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ナーナティカのかんしょう  作者: わやこな
うろこ剥ぎ
22/44

12 隠匿された階下


「アコルセリ治癒士が関わっているのよ。先生は彼女の夫だそうじゃない」


 離れに連れられて、イニエは左足を切断された。

 そのことを聞いたナーナは確信をもって言った。おぞましいことが行われていると想像して、肌が粟立ちそうだった。


「治癒士たちの態度から考えると、彼らが関わるより前の……おそらく施療院に入ってすぐか、その前にされたんじゃないでしょうか。あと、離れは」


 ヨランが広がった地図を見下ろす。自由なほうの手を動かして、指先を紙面へと滑らせる。


「施療院でシエギの反応があったことを考えると、この近くにあるはずです」

「となると、ヨランが描いた図が役に立つわね」

「そうだといいのですが」

「心配なら、両方やってみればいいのよ。危ないから手は戻してね」


(あんなに叫ぶなんて、普通じゃないわ。早くどうにかしてあげないと)


 ナーナは一息つくと、再びシエギの吐いた毒を固めた球を取り出し、転がした。


「≪示せ≫」


 簡略化した魔法を使い、シエギの痕跡を再び可視化する。

 ちかちかと粉末が動いて、止まった。地図のほうは、相変わらず前と同じ施療院のところだ。

 ヨランの描いた間取り図にも同じように粉末が動いて、屋外の北を漂っている。


「イニエのいた部屋から北ね。そっちになにか建物があるのかしら。どう?」


 ナーナがテトスへと問いかける。


『敷地内の雑木で見えにくいが、小屋みたいなのが見えるな。あれだけ白塗りじゃないから目立ちたくないように思える感じの。模様が描いてあるみたいだ』

「そんなわかりやすく怪しいのがあるの?」

「余計なものが見えないようにするのはあることですよ。見てほしいところは見栄えよく目立たせ、他は埋没するように仕上げるのは都の建築の流行りなので」

「へえ、都の流行りなのね。ティトテゥス、そういうものなんですって」


 テトスは「ふうん」と、わかったのかわかってないのか判りかねる声をあげた。


『どちらにせよ、見てみるか。雑木模様の屋根壁に黒い扉だ、怪しいだろ』

「それは、そうね」


 ナーナもテトスの意見に賛成だ。

 すると、ヨランが一寸遅れて慌てたように口を挟んだ。


「まっ、待ってください! 黒い扉ですか? あの、ナーナティカ、聞いてください」

「え? ええ。ティトテゥス、ちょっと待ってってヨランが。黒い扉なのかって」

『そうだぞ。俺の目は、まあいいからな』


 テトスがそう言うと、ヨランは息を呑んだ。それから「ああ」と呟く。

 何かを思い返すように目を閉じて数秒。開いた瞼の下から、力強い意志のこもった瞳がのぞく。


「黒い扉は、くぐったら駄目です」


 ヨランはまっすぐにナーナのほうを向いて言った。

 握られた左手が、強張ってかすかに震えている。それがなぜなのか、ナーナにはわからない。


「お願いします。伝えてください」

「わ、わかったわ。ええと、ティトテゥス? ヨランが黒の扉はくぐるなと」

「姉の言葉だと言ってもらえますか?」

「ジエマさんの言葉? ですって?」


 もはや意味がわからない。

 しかし、テトスならばジエマの名前が出れば間違いなく従うだろうとはわかった。


『ジエマさんは黒い扉がお嫌いなんだな。わかった』


(絶対ちがうとは思うけど……まあ、いいか)


 心なしかきりっとした口調でテトスが言う。


『横か上のとこから入れば問題ないな。まかせておけ』








 世の中の女子は占いが好きらしい。そんなウワサがあったが、どうやら本当のようだ。

 テトスは自分が惚れた女子も例にもれずそういうタイプでもあったことに、納得した。


(模範的女子であるジエマさんだからな。よく読んでいた本も、占いや呪いだった。お好きなのだろう)


 思わぬ情報を与えてくれた未来の弟に感謝をしなければ。

 ひとまず、持っている一輪の花をお礼代わりに撫でて大事に懐にしまった。制服のローブに内ポケットがあって何よりだ。色合いも地味なので周囲に埋没できる。

 テトスは機嫌よく軽い準備運動を屋根の上で行った。

 四肢を曲げて伸ばして、数度跳ねる。

 それから体をほんの少し弛緩させて力を抜いた姿勢をとる。

 息を短く吐いて、一歩。二歩。


「フッ」


 ちょっとそこまで飛ぶ。そんな気軽さで、テトスは跳躍した。

 目標は北側の雑木庭園にまぎれた離れの小屋らしきところだ。

 空中で姿勢を整えて、目視と感覚で位置を測り身を捩る。


(見たところ窓がない小屋だ。屋根は……板張り。俺なら勢いでずらして壊せる)


 忍ばせていた小道具の出番がきた。

 腰のベルトに装飾のように巻きつけていた飾り紐を外して握りこむ。

 テトスが辺境の土地から大事に持ってきた、身を守る防具であり武具の一つだ。

 特殊な動物の毛を魔法を使って強靭に編んで作られた紐は、テトスの身体能力にも壊れず耐え抜く。どんなに強い力で、速く乱暴に使ってもほとんど衰えない。

 紐の先はわざと硬く尖らせるように編んでいるため、即席の刺突武器にもなるのだ。


(極力音は立てず。骨子の重なってないとこに勢いよく滑らせて……)


 どんどん近づいてくる小屋の上、テトスは飾り紐を目に見えない速さで回す。

 そして、落ちながら凄まじい勢いで振り回した紐の先が、屋根に刺さった。

 音は、空気の抜けたような軽い音だけだ。まるでバターに刺さったかのように、飾り紐は平たい屋根を突き抜けた。


(回す!)


