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ナーナティカのかんしょう  作者: わやこな
うろこ剥ぎ
12/44

2 作品モデル


***




「……ええと、それでご紹介にあずかったわけなのね」


 ナーナは年下の友人に呼び出された経緯を聞いて、苦笑いをした。

 昼下がり。

 学園内にある庭園。大昔の卒業生が造ったとされる古びた東屋で、ナーナはヨランによって一人の生徒を紹介された。

 対面の長椅子に腰かけて、ナーナを無遠慮に眺めている男子生徒のアミクだ。背は高く細身で、鳥の巣のような頭をしている。

 アミクがぴかぴかな笑みを浮かべている横で、ひたすらヨランが申し訳なさそうな表情を見せる。

 これでは怒るに怒れないわ、とナーナは愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「本当に、本当にすみません。頼めそうな人が他に浮かばなくて」


(本当かしら。ヨランなら同じ寮にいそうなものだけれど)


 ヨランの言葉に、反射的に疑問を頭のうちで呟きながらナーナはうなずいた。


「まあ、いいでしょう。ヨランにはよくしてもらっているもの。構わないわ」

「……助かります」


 ほう、と重く息を吐いたヨランに、どうやら本当に困っていたらしいとナーナは目を瞬かせた。

 一方でアミクは友人の気の滅入りも物ともせず、きらきらとした眼差しでナーナを見つめ続けていた。

 目が合ったので、ひとまずまだ出来ていなかった自己紹介をナーナはした。


「ヒッキエンティア寮のナーナティカ・ブラベリ。今年転入してきたから、実質新入りみたいなものよ。お手柔らかにお願いね」

「お会い出来て光栄です! ウワサに違わぬお綺麗さですね!」


 はきはきと言うアミクに、ヨランがうわあという顔をした。


「本当に、すみません。こいつがあなたをモデルにする間は、僕もいるようにするので。決して、変なことはさせないように目を光らせますので」

「なんだよヨラン。だって綺麗じゃん。思ったことを言っただけだろー?」

「だから二人きりになんてさせたら申し訳ないんだよ。わかれ」


 ずいぶんと気安い友人の間柄だ。二人の掛け合いにナーナはおかしくなった。


「お気遣いありがとう、ヨラン。でもそこまで気を遣わなくて大丈夫よ。誉め言葉はありがたく受け取るわね」

「あ、いえ……はい。ありがとうございます、ナーナティカ」


 しおらしくヨランが言う。

 ぴしりとした姿勢で膝に手を置くヨランと、前のめりでまだ観察を続けるアミクはなんだか正反対だ。


「ええと、それで時間はそちらに合わせます。場所の指定も。もちろん、お礼もします」

「お礼と言われても」


 ナーナはアミクたちを見る。

 お礼ありきで引き受けたわけではなかった。ヨランとはコウサミュステで起きた事件以来、何度か顔合わせをして友好関係を築いている。


(ティトテゥスが迷惑をかけているから、こちらこそお礼……お詫びをしておきたいくらいなのだけど)


 不幸中の幸いを挙げるなら、ヨランがテトスのことを疎ましく思ってはいないということだろうか。なんだかんだと邪険にせず付き合ってくれ、課題の共有や勉強会なども共にしている。


「そうだ、お礼なら街に案内しますよ!」


 ナーナの困った視線を受けて、アミクは勇んだ声を上げた。


「ヨランもいい案だと思うだろ?」

「ああ、それは……うん。ナーナティカは、街へはまだ行っていませんでしたね」

「街って、中立特区唯一の街のことかしら」

「その通りです! 学園外れなので距離はまあありますが、都とも繋がる交易街なんで賑わいはありますよ。俺詳しいです。どうでしょう? あっ、ナーナティカとお呼びしても?」

「どうぞご自由に。街は確かにまだ行ったことがないわ。でも女子が私一人というのはちょっと……友人も一緒でも?」


 男女の関係ではない友人同士との交流だとしても、ナーナは外聞が悪くなることは避けたかった。学園から行ける、それも唯一の街ならこの学園の生徒も多く行くだろう。

 ただでさえ成績や転入のことで注目を浴びやすいので、悪目立ちはしたくない。淑女らしからぬ、といったウワサが流れてはナーナも気分が悪い。

 それに街に行くならば、ナーナの友人にとっておきの人物がいる。


「えっ、ご友人も!? 喜んで!」


 喜色をうかべてアミクが言う。ヨランも反対はせず、静かにたまった息を吐き出して目を伏せた。


「……ご迷惑をおかけします」

「真面目すぎると苦労をするわよ、ヨラン」

「いえ、僕がしっかりしておかないと後々やらかすので。昔から、本当に」


 含みを持たせて言葉を切ったヨランは、ふと虚空を見上げた。

 同時に鐘の音が聞こえてくる。午後の講義が始まる合図の予鈴だ。


「もう時間だ。すみません、ナーナティカ。時間を取りました」

「じゃあ早速今日の夕方からいいでしょうか!」

「アミク!」


 ヨランが注意する声を聞き流して、アミクは張り切った様子で聞いてきた。


「夕方なら大丈夫よ。場所はここにしましょう。またあとで」


 ナーナが軽く手を振ると、アミクは大きく、ヨランは小さく返して去っていった。こういったところも凸凹のようなコンビだと見送って、ナーナもまた自分の講義の教室へと急いだ。








