09 私にとっての優先順位
「千夏、ごめんな、オレあの時考えなしで…」
陽太が先日の大学での件を謝罪に来た。
あの後、智弘にこってりしぼられたらしい。
「別にもういいわよ。気にしないで」
「いや、本当、きっと今までだって、嫌な思いしてたんだろ…?」
智弘が陽太に、そんなことまで言ったのだろうか。
今まで嫌な思いしてきたことについては、陽太に謝ってもらうようなことではない。
だって本当に嫌だったら、陽太と距離をとれば良かったのだ。でもそれを私はしなかった。
いくら女の子たちから妬まれたりしても、彼女になれないままで陽太の隣にい続けたのは私だ。
「…そんなことで、陽太の相棒を辞めるのは悔しかったのよ」
“相棒”なんて言葉に換えて、伝えてみた。
「千夏は、カッコいいなあ…」
「あら、今頃気づいたの?」
「知ってたけど、きっとまだまだ知らないところがあるんだなって、智弘に気づかされたよ…」
陽太の様子が変だ。いつもだったら、私のこのノリに、同じように返してくれるのに。
感慨にふけって、自分に酔っているのかしら。それか、拾い食いでもしてお腹痛いんだろうか。
陽太がこうやって謝りに来てくれたことは嬉しかった。
嬉しかったのだけど、私はこの時、智弘のことを考えていた。
智弘がどんな風に陽太に話をしたかは知らないけれど、きっと私のための行動だ。
彼の気遣いの方が、正直嬉しくて、早く会ってお礼が言いたいなぁなんて陽太を目の前にしながら考えていた。
「千夏?」
「ん?ごめん、何?」
「いや、お詫びもかねて、今度の土日どっちかで飯行かね?」
「今度の土日は、智弘と約束があるんだよね。ごめん」
智弘と約束があるのは事実だ。でも土日両方とも朝から晩まで予定が埋まっている訳ではない。
今までの私ならきっと、どこか時間を作って陽太と過ごしたかもしれない。
でもこの間のこともあるし、今は智弘との時間を大切にしたいという気持ちが勝っていた。
「土日両方ともって、ラブラブじゃん…」
「陽太だっていつも彼女が出来たら土日は彼女にべったりな時あったじゃない」
「そうだけど…千夏と最近飯行けてねーし…」
そう、今まで陽太は彼女ができたら土日は彼女のために使うもの!というポリシーでも持っているかのような時間の使い方をしていた。
同じことをしているはずなのに、何を拗ねているのか。
「平日のバイト終わりで遅くなってもいいなら、いいわよ。また連絡するから」
そう言うと観念したのか、陽太は帰っていった。
今までの私は、何をするにも頭に浮かぶのは陽太のことで、結局陽太を優先させてしまっていたはずだった。
それがいつの間にか、自分の中での気持ちが確かに変わってきていることに、気づき始めていた。
陽太への気持ちは、もう一生変わらないものだと思っていたのに。
(人間って、わからないわね…)
この変化をもたらしてくれたのはまぎれもなく智弘の存在だ。
私は今まで、無意識に変化から目を背けていたように思う。
いざ、足を踏み出してみたら――自然と陽太への気持ちに、向き合うことができたみたいだ。
だからこそ、私も智弘にとってそんな存在になりたいと思うのに。
智弘のお姉さん、奈津美さんに会った。
私はその時に、きっと彼の“傷”に気づいてしまった。でも本人に確認する勇気がなかった。
確認すればいいのに。もし拒絶されてしまったらって思ったら、できなかった。
知らないフリしてでも、そばにいたいと思ってしまっている自分がいるの。
“傷の舐め合い”なんてよく言ったものだ。
私はもう、そんな風に智弘のこと、思えなくなっていたみたい。
* *
「陽太、ちゃんと謝ったか?」
次に智弘に会った時に彼はこう尋ねてきたので、ついこの間、陽太が謝りに来てくれたことを伝えた。
「本当に気づいてなかったみたいだな」
「それが陽太のいいところだから」
「当事者なんだから、知るべきだろ。千夏は陽太を甘やかしすぎ」
「それは、反省してます…」
甘やかしすぎていたことは認める。
そのピュアさは陽太のいいところ、そう思っていたのも本当。…でも、気づいて欲しかったのも本当。
「智弘、ありがと」
きっと智弘は、そんな私の気持ちを見抜いてくれたのだろう。
それがたまらなく嬉しくて、彼の服の裾をちょんちょん、とつまんで引っ張った。
そうすれば、彼は私の手を取って、引き寄せてくれることを知っているから。
「千夏は、ずるいよな」
「んー?」
「たまには自分からくっついて来いよ」
バレている。さすがだ。
「嫌よ、恥ずかしい」
「もっと恥ずかしいこといっぱいしてんのにね」
「それとこれとは別なのよ」
「…まあこれができるようになっただけでも成長かねー」
「ふふふ」
なんて余裕そうに笑ってみせるけど、すごく勇気を振り絞って指を絡めてみたのだった。
伝わればいいのになって。
あなたへの、たくさんの感謝たち。