事だ。火は、逃げる暇すら与えてくれなかった。
「コポッ! コポポポッ!」
ガ ラ ァ !
「うァァァァーーーーーッ!」
そうこうしている内にまた、誰かが助けを求める声がした。
声の先に視線を送ると、空を向いてへたり込んでいる青年が一人。青年がいる場所からガラガラとガレキが崩れる音がする。
そうか、そういうパターンもあったか……
青年がこんな火の海で何故空を見ているのか。
それは、爆破された建物から飛び出た岩と見間違いそうになるガレキの破片が、青年めがけて飛んできていたから――――
――――ガシィ!
「……?」
「かッ……おも……!」
「あ、あんた! 確か昨日やってきた精霊使いの……」
颯爽と青年の前に現れた僕。
水蛇で即座に舞い飛び、ガレキが彼にのしかかるのを”代わりに引き受けた”。
彼から見ると僕がこのガレキをファイト一発ナイスキャッチしたように見えるだろうが、実際に持っているのは平たく伸びた”水玉”だ。
精霊石に作用した水玉の圧力によってガレキが地に下るの許さない。僕はあくまでそれを支える縁の下だ。
まるでSF映画に出てくるパワーグローブを身に着けたような気分だが、残念ながらそう恰好いいもんでもない。
そこまでやってもまだ重みを感じるくらい、精霊使いは貧弱なのだ。
『あんちゃん大丈夫か? はよ逃げえ!』
「投げるぞ……ーーらッ!」
ドズン! 辺りを見回した後、空いた空間にガレキを投げた。
青年は無事事なきを終え、五体満足な体で立ち上がった。
これで何人目だ……八人目くらいからもう数えていない。
この場の熱気も相まって至極呼吸が通りにくい。しかし息苦しさを我慢して、僕は彼に伝えねばならない。
「逃げろ」この三文字を。
「ハァ……ハァ……火の手はここまで迫ってきてます……中枢区はまだ無事なので……そこまで逃げてください……」
「あ、ありがとう……本当にありがとう、精霊使い様!」
青年は気持ちのイイ礼を大声で述べると、逃げるように走り去っていった。
その礼は命を救った対価としては完全に釣り合ってないが、別に見返りが目的で助けたわけじゃない。
この灼熱のロードを進むには今のような行為は完全に邪魔。
聞こえなかったフリでもして無視するのが手っ取り早い。
と、頭でわかっているのだが……直前で、体が勝手に”反転”するんだ。
「クッソ……キリがないな!」
『やっぱ……全員が全員言うわけにはいかんのちゃうかぁ?』
その原因は多分――――さっきの兵士の死体を”見てしまった”からだと思う。
確証こそないが、誰かを助ける度にあの頭蓋に穴の開いた兵士の顔が目に浮かぶ。
目の前にいたのに救えなかった。
易々とヘッドショットを決める事を許し、仇も取れずただ逃げ惑う事しかできなかった。
「……でも! だからって……」
あの時の、へばりついたヘドロに触れたかのような不快感。あのドロっとした感覚が、助けを求める声にも混じっているんだ。
死と言うヘドロに汚染されようとしている、命と言う名の真珠。
僕は少し潔癖症なのかもしれない。その光景を想像するだけで、頭を掻きむしりたくなる程心が沸騰するんだ。
「だからって……ほっとけるかよ!」
「ほっとけない」この言葉に反応したかのように
――――白い閃光が”目の前で”返事を出した。
ド ォ ォ ン ッ !
