彼は来た
シンジは目を開ける。
目の前には、多くの帝国兵が近付こうとしていた。
その後方には、戦車も見える。
(やべぇ……、俺、どんだけ意識を失ってた?)
シンジは冷静に頭を回転させる。
周囲の状況確認を行う。
独特な発砲音を聞き、ミーナが健在であると解ると、自分の手を見る。
手には、コンパウンドボウがしっかりと握られている。
体を起こそうとすると、激しい痛みが全身に走る。
打撲による痛みだろうかと、思ったが違う。体の一部には力が入らず、骨までダメージが達していると感じた。
すかさず、ズボンのポケットに入れてあるマジックアクティベーターを取り出すと、回復魔法を選択する。
チュィン
シンジの頬に強烈な熱を感じたのは一瞬。頬をかすめ、背後で何かが弾ける様な音が聞こえる。
コンパウンドボウから手を離すと、熱を感じた部分を撫でる。ヌルリと手が滑る感覚を感じて、見れば、指先は真っ赤に染まっている。
顔を上げると、数メートル先にニヤニヤと笑いながら、銃を構える帝国兵達の姿が映る。
現状は確実に『最悪』と言うより他ないといった形だ。
(まずいな……、詰んだか?)
半ば諦めかけた時だ、目の前に小さな影がシンジの目の前に立つ。
「逃げて!」
掛けられた幼い声に、先程助けた犬の獣人の少年だと解る。
彼の名はペロロ。
労働者として、この都市にやって来た彼は、とある道具屋で働いていた。
亜人は虐げられる昨今。
かつての地球世界の黒人の様な扱いを受けている。
王都ウンディエネは、リリーア主体となり様々な改革の中で、亜人の人権を保証する制度が、確立しつつあった。
それにより、奴隷としてではなく、労働者としての生活を手に入れはじめていた。しかし、未だ亜人を奴隷と見なす者達も多かった。
「おい、何やってる!? なんで出てきた!!?」
「僕が立っている間に回復してくださ――――」
パァンと銃声が響く。
ペロロは、まるで犬の鳴き声に似た悲鳴をあげる。
震える足で、ペロロは立ち続ける。
「早く! お願い――――」
悲痛な言葉は最後まで言い切る前に、銃声がそれを断ち切る。
「おお、獣人のガキ、なかなか粘るじゃないか」
少し離れた先で、帝国兵達がペロロの姿を笑う。
「に……げて……、く……だ……」
必死に痛みを堪え、前のめりになりながらも、ペロロは必死で立つ。
シンジは、不意に服を掴まれた。
「ペロロの覚悟を無駄にしないで!」
何も出来ずに、只々ペロロを見つめるシンジの服を掴むのは、目に涙を溜めた猫の獣人の少女だ。
だが、彼女もまた標的になる。
悲痛な叫び声を上げて、倒れる。
(なんだよ……、なんだよこれ!?)
