1780年前の君へ
あのときから、私は彷徨い、歩き、九州というところに辿り着いた。
そこは倭国と言われていて、大きな都市はなく、集落をまとめていた国だった。
その時は卑彌呼という女性が治めていた。
私は、信じられない光景を目にした。 黄金の稲。水が豊富な水田。
前とは違って、採集とは違って、農業と言って、半永久的に食料を得られる。
革命的だった。私にとっては、狩りによって死人が出ないということが、信じられなかった。
あの人のような犠牲が無くなった。
卑彌呼がいるという場所はここらしい。
卑彌呼に相談すれば、なんでも解決するらしい。
「すみませーん!卑彌呼...さん?」
中から出てきたのは卑彌呼の弟らしい人が、出てきた。
「初めまして。お困り事があれば、なんでもお聞きいたします。」
丁寧な口調だった。
「えっと...その...死者を...甦らせることはできますか...?」
「出来ない...です。」
「そうですか...なら...いいです...」
私は気が狂ったのか。なんでそんなこと聞く。
まぁ、いいや。
そこから、ここに住み始めた。
数年ほど経った頃、卑彌呼さまが死んだ。
病死らしい。これから、この倭国はどうなるのだろうか。
...そういえば、卑彌呼さまの思い出を語っていなかった。
卑彌呼さまの指名により、食事を届ける者となった。
卑彌呼さまの部屋はなんだか神気を纏っていて、湿っていた。
「卑彌呼さま。お食事を用意致しました。」
「ん、ありがとう。そこに置いておいて。」
私はサッと置いて、去ろうとした。
「あ、待って〜」
卑彌呼さまから呼び出しを貰った。
「は、はい。」
「そこに座って〜」
正座をした。
「え〜っと...お名前は?」
「あぁ...えっと...吾は...名前はないんです...」
「あら...じゃあお名前つけようかな?」
「えっ!?吾なんかが...えっと...お、恐れ多い限りで...」
「いいの。和がつけたいから」
...へ?なんでこの人...?人なのか?ま、まぁ...いや...え?名前?名前って...なに?名前は...いや、意味はわかる。けど私...名前ないし。
「じゃ、じゃあ...おねがいします...」
「ん〜そうだなぁ...じゃあ...弧區与...なんてのは?」
「こ...こくよ...」
「どう?気に入った?」
「はい...すっごく気に入りました...」
「よかった...弧區与...」
それから、私は食事のたび、卑彌呼さまとお話をした。卑彌呼様の顔を見たのは、数年後。
最初で、最後だった。
「弧區与...あなたは...綺麗ね...」
「そんな...吾なんかが...」
「いや、綺麗よ...弧區与...」
そう言って、卑彌呼さまは私の頬に接吻をした。
「へっ!?」
私は頬を赤らめた。
これが初めてだったから。
愛は、このことを指すのか。
「卑彌呼...」
卑彌呼の顔がぱっと明るくなった。
「やっと...呼び捨てで呼んでくれた...」
その顔は、滝のような涙で溢れて、笑顔が光っていた。
その晩だった。卑彌呼が息を引き取った。
後継者 台与。
その後、葬式が行われた。
周りには泣き叫ぶ者、声を押し殺して泣く者。無気力な者。
「卑彌呼...ありがとう...」
これで。歴史は変わることはなかった。
なんせ、文を使えないから。
あ、これは、今の私の声ね。




