11 テトスの潜入
*
少女らしい高い声が耳の奥に容赦なく入ってくる。
相変わらず、魔法というより呪いめいた使い方をする。
テトスはそう思いながら、耳の中を意味もなく掻いた。
『いいかしら、ティトテゥス。地図は覚えているわよね? 患者たちがいるのは二階で、一階は主要な設備の部屋になっているようよ』
あれからテトスは施療院へとんぼ返りしていた。
施療院を囲む高い塀を乗り越え、ナーナの案内に従って建物の陰から中を伺う。
平べったい形をした建物は、意外なことにさほど広くはない。
学園の教室が四つ連なったくらいの奥行きがある二階建てだ。ちょっとした金持ちの邸宅のような印象をテトスは受けた。もしかすると庭や内装などに資金を使っているのかもしれない。
『今は休憩中みたいで、二階には治癒士があまりいないはず』
「それなら上から入るべきか?」
『あ。待って。ヨランから「花を一輪だけでも持っていてください」ですって』
「花? 運んできたやつか?」
『そう。え、そうなの? すごいわねヨラン!』
「おい、そっちで盛り上がるな。こっちはなにもわからないんだが」
『音の反射で鍵の形を把握できるそうよ。あなたが無理やり破壊して入らなくても済むじゃない。よかったわね』
「なんだそれ、すごいな」
『でしょう。すごいわ、ヨラン』
自分のことのように自慢気にナーナが言う。
双子の妹は、この気の合う後輩をよく猫かわいがりする。しかし色気も何もないので、こうなるたびにヨランも反応に困るだろうと、テトスはいつも不憫に思っている。
『ということで、さっさと一輪どこかからとってきてちょうだい』
「はいはい」
適当な返事をして、テトスはその場から動いた。
施療院は屋根から壁まで真っ白で、ただ突っ立っていたままでは姿が浮き出るように目立ってしまう。
療養の目的で庭木に囲まれている一角があり、まぎれるならここを経由するしかない。
慎重に足を運んで、なるべく音を消して庭木の陰や壁際を進む。
(……調理場か休憩室か?)
見せられた地図を頭のうちで思い浮かべて現在位置と比較する。
治癒士たちの会話と食器がぶつかる音がした。
(窓辺に飾っているな。あれをもらうか)
素早く細長い花瓶に活けられた花を一輪抜き取って、そのままテトスは窓の縁を掴んで上に登った。
トカゲのように壁に張り付いて瞬く間に上がると、屋根の上に身を伏せる。
『屋根上についた?』
「ああ」
よくわかったと感心したが、花のおかげかと持っていた一輪を揺らす。
『花も無事に手に入ったようで何よりだわ。少し待って、中へ入れそうな位置を見せるから。うん、助かるわ。ヨラン、ありがとう』
こそこそとヨランとナーナが話す声が聞こえたかと思えば、すぐにテトスの視界にナーナが見ているものが送られてきた。
『わかったかしら? ここから裏側の窓がよさそうよ。鍵が掛かっていたら花を近づけて。それから息を鍵穴に吹き込んでちょうだい。こっちで解析して開けるわ』
「そいつは便利だ。鍵師の才能があるな」
使う者が使えば犯罪利用もたやすい能力だ。ヨランの性格的に提案を臭わせた途端に嫌がるのだろう。
テトスが言われた通りに反対側の窓のほうへと行くと、案の定カギが掛かっている。持っていた花を揺らすと、花の中心から空気の塊が飛び出した。
そして小さくカチッと音が鳴った。
「中に入る」
報告をしてから、静かに体を滑りこませてテトスは侵入した。
院内に入ると、色がやっと現れた。赤い絨毯が敷かれた廊下が続き、そこから等間隔に色の異なるドアが並んでいる。部屋のプレートはないため、色だけで振り分けているのかもしれない。
ドアには鍵もなく、横開きで簡単に開きそうだ。のぞき窓が高い位置にあり、うっすらと中を伺うことができる。
『何かあった?』
「色がバラバラのドアが並んでいる。治癒士はいるか」
『……手前の部屋に一人いるみたい。食事の手伝いをしているようだわ』
