第一話 祭りの日の出会い
「わー、すごい。人がいっぱいいる。」
「フルル、すごいね。」
「ミュウ」
少女の肩から鳴き声が聞こえた。
だが、肩には何も見えない。
祭りの中央広場は、人々の笑い声と活気に満ちていた。
「あー、なんかおいしそうな匂いがしてくる。」
白い石造りの建物に囲まれた広場には屋台が立ち並び、焼きたてのパンや甘い果物、香辛料の利いた肉料理の匂いが風に乗って流れてくる。
「みんな楽しそう。」
子供たちは広場を駆け回り、大人たちは酒杯を交わし、旅人たちは珍しい品物を手に取って目を輝かせていた。
「私、嬉しくなってきた。」
「ミュウ、ミュウ」
肩から返事をするように鳴き声が返ってくる。
一年で最も町が賑わう祭りの日。
その華やかな広場で、一人の少女が足を止め、あたりを興味深そうに見回していた。
若草色の花模様が入った服を着た、まだ年端もいかない少女である。
そんな少女に、一人の女性が気づいた。
誰にでも親しまれそうな、穏やかな笑顔を浮かべた女性だった。
「そんなところに立っていたら危ないわよ。」
少女は顔を上げる。
「ん?」
女性は優しく微笑んだ。
「どうしたの?」
そのときだった。
少女の肩のあたりが、ふわりと揺れる。
若草色の服と同じ色をした、小さな綿毛のようなものが姿を現した。
全身が柔らかな綿毛に包まれた丸い生き物。
大きさは十センチほど。
頭のあたりの綿毛がもぞもぞと動き、その奥から、くりっとした愛らしい顔がぴょこんと現れた。
「わーっ、かわいい!!」
女性は思わず両手を胸の前で合わせた。
目を輝かせながら身を乗り出す。
「ちょっと触らせて。」
返事を待つことなく頬ずりをして、フルルの頭を優しく撫でる。
その瞬間――
少女の身体が、ぼわっと柔らかな光に包まれた。
一瞬だけ。
春の日差しのような温かな光だった。
(あっ……なに?)
(この人から何か飛んできた。)
(……消えた?)
少女は自分の胸元へ視線を落とした。
何も残っていない。
不思議そうに首をかしげる。
一方、綿毛の生き物は嬉しそうに体を揺らしていた。
「この可愛い生き物はなに? 見たことがないけれど。」
少女は優しく答える。
「フルル。私の大切な一番の友だち。」
「迷子にでもなったの?」
「わからない、何も覚えていないの。」
女性の笑顔がわずかに曇った。
「ん? 名前は?」
「ミレイ。」
「おうちはどこ?」
「わからない。」
(ただの迷子じゃないってわけか……)
アテーラは少女の表情を見つめた。
怯えているわけではない。
泣いてもいない。
それどころか、楽しそうな顔さえしている。
(この状況を楽しんでいる……?)
(ううん、そんなことないわよね。)
(さて、今日は祭り。役所も閉まっているし……)
アテーラは少し考えてから、にっこり笑った。
「とりあえず、うちにでも来る?」
ミレイは肩のフルルを見る。
「その子だけ、隠せるかなあ。」
「珍しい生き物は高く売れるからね。危ないんだ。」
フルルは「ミュウ」と小さく鳴いた。
次の瞬間、全身の綿毛がゆっくりと服と同じ若草色へ変わっていく。
そのままミレイの服の中へ、溶け込むように姿を消した。
「わあ……」
アテーラは思わず目を丸くした。
(本当に不思議な子たちね。)
けれど、それ以上は何も聞かなかった。
「行こうか。」
「うん。」
二人は手をつないで歩き始める。
祭りの賑わいの中を進むと、あちこちから声が飛んできた。
「こんにちは、アテーラさん。」
「アテーラ、可愛い子連れてるな。」
屋台からも、
「なんか持っていくかい、アテーラ。」
と、笑顔が返ってくる。
ミレイはその様子を不思議そうに見つめていた。
(みんな……アテーラさんのことが好きなんだ)
少し歩くと、一軒の建物が見えてきた。
木と白壁で造られた二階建て。
入口には季節の花が植えられた鉢植えが並び、木製の看板が風に揺れている。
「和み亭」
柔らかな文字が刻まれていた。
「――あれが私の店。」
アテーラは少し誇らしそうに笑う。
「宿屋と食堂と酒場をやっているの。」
ミレイは見上げた。
(温かそうなお店。)
そのとき、和み亭の扉が勢いよく開いた。
「食い逃げー!」
男が二人、転がるように飛び出してくる。
その後を、若い店員の女性が必死の形相で追いかけていた。
「待ちなさい!」
祭りの喧騒が、一瞬だけざわめきへと変わる。
「あらあら。」
アテーラは苦笑しながら一歩踏み出した。
「ちょっと行ってくるね。」
ミレイが見守る中、アテーラは男たちへ向かって駆け出す。
その瞬間、
ドスーン!
