第1話 アラベル。
「お久しぶりです、エミール」
「うん。ね、ベル?今日は暖かくていいね」
ジャクリーヌは少々呆れていた。
婚約者との月に二回のお茶会。中庭のテーブルに彼女の婚約者は今日も姪っ子を抱っこして現れた。
柔らかそうな赤い髪。赤茶のクリっとした瞳。
まだ1歳になったばかりで、頬も指もむちむちで触り心地が良さそうだ。ベルと呼ばれた赤子はレースのおくるみにくるまれて、きゃっ、と声を上げながらエミールに手を伸ばす。
「アラベルちゃんは今日もご機嫌のようね」
社交辞令のつもりでそう言うと、エミールは私の顔など見もしないで笑った。
「また歯が生えたんだよね、ベル。ご飯もよく食べるんだよ。ね?」
「…そう」
昨年、婚約者のエミールの実の姉が嫁ぎ先で出産時に亡くなった。
両家で協議した結果、嫁ぎ先だった侯爵家嫡男も早々に再婚することになるだろうから、ということで実家であるダヴィド伯爵家の養女として育てることになったらしい。エミールの義妹、になったのだ。
エミールの姉のベアトリスは…私もよく知っているが、流れるような特徴のある赤毛で、赤茶色の…クリっとした瞳の大層な美人だった。美人なのに笑うと可愛らしい、反則みたいな人。
私が婚約者としてこの屋敷を訪れるようになってからも、屋敷に姉が居る時のエミールはそわそわして落ち着きがなかった。
「バッカじゃないの?このシスコン!」
そう言ってよくケンカをしていた。一度だけ入ったことのあるエミールの部屋には、その姉の幼いころからの肖像画がいくつも飾られていた。
…その…小さい頃のエミールの姉にそっくりだ。親子だから当たり前と言えば当たり前だが。
「シッターはどうしたの?」
「ああ、いるよ。でもベルはね、僕の姿が見えないと泣くんだ」
何を聞いてもこの調子だ。お茶を出してくれている侍女たちも微笑んで見守っている。毎日この調子なわけね。
最初のうちは私も同情した。
最愛の姉を亡くしたエミールの悲嘆にくれた様子に、掛ける言葉は見つからなかった。そうして…その絶望の中、姉にそっくりな赤子が彼に抱かれることになる。さすがに…しばらくそっしておこうと思った。そっとしておいたら…もう一年たつのに彼は赤子を片時も離さない。
自分の部屋にアナベルのベッドを運ばせて、家庭教師と勉強するときも一緒のようだ。なんなら食事も風呂も寝るのも一緒らしい。
しかも…ベル、と言うのは姉の愛称でもある。まあ、あの子の名前はアラベル、だから…?
…ま、いいか。
ジャクリーヌは一つため息をついて、お茶を飲んだ。