ナーナの言葉から、一番手前のドアに忍び寄ってテトスはのぞきこむ。
部屋のなかにはいくつかベッドが並んでいた。個室ではなく共同部屋のようだ。
しかしベッドは全て埋まっているわけではなく、見える限りは二人くらいしかいない。患者らしき二人のうち一人はベッドに横たわったまま、背を向けた治癒士に何やらどろどろとした食事を与えられていた。もう一人は眠っている。
(具合が悪そうってのは、本当っぽいな)
それからドアを離れて、廊下の奥のほうへテトスは移動した。
『ねえ、ティトテゥス。ドアの色って何色があるの? 模様や装飾はある? 適当に開けては駄目なのはわかっているわよね?』
魔法構築式が模様代わりに使われているかどうかは、テトスだって馬鹿ではないのだからわかる。だが、専門ではない。
思うところはあったが、テトスはナーナの質問に答えた。
「手前から、茶、赤、青、緑、黄。文様は、俺の目を使って確認してくれ」
『そう。ええ……大丈夫みたいね。魔法が使われている様子はないみたいだわ』
「そいつはなによりだ。とりあえず探して入るぞ」
軽い応酬をしながら、奥から順番にのぞき窓を見て確認をしてから入る。
黄色の部屋にはぐったりとした様子の男性が二人眠っていた。顔色は悪く、テトスが無遠慮に観察しても目が覚める様子がない。
ベッドの柵には個人名が書かれている。この名前を確認して行けば、ベイパーの元婚約者を見つけることもできそうだ。
一人の男性は肩を大仰に包帯が巻かれており、一見すると重篤な怪我人に見える。もう一人は最初に見つけた男性とは逆の腕に巻かれていたがその先の膨らみはなかった。
(元からないのか、処置をして切り落とされたか?)
黄色の部屋を調べてみても特に変なところはない。
次の緑の部屋には、女性が四人いた。年齢は少女から妙齢の夫人、小太りの老人までばらばらだ。
しかし誰もかれも前の部屋と同じようにぐったりと眠っている。また誰もどこかしら怪我をしているようで、包帯がまかれていた。
奇妙に思いながらも、テトスはベッド柵に掛けられた名前を見て回った。
(名前……名前……メイシー、アドリア、チカチナ……イニエ)
いた。
小さく呼吸をして、両手を組んだまま眠っている。
赤みがかった茶色の髪をした妙齢の女性だ。肌の色は青白く、余計にそばかすが目立っているのが特徴的だった。
他の女性と比べると、イニエには一見包帯がまかれていないようだ。イニエ以外は重症人も混じっているような見た目だった。
「……おい、聞こえるか」
『なに?』
「ナーナじゃない。イニエ・ウッドがいた。話しかけるから黙って聞いててくれ」
耳の奥で文句を言うナーナを無視して、テトスは軽くイニエの肩を叩いて揺すった。
数度繰り返すと、やがてうっすらとイニエの瞼が上がる。
「どうも、イニエ・ウッド。ベイパーの友人だ。大声はやめてくれ」
「ひっ、いや、いやあ」
ひきつった声が上がる。目が見開き、イニエはずりずりとベッドの上をよじろいだ。
『あなたの仏頂面で、怖がっているんじゃなくて?』
「俺は好青年だ。どうも、テトスとよんでくれ」
「だ、だれ……どうして、ここに」
「ベイパーに頼まれた」
「ベイパー?」
黒い瞳が揺らぐ。イニエはバランスを崩しながらも、ゆっくりと起き上がろうと試みる。しかしうまくいかないようだ。
シーツがよれて、足が露わになる。血色の悪い青白い足ではなく、包帯がぐるぐると左足に巻かれていた。真新しい傷なのか、薬剤らしい香りにまぎれて鉄臭さがする。
傷にやられて、熱も出ているのか瞼もはれぼったくなっている。具合はかなり悪そうだ。
そう判断したテトスは、枕を後ろに立てかけて上体を起こすのを手伝った。
「手紙だ。読んでくれ」
イニエは震える手でテトスから渡された手紙を受け取って開いた。かじりつくように読みこんで、何度も何度も見返してうつむいた。
そして手紙を胸に抱いて、イニエは瞳を潤ませた。
「あ、ああ……ああ」