シンジはパニックを起こし、体が動かない。
遠くでミーナの声が聞こえる。
気が付けば、連れていたアルフを含む者達は、他の帝国兵と戦っている。
「へへへっ、ミーティアラの獣人は活きが良いじゃないの」
「ギャン!」、「キャン」と幼い悲鳴がアチコチで聞こえる。
シンジが頭を動かすと、シンジを守るように獣人を含む亜人達が近くで倒れている。
「おね……がい、逃げて……。貴方は、死んじゃ駄目な人……」
虫の息で、シンジに語りかけるのは、服を引いた猫の少女。
「なんで、なんでこんな事を!?」
震える声で、話しかけるシンジに猫の少女はニコリと笑う。
「優しく……してくれて……、嬉し……かった……。ペロロも……そう、みんなを…助けるのに、一生懸命……。恩返し……」
そういって、猫の少女の全身から力が抜け落ちる。
ペロロもまた、地面にうつ伏せになっている。
(別に、特別優しくした訳じゃない……。ただ、助けるならみんな平等にって……)
そう、シンジは彼等、彼女等に特別な感情を持って避難誘導を行っては居ない。ただ、人間も亜人も平等に扱った。
人間達が文句を言えば、威圧して黙らせた。
ないがしろにされた幼い獣人の手を取り、時にはおぶったりもした。だが、歳を取った人間にも同じ事をしたのだ。
誰彼関係無い、だから特別扱いはしなかった。
だが、亜人達にはそれがとても感謝する事だったのだ。
これまでどれだけ、虐げられただろう。何度、酷い扱いを受けただろう。
負った心の傷は、シンジの言動で本の少し癒やされた。
そして、それ故の行動に出たのだ。
勿論、救った全員がそうした訳ではない。何人かは物陰で、震えている。
薄ら笑いを浮かべなが、いたぶる様に亜人を撃つ帝国兵。
ペロロもまた、いたぶられる一人だ。
虫の息と言った所で、トドメはさされていない。微かに、呻き声を上げている。
(止めろ、止めてくれ……)
こんな光景を初めて見て、シンジは己の無力さを痛感させられた。
これまで、どれだけ『平和』と言うぬるま湯に浸かっていたかを、痛感させられた。
修羅場はくぐってきたと思っていたが、実際に戦闘をするのは、この世界でも、地球世界でも初めてだ。だから、体が動かない。
仲間が居て、なんとか戦えていただけに過ぎないのだ。
シンジは空を見上げる。
澱んだ空が、シンジの心を押しつぶす。
武器を手にとっても、今の自分に何が出来るかと考える。そこで、一人の男の名が思い浮かんだ。
腹に力を込めて、吐き出すようにその名を口にする。それは、助けを求める様に。
「タクロー!!」
リリーア・ニルス・ミーティアラは、一人の男に抱きしめられていた。
それは、剣聖と呼ばれる者だ。
背中に、何発かの銃弾を受け、それでも、必死にリリーアを守る。
「ザイアン、お願い、無茶しないで!!」
「なんのこれしき、姫の想い人が来るまで……、持ちこたえてみせますとも」
戦線は既に崩壊している。
なんとか、立て直そうとしたが、戦車の砲撃がそれを許さなかった。
ミーティアラ兵の殆どが、マジックアクティベーターのマナ切れで、魔法が使えなくなってしまったのである。
まともに戦う事が出来ず、また、王城に向かう橋は、戦車の砲撃で破壊されてしまったのだ。
(タクロー様……)
リリーアは、空を見上げる。
そこには悍ましい『色』が見えた。
リリーアはこの時、初めて気がつく。ここ暫くの天気の意味を。
澱んだ雲は、魔法により作られたモノ。それが、何を意味しているかは解らなかったが、見える『色』からして、碌な物では無いと解る。
(なによこれ……。なんなのよ!?)
唇を噛み締め、血が滴る。
痛みで、自分を保たねば簡単に崩壊してしまいそうに成る程、常軌を逸した光景が上にも下にも有るのだ。
そして、リリーアは大きく息を吸い込む。そして、これまで何度も心の中で呼びかけた男の名を呼ぶ為に肺に溜まった空気を一気に声として吐き出す。
「タクローさまぁー!!!!」
リリーアが声を上げた刹那だった。
ドオォン
ミーティアラ兵とアレクシア帝国兵の境目となる場所に、何かが落ちてきた。
もうもうと土煙を上げて、ミーティアラ兵、アレクシア帝国兵共に視界が奪われる。
一瞬にして、戦場に静寂が訪れる。
その中で、ウィィンとアクチュエータが可動する音だけが聞こえる。
一陣の風が、土煙を払うと、銀の全身鎧が着地体勢からゆっくりと立ち上がる姿が誰の目にも映る。
完全に立ち上がると、右手をアレクシア帝国兵にかざす。
小さいながらも、無数の青く光る魔法陣が現れる。
そして、銀の全身鎧が言葉を発する。
「アイスランス、マルチ、ホーミング」