「――――ッ!?」
耳が張り裂けそうな程の爆音は、嘲笑を込めてこう言っているような気がした。
(だったらやってみろ)
「うぁぁぁぁーーーーッ!」
ォォォォ――――ン…………
――――
「ゲホ……ってぇ……な……もぉ……!」
『ほんまそこら中に爆弾ばらまきやがって……ええ加減にせえよ!』
「……ペッ! 僕は水玉がいるから大丈夫だけどな……街の人はそうじゃないだろ?」
『一般人なら今ので即死、か……』
僕は神や天使の類ではない。迷える子羊を全員五体満足に救うなど不可能だ。
それはわかっている。わかっているんだ。
でも、ほんの少し。ほんのちょっと手を伸ばすだけで助かる命があるならば……
「確かに全員は無理だけど……それでも、この目の届く範囲なら……!」
おかげ様で素早さには少し自信が付いた。水玉のおかげで僕の行動範囲はすでに結構な物だ。
正確に測ったわけじゃないから半径何メートルになるのかは知らないが、それは差し伸べる手を”伸縮”的な意味で伸ばせると言う事だ。
願わくば、助けを求める人々の姿が――――視界内に”全て”収まってて欲しい。
そう心の中で、そっと願った。
――――
……
「陛下、報告申し上げます。戦火爆撃、開発区より着実に此処王宮に向けて進行中」
「伸びる戦火はゆるやかに。しかし迷いなく一点を目指しております」
「やはり目的は王宮か……」
――――光治が戦火の真っ只中を進行している最中。王宮内では王の耳に戦火の続報が届いた。
報告はどれもほぼ同じテロの内容。相違点は現在の進行具合である。
王にとって、願わくばそれが鎮圧の報であってほしかった。
しかしやってくるのは「どこが破壊された」「誰が死んだ」「防衛網が突破された」「重要施設の爆発を許した」等々……
リアルタイムで聞かされる”害”の報告は王にとって聞くに堪える物ではなく、しかし立場上聞かざるを得ない凶報に――――王は思わず机に当たる。
「……狂人め! 我らに一体何の恨みがあると言うのだ!」
「此度の進撃、かの軍勢は今度こそ決着をつけるつもりなのでしょう」
「六門剣……我らの宝剣で我らを崩すとでも言うのか!」
英騎は、過去にこの帝都から六門剣を奪った。
六門剣は帝国の宝剣であり、王位継承者の選別にも使われるまさに帝国を象徴する剣である。
そんな剣を帝国に突き刺そうとしている英騎の行動は、帝国にとって笑うに笑えない強烈な皮肉である。
「王、私はもう一つ気になる事があります……あの少年の事です」
「……ああ」
「やはり、行かせるべきではなかったのでは……? 以下に精霊使いと言えど、異界の者を我らの争いに巻き込むなど……」
「……行きたいと言ったのは奴の方だ。儂は行くなと釘を刺した」
「しかし……」
「くどい! あれは自らの意思で出て行ったのだ!」
王は、アルエと呼ばれた少年の話題には終始ドライな対応を貫いた。
自分の忠告も聞かず自ら戦火に突き進んでいった、”身勝手”な少年であると。
加えるならばあの少年は、そもそも帝国とは無関係の人間。国として優先すべきは帝都の民を救う事。
そこに【精霊使いアルエ】は含まれていないのは至極当然の事である。
――――しかし。
「王子と大魔女様と……いずれかと、無事合流できればよいのですが」
「……あの阿呆二人は?」
「両名とも、連絡は途絶えたままです。王子は現地にてなんらかの災害に見舞われた模様。連絡が取れない状況にあると判断できます」
「大魔女は?」
「大魔女様は……えっと……あの人はそもそも……」
「……全く、阿呆共が!」
できる事なら自らが先陣を切り、この火の粉を自分の手で払いたい。
しかし王と言う立場が我が身を戦火に晒す事を許さない。六門剣同様、王自身も帝国の象徴だからである。
現状王に出来る事は、続々とやってくる凶報をただ静かに受け入れ、そして命令を下す事のみ。
帝国に属する者はその命令をただ言われるがままに受け入れる。
操り人形同然に手足の代わりとなって命を危機に晒す。
つまり逆に言えば――――「自身は何もせず他者を戦火に放り込む」と言うこの上ない他人任せな存在とも言える。
(なんと……なんと息苦しいのだ、王と言う物は……!)
かつて王も一人の兵士であった。
武功を立て、功績認められ、そして教鞭者として生徒を育て上げ、そして後に王に選ばれた。
それらは全て”自分で”築き上げてきた物であった。あの死にかけるまでに至った窮地も、叱りつけた生徒が立派に成長した事も。
「自分から動かねば栄光はやってこない」この言葉は王がかねてより解いてきた持論である。
その持論と真逆の行動を取る自分に――――悔しさが、歯ぎしりとなって表れた。
(兵よ、民よ、そして我が愛する教え子達よ……頼む……)
帝国の人々を思い浮かべる王。彼らの無事をただただ祈る。
そこに――――王の個人的な感傷には、しっかりと”含まれて”いた。
(無事でいてくれ……少年よ……!)
――――
ゴォォォォォォォオ!
ドンッ! ドンッ! ドンッ…………
ガラ……ガラ……ドドドドドド!