アテーラが見事に転んだ。
その勢いのまま、身体は止まらない。
ゴロゴロゴロゴロ……
石畳の上を猛烈な勢いで転がっていく。
「うわっ!」
逃げていた男の一人が振り返ったときにはもう遅い。
アテーラはそのまま男に激突し、二人まとめて転がり続ける。
周囲から思わず笑い声と歓声が上がった。
「また始まった!」
「アテーラさんだ!」
「食い逃げも運が悪いねえ。」
勢いがようやく止まる。
アテーラは何事もなかったように立ち上がり、スカートの裾についた埃を軽く払った。
その足元では、男がうめいている。
「ふん、ちゃんと払わなくちゃだめだよ。」
いつもの穏やかな口調だった。
その様子に、野次馬たちから笑いが起こる。
一方、もう一人の男は必死に逃げ続けていた。
その先にいたのは――ミレイ。
少女は男を避けようと身体をひねる。
(あ……)
足がもつれた。
そのまま前へ。
ゴロン。
転んだ。
そして、男を巻き込んで転がり始める。
「ええっ?」
「もう一人も!」
「なんだあの子!」
男は悲鳴を上げる暇もない。
ゴロゴロゴロゴロ……
勢いよく石畳を転がり、和み亭の前まで来てようやく止まった。
男もミレイも、そのまま動かない。
「大丈夫か!」
アテーラは真っ先に駆け寄る。
店員たちも慌てて集まってきた。
(私……どうしたんだろう。避けようと思ったのに。)
ミレイはぼんやりと空を見上げていた。
アテーラはすぐにミレイを抱き上げる。
「けがは?」
アテーラはミレイの肩、腕、足へと慌ただしく目を走らせる。
「けがは? どこ痛い?」
ミレイは首を横に振った。
「よかった……」
心の底から安堵したように息を吐く。
「もー、この子は。」
そう言って、ぎゅっと抱きしめた。
ミレイは驚いたように目を瞬かせたが、やがて微笑んだ。
その笑顔を見て、アテーラも思わず笑みをこぼす。
店員の女性が男を縛り上げながら言った。
「あなたに礼を言わないとね。こいつを捕まえてくれた。ありがとう。」
ミレイは首をかしげる。
「私……?」
アテーラはそんなミレイを見て、くすっと笑う。
「今日はお祭りです。みんな楽しんでいるんだから特別に許してやります。二度とこんなことするんじゃないですよ。」
「さあ、さっさとどこかに行きなさい。」
男たちは何度も頭を下げながら、逃げるようにその場を去っていった。
「さすがアテーラさん!」
「今日も見事な転びっぷりだった!」
「あの子もすごかったぞ!」
笑い声が祭りの音楽へと溶け込んでいく。
しかし――その光景を、人混みの向こうから見つめる少女がいた。
飴色の髪に、淡緑色のチュニック。生成り色のマント。
その視線は、まっすぐミレイへ向けられていた。
「ミレイ様は……」
静かな声が風に溶けた。
「何のスキルも持っていなかったはずでしたが……」
少女は目を細める。
「あの力は……」
その続きを口にすることなく、ミレイを見つめ続けた。
読んでくださって,ありがとうございます。
章が進むにつれ展開が大きく変わっていきます。
末永くお付き合いいただければ嬉しいです。
第一章九話
第二章五話
第三章十五話
第四章、、、
と続いていきます。
多分これの下にあると思うのですが、
★を押して頂けると嬉しいです。
よろしくお願い致します。