 アミクの腕前は本人も自負しているとおり、なかなかのものだった。

 芸術には詳しくはないナーナでも作品製作に関する情熱は伝わってくるほどだ。

 口を開けばへらりとしているが、筆をとると途端静かになる。あたりの音も光景も一切入ってこないほど夢中で手が動き出す。

 ナーナのほうからは見えないが、目まぐるしく動く筆と視線でずいぶんと捗っているのだなとわかるくらいだった。


 作品が完成するまでの期間は、ナーナが思っていたよりも短かった。

 たった十日ほどで終わった。

 アミクが言うには、「久しぶりの女性だから気合が違うんですよねえ」とのことだ。

 完成品を見せてもらったが、変な主観や主張もない、ナーナの姿をそのまま映しとったかのような絵だった。

 色合いから毛の先の形まで完璧だ。そっくりそのままその通りのナーナがキャンバスに居た。


「まるで鏡を見ているみたいだわ」


 感心したように呟くと、アミクは嬉しそうに答えた。


「ありがとうございます! いやあ、普段はもっとそのモデルのいいところを強調して描くんですけど、まず最初はありのままを描いておきたいって思いまして! ナーナティカは昼に映える容姿なので明るい陽の下をイメージした光源でやってみました」


 そのままつらつらと、アミクはこだわりについて滝の流れのように浴びせてきた。

 当初の宣言どおり、見張りになるつもりで傍に控えていたヨランも呆れ顔をしている。アミクの作業中、読書をして待機をしていたヨランは、手にしていた本を閉じてアミクの足を踏んだ。


「いったい! 何するんだ、ヨラン」

「最初は、ってなんだよ」


 眉を寄せて胡乱な視線をヨランがアミクへと向ける。

 その言葉にナーナはもしやと思って、同様にアミクを見た。


「え、せっかくの良い被写体だぞ。一枚で終わるなんてもったいない! 像も作りたい!」


 アミクはそう言うと完成した絵画をヨランへと見せた。


「ほら! こんな美人を題材にできるのなんてこれからあるか!?」

「お前の作品が売れていけばあるだろ。単に女性が描きたいっていう下心が見えてるんだよ」

「それも、あるけどさあ!」


 ごねるアミクは今度はすがるようにナーナを見つめた。

 すかさずヨランが「情けは無用です。調子に乗るので」とぴしゃりと口を挟んだ。

 ナーナは微笑みを作りつつ、ヨランの言い分に確かにと内心で同意した。


(途中もヨランが止めないと、要求のエスカレートはあったものね……私が構わないと言ったせいもあるけど)


 腕は確かに良いが、アミクに流されるままだと問題が起きてしまいそうなのも否めない。

 それにナーナが何度も付き合うのも、さすがに遠慮したい気持ちもある。


(きっちりと嫌なことは嫌とはっきり言える、気の強い子なら受けてくれるかしら)


 自分にそっくりな絵を描いてもらえる。さらに、こだわりを言うついでにモデルのいいところをたくさん言ってもらえるのなら。それを喜ぶ女子がいるかもしれない。


(というか、いるわね。うん、街へ行くのにもアミクに付き合ってもらうのにもいい人選が)


 ナーナの頭に思い浮かぶのは、同室の友人、モナだ。

 モナは流行りものが好きで、自分の美貌にも自信を持っている。そして気の弱いミミチルの代わりに喧嘩相手を言い負かすような負けん気の強さもある。

 考えれば考えるほど最適な人選だとナーナには思えた。


「ねえ」


 ナーナが声をかければ、二人の視線が集中する。


「私に案があるわ」







 結論からいうと、見事にはまり役だった。

 ナーナがアミクの描いた絵を魔法で紙に写し、モナへと見せたところ、すぐに了承をしてもらえたのだ。

 もっとも、お礼の街巡りでモナとナーナの買い物の荷物持ちやプレゼントをしてもらうことという条件もつけられたが、アミクは大喜びの結果となった。

 流れるようにモナがモデルの作品を制作することとなり、学園が定めた休息日に街へ行く計画も決まり、話はとんとん拍子に進んだ。


「ナーナ、準備はできていまして? 大きなカバンなんてやめておきなさいな。荷物持ちに持たせればよくってよ」


 初めて街へ行くナーナよりも張り切っているモナが声をかけてくる。

 ヒッキエンティア寮のナーナたちの自室。

 モナはとっくに準備も万端のようで、きっちりと化粧をして髪も丹念に梳かしている。

 服装だけは学園規則で定められており、外出時も寮の紋章がつけられたローブやワンピースやズボンでないとならないが、ブラウスなどのインナーは自由だ。

 フリルのついた襟首のシャツと鮮やかな橙色のつやつやとしたリボンを身に着けて、モナは何度も自分のスペースの立ち鏡で確認している。


「ナーナの初めての街ですもの。美しく装ったわたくしが、素敵な体験をプレゼントしますわ!」


 そう言いながらモナは制服のスカートをつまんでポーズを取る。


「ミミチルもこの機会に出てはどうかしらね?」

「余計なお世話だよお。必要になったら出るからいいの」


 すかさずミミチルが文句を言う。

 休息日だから部屋でのんびりするのだ。そう前々から言っていただけあって、ミミチルは部屋の共用ソファに寝そべって図鑑を眺めていた。図鑑はもちろん虫の図鑑だ。


「明日はミミチルへのお土産も選んでくるわね。楽しみにしていて」


 ナーナがそう声をかけると、ミミチルの「そっちも楽しんでね」という声が返ってきた。

 どんなものを買ってみようか悩みながら、ナーナはわくわくした気持ちを抱いてカバンを握りしめた。


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