8 本妻vs愛人
「ど、どうして奥様がここに……!」
「フルール、何故君が……」
フルールは目の前の光景を信じたくなかった。
夫のルースが秘書アリアと腕を組んでいるのだ。
(さっきの会話からして、アリアさんが旦那様の愛人だということは本当だったようね……)
そして、目の前にあるのは二人が暮らしている邸宅だろう。
ルースはフルールの家に帰らない日はいつも、アリアの住む邸宅で過ごしていたのだ。
フルールは昼頃、グロリア伯爵邸を出てすぐ、ルースがいるであろう工房へと向かった。
そして彼が出てくるまで待っていたのだ。
気の遠くなるような長い時間だったけれど、どうしても真実を知りたかったフルールは彼を待ち続けた。
僅かだが、彼を信じる気持ちもあった。
しかし、現実はどこまでも残酷だった。
夜になり、彼はアリアと共に工房から出てきた。
フルールは二人の後を付け、この邸宅で暮らしていることを突き止めたのだ。
「奥様、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか?もしかして、私たちの後をつけていたんですか?そんな卑しい真似をするだなんて……」
ルースの前に出たアリアが、フルールに侮蔑の視線を向けた。
「正直言って見損ないました、奥様」
「……見損なったですって?」
フルールはアリアに反論した。
「あなた、私が旦那様と結婚していることを知っていてこのようなことをしているんでしょう?」
「ええ、それが何か?」
アリアは問題でもあるのかと言いたげな様子で聞き返した。
フルールはそんな彼女の態度に、怒りを募らせた。
あのときはおしとやかで上品そうに見えたが、こんな人だったのか。
こんな女が愛するルースの傍にいると思うと、彼女は耐えられなかった。
「これは不倫よ!わかっているの!?」
「不倫だなんて……貴族の男性に愛人の一人や二人いるのは当然でしょう?まさか、自分がルースから愛されているとでも思ってました?」
アリアは挑発するような笑みを浮かべた。
彼女はフルールに一歩近付くと、耳元で囁いた。
「私、奥様のことはずっと憐れに思っていたんです。実家の伯爵家ではお荷物として扱われていたうえに、結婚してからもお飾りの妻になっているんですもの」
「な、何を……!」
アリアは止まることなく、フルールに心無い言葉を浴びせた。
「あぁ、何て可哀相な奥様。ルースの同情を愛と勘違いして浮かれるだなんて……そんなんだから使用人たちからも煙たがられるんですよ。まぁ、そんな華の無い容姿ではそうなるのも当然……」
「――あなた、いい加減に……!」
我慢の限界を迎えたフルールはアリアに向かって手を上げた。
しかし、その手がアリアに振り下ろされることはなかった。
「ッ……!?」
「――やめろ、見苦しい」
彼女の手をがっちりと掴んでいたのは、ルースだった。
普段の優しい笑みは一体どこにいったのか、彼は冷たい目でフルールを見下ろしていた。
「だ、旦那様……どうして……!」
「……」
ルースはフルールからアリアを守るようにして彼女の前に立っていた。
これではまるで、フルールが悪者のようではないか。
ルースはアリアを一瞥すると、短く言った。
「アリア、お前は先に戻れ」
「わかったわ、ルース」
彼の背にいたアリアは、そのまま邸宅の中へ入って行った。
一瞬だけ勝ったような笑みを向けられたのを、フルールは見逃さなかった。
そして、フルールはルースと二人きりとなった。




