10
頭痛い。
喉痛い。
鼻で息ができない。
「…びやっくしょいっ!」
不細工な自分のくしゃみで目が覚める。
ここは。
ここは何処だろう?
雨が降っている。
それはわかる。
雨の独特の匂いがするから。
でも視界が不鮮明だ。
何かが私を覆っている。
ふんわりあたたかい気がする。
覆ってる何か―――誰かが小刻みに震えている。
何か呟いてるようだけど、うまく聞こえない。
でも泣いてるような気がする。
大丈夫だよと声かけしなきゃ。
「…泣いでる暇があるなら治癒で治じでぐれまぜん?」
ああ。
ちょっとは素直になれたと思ったのに。
誰かの動きが止まる。
「…なるほど」
なるほどなの?!
てか本当にできるの?!
じゃあなんで気付かないんだよ!
ふわりと浮遊感をかんじると頭がスッキリした。
体も軽い。自力で動けそうだ、
まずは状況確認を――――――
「…コウミ、愛している」
女でも興奮すると鼻血が出るんだ知らなかった。
「ばっ?!何をいきなり…まっ魔王様?!」
「貴方もいきなりだった。同じ事をした」
魔王様は淡々と答える。
てか多分、魔王様だと思う。
確信はあるけど、抱きしめられていて顔が見えない。
今見えるのは、私の鼻血で汚れた魔王様と思われる輩の腕だけだ。
ああでも本当に魔王様なら。
ゲームはクリアできて、みんな復活できたのね。
というか確認させて欲しいんだけど。
「…まっ魔王様…とにかく離して下さい」
「すまない」
謝りはしてくれたけど、腕のほどける様子はない。
「離して欲しいんです」
「いやだ」
拒絶された。
魔王様から拒絶されたのは……初めてじゃないけど。だんまりの時もされた気がするけどっ。
こんなにハッキリ意思表示されたのは初めてだ。
「ここは初めて会った時と場所だ」
抱きしめたまま淡々と、魔王様は話す。
「貴方がゲームを始めた時、クリアしたら必ず戻すと決めていた」
そうだったの?
「貴方がプレイするのは想定外だった。元の世界へ帰りたいのだろうと判断し、ゲームオーバー確定なら寸前で第2の力を借りる。クリアできたなら復活するであろう私の力で共に返そうと」
え?第2絡んでんの?
「第2の魔力は私の2倍だ。半分温存してもらった。最後の最後まで歯ごたえがなくてすまない」
…アレで魔力半分だとお?!
クリエイターさん、最初からクリアさせる気ないだろ!
哀れみの天使第1形態が示唆した『魔王様はもう1つ何かした』っぽいってのはコレだったのか。
あれ?
ちょっと待て。
最初、魔王様の魔力全部でコチラの世界へ来て私を拐って帰ってきたんだよね?
で、風邪を拗らせた私を治す魔力もなくて大騒ぎになったってゾンビ少女が。
今、おんなじ状況で先に私を治した。
…帰れなくね?魔力足りなくね?
いや私を置いて帰るならあるいはイケるか?
でもそれって。
もう会えない。
「コウミと離れたくない」
「そう思ってくれるならなんでコッチに連れ帰ってきたんですか!」
「体調不良まで再現されると思わなかった」
まあそうですよね。
「それでも、せめてアッチで私の意思を確認してからでも良かったんじゃ」
「ゲームクリア認定された後も、コウミはあの世界で目覚めなかった」
なんですと?
「ケラソスの剣が共振して爆発した。貴方と第2も消失した。クリア認定されて第2は復活、コウミも体は取り戻せたが心は戻らなかった」
なんと。
凄まじきはケラソスの剣。
「『姫』縛りが仇となりバグが起きた。復活が果たせなかった。第2が、心だけコチラの世界へ戻ったのではと言い、私はそれに賭けコウミを連れてきた」
第2さりげに良い奴説浮上。
いや、みんなみんな良い人ならぬ良い魔物だらけだった(除く『哀れみ』別人)。
「離れたくない」
「…私も離れたくないです」
魔王様が再び止まる。
この隙に魔王様の腕を少しほどく。
やっと顔が見えた。
整った顔がキョトンとしてる。
頬に白い髪が張り付いてる。
ああ魔王様も雨に濡れるんだ。
てかやっと確認できた。
貴方は正真正銘私の魔王様だ。
―――イイコト思いついちゃった。
でもそれには魔力が足りない。
やっぱり現状打開できないじゃないかと落ち込もうとした時。
「ったくいつまでイチャイチャしてんだよ!もっかい爆発しろ」
魔王様と私は固まった。
魔王様の向こうに、傘を差したコスプレ男がいる。
頭のネジネジ角は4本。立派な蝙蝠の翼は今はお行儀良く閉じられてる。
今がハロウィンなら間違いない優勝レベルだ。
「第2。どうやって」
魔王様も気付かなんだ!
「面白そうだから。ここまでイチャつかれるとは思わんかったけど」
その答え、『どうやって』の理由になってないよ第2。
「コイツの影に潜ったんだよ。アンタに最初攻撃した時と一緒。魔力使わんしラクなんだ」
うん手段聞いてみると、確かにそれより何故ココへ来たか知りたくなるな。
「今アンタ悪人ヅラしたろ?面白いから教えろ」
「悪人ヅラの仕方を?」
「それも面白そうだが、アンタの考える内容も突飛で面白い。話せよ。力になれるかもしれないぜ?」
色々腹立つが天の助けだ。
イイコトしようじゃないか!