嗚咽ばかりで言葉もなく、イニエは肩を震わせる。
ベイパーの様子を見てきたテトスは、正しく二人は相思相愛だったのだろうなと腕を組み感じ入った。
(……俺もかくありたいものだな。まあ、そうなるはずだ)
自身の都合の良い未来地図を浮かべて、少し待ち、テトスはイニエに声をかけた。
「返事をするなら、伝言も受け付ける。生憎、手紙道具は持ってきていないんでね」
「感謝します。あの……」
「なんだ」
「ベイパーは、無事でしょうか」
「手紙に何を書いていたか俺は知らないが、元気だ。しいていうなら、あなたを心配してやつれてはいるな」
「そう……そうですか。よかった」
心からほっとしたように、イニエが熱い吐息をこぼした。
「だが、あなたの弟が死んだ。聞いていないか」
『ティトテゥス!』
咎めるナーナの声が耳をつんざくが、手紙に書かれていたかもしれないことだ。
それに、事実を知らないほうが幸せという言葉がテトスは嫌いだ。よかれと隠して、後から真実を知った時、より苦しむのは当人ではないか。
イニエは予想外の名前が出たかのような、そんな反応をした。
「シエギが?」
「毒で死んだ。ここに来ていたそうだが」
イニエは驚いたように首を振った。
「そんな、まさか」
「あなたは見ていない?」
「はい」
言葉少なにイニエが返す。声も元気はなく、ところどころつっかえながらで呂律も怪しい。
「弟とは、ずっと、交流がないから」
「……来ていない?」
「治癒士と先生以外に、人はいません」
「そうか」
会話が途切れると、荒くなり始めたイニエの呼吸音が目立つ。
『ティトテゥス。イニエが弱っているじゃない。もっと気遣いなさいよ』
「ナーナ。目を貸すから、様子を見てみろ」
『はあ? もう、いいけど……』
ついで、目の奥に何かが入りこんだ感覚がした。
ナーナの干渉魔法だ。
得意は得意といっても限度があるとテトスは常々思う。数秒待てば、怒涛のようにナーナからの返事がきた。
『見たところ、呪いはないわよ。でも、ひどく具合が悪そう。それに、彼女の左足はなに? おそらく治癒の魔法をこめた糸か布を使われていると思うのだけど』
「それがなんだ」
『治癒だけではなくて、接合や融合とか置換とか、変わった魔法構築式が入っているのよ。ふつう、使うものかしら? あなた、傭兵稼業か何かで詳しくはないの?』
「知らん。縫合糸や包帯の魔法構築式を覗こうと思うのは、ナーナくらいだろ」
『でも、妙なのよね……置換って。同じ人の部位なのに、なんでそんなこと』
そこで止まって、ナーナが呟いた。
『それ、本当に本人の足なのかしら』
テトスは、息を整えているイニエに声をかけた。
「なあ、その足はどうしたんだ? 急にぶしつけですまないが、見えてしまったもので」
「……あ。あし? 私の足……?」
視線がうつろだ。
ふらりとイニエの首が傾ぐ。うわ言のような口調はひどく幼い。
先ほどまで普通に会話が出来ていたはずなのに、まるで別のことに頭の中を占領されたようだ。テトスのほうを向いているはずなのに、視線が合わない。
「私の足? 悪くないの。悪くないのに、悪いって」
「怪我をしているのはなぜだ?」
「切って。ああ、あ、切ってとられて……先生が」
「先生?」
「離れの、家で私。あんな、どうして」
イニエは茫洋とした眼差しで、あたりを見る。そして、のろのろと窓際を向いた。
「ひ、あ……ああ、ああああ、あ゛あああッ!」
そして堰を切ったようにイニエが叫んだ。
理性も一切残らない絶叫が響く。
『ティトテゥス! 窓から!』
「言われなくても!」
テトスは部屋の窓を開けて、身を乗り出した。
なおもイニエは叫び続けている。今もまだ恐ろしい目にあっている最中のような状態だった。
(あとでどうにかできたらいいんだが)
壁のとっかかりを掴んで、屋根へとまた上がる。
治癒士たちがイニエの部屋へ入ってきている音を聞いて、テトスはさらに離れた位置へと移動した。




