第12話(3)コウテイの最期(佐々木視点)
私の職業は教師。39才、妻子なし。ダンジョンに潜りだしたのは、4年ほど前だ。
教育者としての理想に燃えて教師になって10年以上たち、すでに理想と現実のギャップ、そして学校というブラック職場の過酷な実態に打ちひしがれていた頃。
その頃、勤務先の高校で、生徒が数人行方不明になった。この1年の間で、近隣の学校でもしばしば同様のことが起きていた。
近くに行政が把握していない闇ダンジョンがあるんじゃないか。教職員の間では、そんな噂話が流れていた。
それが本当なら、放ってはおけない。
私は、半信半疑のまま闇ダンジョン探しを行い、そして、このダンジョンを見つけてしまった。
ブラック勤務の合間にダンジョンに潜り続け、私は恐ろしいダンジョンの実態を知った。
殺人が平然と行われる無法地帯。次々と命を落としていく人々。それが当たり前になって、ここでは死を悼むことすら忘れられている。
危険な闇ダンジョンの中には、高校生はもちろん、まだ中学生くらいの少年少女もいた。
判断力も倫理観も未熟な少年少女が、モンスターと犯罪者がはびこるダンジョン内で暴力と狂気に染まっていく。
その実態を知り、私は彼らがダンジョンに入ることをやめさせようとしたが、無理だった。むしろこちらが襲われ死にかけたこともあった。
彼らの必死さを見るうちに、私は方針を変えた。
世の中には、ダンジョンにしか居場所がないような子どももいる。
ならば、彼らが安全に遊べるためにダンジョンを変えよう。
私はふたたび教育者としての理想に燃えた。
私はダンジョン内の危険なモンスターと悪人どもをかたっぱしから排除することにつとめた。
ダンジョン内で犯罪行為を行うものを見つけては、更生を願って教育的指導を行った。
そして、私はいつしか、「狂乱の暗黒騎士」と呼ばれ恐れられるようになっていた……。
ダンジョンに入り、ゆっくりと歩きだしてしばらくすると、ダンジョン内の探索者たちが挨拶をしてくれる。
「お疲れ様です! 暗黒騎士様!」
「お勤めご苦労様です! 暗黒騎士様!」
なぜか皆、腰を90度に曲げて、全力で叫ぶように挨拶をしてくる。私は軽く会釈をして、頭を下げたまま動かない彼らの前を通り過ぎる。
(このダンジョンにもすっかり挨拶とマナーが根付いてきたな)
私には少し充実感があるが、ただ、なにか少し違うような気もしてならない。もっとこう、和気あいあいとした楽しそうなダンジョンをめざしていたのだが。
見知った探索者たちを追い抜きながら、私は歩き続けた。
このダンジョンで遭遇する探索者のほとんどを私はすでにおぼえている。
私は決して社交的ではなく、人に話しかけるのは苦手だ。
だが、ダンジョン内では非行防止パトロールのため、積極的に見知らぬ者に話しかけ、「なぜダンジョンにいるのか?」とたずねるようにしている。
そのおかげで、今ではここにいるほとんど全員のことをある程度は知っている。
例えば、さっき出会った肥満気味の青年は、ここで引きこもり生活からのリハビリに励んでいる。最初に会った時は、「ダンジョンで人を殺して死のうと思って」などと言っていたので、私は命の大切さを小一時間語ったものだが。
例外は、ジャンヌと名のる少女と忍者のような服装の少年だ。
ジャンヌはのらりくらりと決して正体につながることを話さず、忍者のような少年は、かなりの人見知りなようで、すぐに逃げてしまって会話をすることすらできない。
30階層に到達したところで、私は見知らぬ男と出会った。20代後半くらいだろうか。
冷たい眼光の男だ。
最近よく見かけるようになった刺青をいれた男達とどことなく似ている雰囲気もあるが、彼らほどいかにもな裏社会の人間のオーラを出しているわけではない。
だが、どことなく不気味だ。
命の大切さを理解しない類の男だと、私の直感が告げていた。
悪行を行っている現場を掴んではいないが、子ども達にとって有害な可能性が高い。
私は話しかけた。
「こんばんは。いきなり失礼。あなたがこのダンジョンにいるのはなぜだ? 理由を教えてほしい」
「お前を殺すためだ。暗黒騎士」
男は落ち着いた声でそう言い、禍々しい剣を抜いた。