 くん、と紐を回して円を描かせる。

 瞬く間に、紐は刺さった屋根の一か所を丸く切った。


(んで、落ちるときに拾ってっと)


 きれいに円の空いたところへテトスは落ちながら、踏み抜いた屋根を掴む。

 そして、音を殺して中へと着地した。


「おし、完璧。さすが俺だ」


 小さく自分を褒めたところで、テトスは飾り紐をたぐりよせて腕に巻く。

 小屋の中は乾燥した草花があちこちにある。

 薬剤か何かで使うのか、壁には束ねて吊るした花束がいくつもあり、鼻が曲がりそうな芳香を放っている。

 壁沿いに置かれた収納棚にも、すべて乾燥した草花やそれを精製した粉末の瓶詰めが所狭しと並んでいた。

 ここで作業は行わないのか家具道具はすべて壁際に追いやられており、中心は平たい絨毯が敷いてあるのみだ。

 ぐるりとテトスは辺りを見回して、扉のあたりで「ははあ」と声をあげた。


「……扉が駄目なのは、本当だな。助かった」


 テトスは声に出して感謝をナーナ達へ送った。

 扉のところにはあからさまに罠が設置されており、開いた瞬間に瓶の中のものが吹きかけられるようになっていた。

 そして、盛大に音が鳴る仕掛けまでされている。

 物理的にも音がなるが、魔法も何か仕込んでいるのだろう。ドアにはびっしりと細かな文字で書きこまれている。ナーナが見たなら、効率が悪いと叫びそうなほどだとテトスは思った。


「しかし、ずっとここにいると鼻がもげそうだ」

『ねえ、ヨランが何か聞こえるって言っているわ』

「なんだ」


 懐からそっと花を取り出す。あたりにテトスがかざしてみると、ナーナから待ったがかかった。


『そこらしいわ。ちょっと目を貸しなさい』

「おう」


 ふっと視界が明るくなり、文字が現れ踊る。

 ナーナの見ている魔法構築式が、テトスに共有されたのだ。

 先ほどナーナが止めた位置では、床の一部を飾るように文字が四角く縁どっていた。

 偽装だ。


『≪現れよ≫……うん、呪いもないわね。それじゃあ、返すわ』


 ナーナが遠隔で魔法を使ったのか、視界から魔法の文字が消えたと同時に床の一部が変化した。

 現れたのは下へ繋がる階段だ。

 数段続いた先に洞窟のような道が繋がっている。

 そしてテトスの鼻先を、ほのかに生臭いような甘ったるいような臭いがくすぐった。


「うーわ……」


 この臭いをテトスは知っている。

 懐に花を大事に入れ直し、腕に巻いた紐をいつでも振り回せるような状態に緩めた。

 音を立てずにするすると階段を降りて進むと、さらにその臭いは強くなる。

 それもそのはずだ。


(悪趣味極まりないな)


 むき出しの岩土の壁に張り巡らされたロープ。そのロープ伝いに杭を打ちこんで吊るしている異様な物体。


 ──()()()()()()


 それは手足だったり、内臓であったりと、部位は様々だが間違いなく人だったものの一部だった。

 あの小屋の草花と同じように乾燥でもしているのか、からからに乾いているが、ひどく生々しい。

 思わず唾を吐きたくなるが、さらに進む先で微かにテトスの耳が何かを拾った。


「声がするな。ヨラン、誰かわかるか」

『……ムーグ? ですって?』


 ナーナの驚いた声が返ってきた。


『トイットが寝てるらしいわ。泥棒女がと言っているそうよ。まだ元気そうで気乗りはしないでしょうけど、早く行ってあげて』

「トイットまでいるのかよ。ややこしいな」


 げんなりとテトスが返す。

 だが通路の悪趣味な展示は相変わらずあり、進むにつれて内容もわずかに変わってきた。異形の部位に混じって綺麗な状態の手足などが陳列棚のように整然と吊るされ並んでいる。

 もしもの悪い想像が頭によぎる。いや、もしももないのだ。現にイニエの足のこともある。

 それにここまできて怖気付くなんて論外だ。


(辺境傭兵隊の家の者として、見過ごすのは無しだ。親父殿に顔向けできん)


 守り育て、テトスを強くしてくれた養父たちに恥じない働きをしなければならない。

 少なくともテトスにとっては、これは無視はできない状況だった。


『私の助けはいるかしら?』

「いらんが、念のためだ。変なものを見分けるように片方だけ頼む」

『いいでしょう。今回本っ当に珍しい、殊勝さに免じて無茶をしてあげます』


 ツンとナーナが言い放つ。途端、左目に熱がともった。


(そろそろ負荷がきてるのか)


「礼を言う。おいヨラン。手が空いてたらナーナの口に飴でも突っこんどいてやれ。鼻血を出したら叩いてでも俺とのつながりを切るようにしろよ」

『見極めぐらい自分でできるわよ』

「無茶する妹を思いやる、兄の優しい心だ」

『私が姉よ。ともかく、さっさと行って。時間が惜しいわ』


 ナーナの言うとおりだ。

 この干渉魔法は長くかかればかかるほど、ナーナだけでなくテトスにも負荷が跳ね返る呪いじみた魔法になる。

 今回は時間こそかけていないが、ナーナは同時にいくつも魔法を展開している。さらにそれぞれを維持し続けているために、ふだんよりも過負荷の限界が近くなっているのだろう。

 テトスと比べると遥かにか弱い体質だ。長くはかけられない。


「よし」


 短く気合いを入れて、テトスはさらに奥に踏み出した。


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