「……うっ! ゲホ! ゴホ!」
『おい、ほんま大丈夫か……? ちょっと休んどけって』
「いや、いい……大丈夫……大丈夫だから……」
「コポッ!? コポポポポッ!」
「……大丈夫だっつってんだろ!」
「コポォ……」
――――あれからも随分同じ事を繰り返した。
少し進んでは助けを求められ、その声に”この目が届く限り"答え続けた。
総歩数はおそらくすでに五桁は突破しているだろう。しかしその数と進んだ距離は比例しない。
”負傷した”人々も全て、運び続けたからだ。
「ゼエ……ゼエ……」
『サウナの中で動き回ってるようなもんやからな……水玉、お前は冷やす効果ないんかい』
「コポー……コポゥ、コポコポッ?」
『ああ、わいもや。今のコイツに雷なんて浴びせようもんならホンマに骸骨になってまう』
『くっそー、どうせならあの王に魔法陣全種類教えてもらえばよかったな……』
「コポォ……」
(だれ…………か…………)
「今聞こえた……行くぞ……!」
『アホ! 全然休んでないやんけ! もうちょい体休めとけて!』
「んな悠長な事……言ってられるか!」
意思とは裏腹に体が言う事を聞かない。
汗が噴き出る熱気と焼け付く呼吸。加えて水技の連発で、ひどく頭が痛む。水玉を動かすには何より強いイメージが必要な為である。
そして何より肝心な事。僕は元々、体力のある人間じゃない。
「く……そ……」
直に、視界が歪んできた。額から流れる汗が目に入ったらしい。
何度も手で汗をぬぐうものの、いくら拭いても目の霞が取れなくなってきた。
汗は、ちゃんと拭きとっていた。目がぼやけるのは――――眼球から直接”涙”が湧き出てきたからである。
「あう……煙が……染みる……!」
『煙吸うなよ? 水玉、マスク代わりになったれ』
「コポッ!」
水玉が器用に空気穴をあけつつ僕の鼻口を覆う。
煩わしいのでどいて欲しかったのが、もはやぬぐいさる気力すら湧いてこない。
一歩進む毎に目の潤みがさらにひどくなってきた。それに頭もぼーっとする。
爆発音を何度も聞かされてきたからか耳も遠い。
それでも歩くのをやめない僕に――――小さな小石が立ちふさがった。
ドサァ……
『あ、おい!? ほらもう、言わんこっちゃない!』
「コポ!? コポポポ!?」
「う……」
『脱水症状や……こんな環境でそこかしこ動き回るから……』
「コポ! コポポォ~~~~ッ!」
『とりあえずお前の水を飲ませたれ。できればなんか冷やすもんが欲しいけど……くそ、あるわけないわな』
倒れた主の従者は、主を救おうと個々の力で右往左往する。
しかしそこにあるのは”絶望”。熱気にやられた主を癒す術を、この従者二人は持っていない。
ドォ……ン――――その時、またどこかで爆発が起こった。
音の小ささからして爆風が飛んでこない程度に遠くから。
ズズ
『ん?』
「コポ?」
遠くで起こった爆発は一行に”直接の”被害は与えない。
大して気にも留めなかった二人だが、倒れた主に気を取られ気づかなかった。
――――爆発が、”二次災害”を引き起こす事を。
ズズズズ――――ズ ズ ズ ズ ズ ズ !
『いぃ!?』
「ゴボッ!? ブフーッ!」
振り返った二人の視界には今まさに崩れんとする建築物があった――――それは”高層ビル”。
帝国の繁栄を象徴するかのように高く伸びた建築物は、通常時なら目印に使えなくもない程度に目立つビルではある。
しかしもしそれが”横向き”になったなら――――自分達のいる地点に、十分”届く”長さは保有していた。
ドォッ……ドドッ―――― ド ド ド ド ド ッ !
「ああああアカン! 完全にこっちに向けて一直線や!」
「コポコポッ!? コポポポポーーーーッ!」
『おい起きろ! でっかい通天閣が倒れてきよるぞ!』
「う……」
『寝るなオイ! 今一瞬だけ起きろ! そして起きて数秒した後にもっかい寝ろ!』
『ここおったらわいら、ペラッペラのグッシャグシャにされてまうぞ!?』
二人の呼びかけもむなしく、主が目を覚ますことはなかった――――
ズドドドドドド――――!
『ひぃぃぃぃーーーーッ!』
「ドバゴボボボボーーーーッ!」
――――グォォォォォォオ!
『……あれ』
「コポ?」
その時、二人の足元に巨大な”影”が行き渡った。
影のあまりの巨大さから一瞬火の消し炭と間違いそうになる。それほど強い濃淡を含んだ影。
影には一つ、特徴があった。爆発音に負けず劣らず”うるさい”事である。
「アニキィ~~~~ッ! 大丈夫ですかい!?」
「おいやばいぞ、脱水症状起こしてる……誰か水と薬草持ってこい!」
「コポォッ!!」
『ハハ……完全に忘れてたわ……』
影の正体は、まさに影らしく”よく忘れられる”連中であった。
そんな不名誉極まりない扱いの彼”ら”ではあるが、今の今まで忘れ去られたが故にこの場に現れる事が出来たのだから、そう悪く言えたものでもない。
社会的にも”影”な存在であるが故に――――そこに光があると、彼らの存在自体が指し示しているから。
「それなら俺が持ってる……ほらアニキ、ちょっと苦いけどこれ噛みながら飲んで」
(あ…………)
「”山賊”の……みんな……」
つづく