危険人物、確定だ。
私も剣を抜いた。
兜に付与した特性により、敵の攻撃力と防御力はわかる。私には自分の数値は見ることができないが。
しかし、敵の攻撃力と防御力はわかっても、パラメータの詳細はわからない。
戦い方によっては俊敏、器用、精神等の数値の方が重要なため、攻撃力と防御力はあくまで目安にすぎない。
攻撃力1350 防御力840
私が知る限り、このダンジョンで一番攻撃力が高いのは、シンという名の少年で、彼は最後に会った時に攻撃力が約900、防御力が約2500だった。
ちなみに、なにかと信用できないWikiqediaによると、ダンジョン100階層挑戦目安は攻撃力200、防御力200らしい。そんな数値では、ここでは10階層もおぼつかないが。
それはそうと、この男、あなどれないな。
攻撃力ではシンを超えている。
しかも、あの剣、形状的になんらかの状態異常の特性もちだろう。
じっくりと考える間もなく、敵は斬りかかってきた。
早い。
忍者のような少年とは比べ物にならないが。
私は剣で受けた。
だが、そこで、敵の袖口からナイフが飛んできた。
敵の剣戟を避け、一度後ろに下がりながら、私は鎧を貫き左肩に刺さったナイフを引き抜いた。
体にしびれがまわってくる。
麻痺ナイフだ。
完全に動けないわけではないが、動きが鈍る。
敵は私に回復薬を飲む暇を与えないように、飛びナイフと剣の攻撃を続けてくる。
「四天王。こんなものか? 4人全員始末するのにどれだけかかるかと思ったが。大したことないな」
そう言いながら、敵は右から左から剣で切りつけてくる。
麻痺で動きが鈍った今、避けられないため、私は剣で受けた。
不意に敵が後ろに下がった。回復のチャンスかと思った瞬間、私は足元に手榴弾が落ちているのに気が付いた。
爆風で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。鎧の足と手を覆っていた部分が砕けた。
間髪入れず敵の斬撃がくるのを、地面を転がり避けて立ち上がった。
だが、そこにさらに敵の斬撃が襲ってきた。
肉が斬られた。
激痛とともに、めまいがするような感覚を受けた。
そして、視界に10という数字が浮かんで消えた。
まずい。
これは「死の呪い」と呼ばれる特殊な、非常に稀な、状態異常だ。
状態異常もちの剣だろうとは思ったが。まさか「死の呪い」だったとは。
間合いの外、離れたところで、男は残忍な笑みを浮かべて言った。
「これで、あと、10秒の命だ。暗黒騎士。兜を脱げよ。絶望する顔を見たい。必死に命乞いすれば、命だけは助けてやるかもしれないぞ?」
その言葉が嘘だということは、目を見ればわかる。
私は覚悟を決めた。
麻痺で体が鈍っている今、あと10秒でできることは限られている。
私は謝った。
「すまない。口先だけの男で」
「は?」
私は全力で剣を振りおろした。
麻痺で鈍っている今、私の剣の動きは普段よりも遅い。だが、しっかりと力をこめて振り下ろした。
「何を……?」
相手からすれば、私が何もない所で素振りをしているように見えるのだろう。
切っ先の何メートルもむこうで不思議そうな表情で立つ男に、私はもう一度謝った。
「すまない。命まで取りたくはなかったが。手加減できなかった」
斜めに二つに分かたれた男の上半身が、ゆっくりとずり落ち、地面に落ちていった。
通常、剣の攻撃範囲は剣が直接当たったところのみだが、「衝撃波」の特性がついているこの剣は射程が大きく伸びる。
問題は、手加減が難しいこと。
だから、私は普段、モンスター以外に対して剣で攻撃することはない。素手で十分だ。
だが、この男は強すぎた。
めまいが消えた。私にかかった死の呪いが解除されたようだ。解除条件のひとつ、「呪いをかけたものの死」が確定したために。
二度と口を開くことのない、二つに分かたれた名も知らぬ男の遺体の前で、私は膝をつき、手をあわせた。
命の大切さを説きながら命を奪っている自分に失望しながら。
だが、これも子ども達を守るために必要なのだと自分に言い訳をしながら。
せめてもの贖にと、私はダンジョンに吸収され消えていく男の体を最後まで見届けた。