「じゃあまた私をゲーム世界へ戻してください」
***
クリソツの顔2つとも驚いた顔で固まる。
これぞ『鳩が豆鉄砲食らう』だ。
実際に鳩が豆鉄砲くらった顔って見たことないけど。恐らくこれで間違いないだろう。
正直面白い。
「アンタ…コイツの努力を水の泡に…」
まあそう見えるよね。
この異世界転移の絶対条件は『雨』だろう。
「最初に魔王様の会った時と今とが少し違うんです」
私は努めて冷静に切り出した。
だが急がないといけない。
「最初の魔王様はコチラの雨に濡れてなかった。今の魔王様はこの通り濡れてる。先の魔王様は存在がコチラに受け入れられてなかったんだと仮定します。そして今、魔王様が濡れる程には変化が起きてる」
雨が落ち着いて来た気がする。
「この時この場と、貴方達のゲーム世界が繋がりかけてる。少なくとも道ができ始めている。だから飛ばされた私の心もココへ来たんだと思うんです」
雨が小降りになる。
「2回の往復でココまで繋がったなら、回数を踏んでいけばどうなるでしょう?」
雨の音がまばらになってきた。
「どうなるかは私もわかりません。でも私には凄くイイコトになりそう」
私は二人を見回した。
「私にもう一度あの楽しいゲームをプレイさせて下さい。必ずクリアしてみせます。何度も何度でも」
雨が上がる上がってしまう。
「そして全てを現実にします―――必ず」
ああ間に合わない。
「―――お願い!」
一瞬、また抱き寄せられた気がする。
その途端ぐわんと頭が鳴った。
***
目覚めた場所は檻の中でなく、既にスタート地点だった。
「オレがしたんじゃないぜ?アンタのふざけた目標にゲームがノッたんだろ」
第2が笑っている。
見たとこ魔力も減ってなさそう。
あれ?
「コウミの仮定は正しかったようだ。私の力だけでココへ連れてこられた」
私の手を握ったままで淡々と魔王様が説明する。
「てかさっきの話、要素1つ抜けてたのに良くやるよコイツ」
「…抜けた要素?」
第2まだいるのかよと思いながら私は聞き返す。
「最初、コイツは一人でアチラへ行って、アンタと二人でコチラへ帰ってきて魔力を失った」
うん?
「さっき、コイツはアンタの体と二人でアチラへ行って治癒をした。条件が同じなら、コイツ一人で帰る魔力も足りないはずだ」
あ!
確かに!
「コウミさえ目覚めれば後は良かった」
それって魔王様がゲームに戻れない覚悟でって。
「…ううっ」
「コウミ」
「…あー…うざー」
イイトコロを第2は潰す。
今度こそ潰してやる絶対にな!
「睨むな。1つ言いたい事があるんだよ。それでお邪魔虫は去るから」
そう言いながらスタート地点の脇で不釣り合いに備えられた入力画面を差す。
「クリアの自信があるなら名前はコウミでなく『サクラ』と入れろ」
「?」
「ハードモードになる。オレら敵はHP・MPが2倍。宝箱は無くなる」
「えええっ!」
今まで特殊アイテム頼みだったのに!
「クリエイターの頭の中ではなんとかなるらしいぜ?真偽はともかく」
そこは確約してよ!
「アッチへの行き方もわかったし、オレも魔力温存はしない。今度こそガチバトルしようぜ?」
「…いつかね」
第2は軽く笑うと消えた。
目の前は懐かしい『森』のダンジョンだ。
「私はコウミのままがいい」
手を離さないまま魔王様が言う。
なんだか直球度が上がってる気がするけど気のせいだろうか。
「…え~と…やっぱり、一緒に行くんですか?」
魔王様は淡々と頷く。
「第2がコウミを狙っている。渡さない」
「ぐはあっ!」
もうやめて!私のHPが戦闘前からゼロになる!
「とっとにかく『コ・ウ・ミ』入力しましたよ!…え~と『森』の入り口は」
「待てコウミ」
魔王様が私の手を引っ張る。
「ぎゃわゎわわぁ!」
「大丈夫かコウミ」
「だっ大丈夫です!今度は何なんですか魔王様!」
「ダンジョンへ入る前にまず」
「入り口脇の壁を殴る、ですよねエイっ!」
私は照れ隠しで思いっきり壁を殴り付けた。
隠し部屋発見。でも加減間違えた。
素手だと痛い。結構痛い。
涙目な私の手を魔王様は包む。
途端に手がラクになる。
そして今度は両手を離してくれない。
「側にいてもいいだろうか」
魔王様はおずおずと見つめる
答えなんて決まってるじゃないか。
「…最初の時もそうだけど、魔王様はプロポーズしてくれてるみたいで困るんです」
「困る?」
「困ります…だって…嬉しいから」
頑張って見つめ返した私に、魔王様は驚いたような顔をした。
何か変だった?
魔王様がふうわりと笑う。
ああ大好きこの笑顔。
魔王様は睫毛を少し伏せる。
赤い瞳が近づく。
近づいてくる魔王様の瞳に私が映る。
ああ私も笑ってる。
第2の言った通り我ながら案外可愛いかもと思ってたら見えなくなった。
唇に優しい花びらが触れた。




