ドクターってなんだよ
なんというか…なんとまあ荒唐無稽なのだろう?
いったい生きている人間、いや人間に限らず生きている者の中で…いったいどれだけの者が”生き返るのだ”と信じているというのか。
「俺は全く信じちゃいない…信じちゃいないんだ…」
なのに何故こうなるのだろう?
01
「なあ…俺にはコイツがとてつもなく旨そうな匂いで、けれども糞みたいな刺激で目を焼く粘膜を出しているように見えるんだけど?」
「見えるってーか!あー!!もうっ、早く何とかしないとほんとに目玉腐り落ちんぞ!! ”ドクター!”」
目の前でうねうねしているギリギリの線だが植物と言って良いだろう生き物。そしてそれを切り捨てようと躍起になっている美少年(青年というには、まだ少し彼には幼さが残った)。
そしてその少年が呼称したドクター。それが俺だ。なんというか…俺がドクタとは不思議なものだ。俺みたいな馬鹿がドクターになんてなってみろ。来た客はみんな死ぬぞ。
しかし、”ドクター”になってしまった。
もちろん、俺が賢くなった訳じゃない。人を救いたいのだと馬鹿なりに我武者羅に働いているわけでもない。
「ドクター!なんかしろよ!!!見てるだけじゃなくて!!!」
溜め息を何度吐けば憐れんでもらえる?
何度泣けば慰めてもらえる?
なんど、何度持ちこたえれば次は折れてもいいんだ?わからない。わからないから、生きていくしかない。
「火力50」
人差し指で植物を指差す。50で足りるだろうか?と思いながらも口に出せば、人差し指の先から火の玉が走った。
それは植物にあるはずがないのにギョロギョロと忙しなく動く目玉にあたり、目玉の周囲から火が広がっていく。メラメラから、ゴウゴウ、へ。
平均男性が見上げるほどの植物は、更に高く高く火柱をたてた。どこか羨ましくて昇る煙を見ていた。
「おれ、けむりになりたいなあ」
なったはずなのになあ。
「ドクター、どうかしたか?」
「いーえーなんでもー」
いったいどれだけの者が、生き返るだなどと考えていた?
俺は考えもしなかった。死ぬことすら、考えていなかった。
でも死んだ。
もくもくと、黙々と元植物は昇っていく。あれもいつかは生き返るのだろうか。次は立場が入れ替わっていて、俺が殺されるんじゃないだろうか? 否定できない恐怖を、俺はこの世界でいつも持て余している。
「収集:レベル別分別」
「相変わらずドクターって便利な人だよなあ」
そう話す翡翠の瞳は、俺を見ているようで観ていない。
02
あの後俺たちはギルドと呼ばれる場所へ行き、植物を倒した報告をした。報酬はいつも通り少年と山分け(これは少年に利が有りすぎる気がするのだが、他に組む知り合いもいないし、俺は金を必要としていないため触れていない)をして、同じギルド内にある窓口で集めたアイテムを売った。その報酬は俺と少年で2:1にしている。アイテムを集めるのは俺が殆どやっているためだ。ただ、俺が欲しいアイテムがあるときはそれを売らないため、それ以外の代金を山分けにする場合もある。
ひたすらに隠そうとするためは触れてはいないが、この少年は何分とても貧乏で困窮しているのだ。協力するのもやぶさかではない。
俺に比べて、彼は真っ当だ。見た目を裏切って結構がめつくて自己中な所はあれど、芯がある。悪事は考えることさえしないタイプだ。ちょっと、俺は彼の中で例外となっている節があり当りは強いが。
「おつかれドクター。またよろしく」
「うん」
手を振り駆けていく少年を送る。
おれは、ほんとは、ドクターじゃないはずだ。
生き返った? 異世界へとばされた? 生まれ変わった?
わからない。でもギルドの書庫や、ときどき都会から来る知識人は、ぼかして話したぼくの話を生まれ変わりの伝承のことかと宣った。
…ああ、たまに息ができなくなる。視界が点滅して動けなくなる。今もそうだ。視界がスパークして、しにそう。
さみしくて、こわくて、しにそう。
03
いつからか現れるようになった青年は、いつ見ても怯えたような、窺うような、絶望したような目をしていた。
彼はボロボロの風体で町に現れ、質屋へ様々なレアアイテムをかって欲しいと持っていったそうだ。レア過ぎて買い取れないと質屋にギルドを紹介され、彼はこの場へやって来た。
震えるような細く弱い声での第一声は、よく覚えている。赤ん坊ですら、あんな弱々しい声など出さない。
「質屋に言われてきたんだ…買ってくれ」
不安そうに言ったその声に何故だかグッと来たのに驚いた。ボサボサの髪を洗って整えてやりたくなった。細く傷ついた体を癒してやりたくなった。会うべくして会ったのだと思いたくなった。
「もちろん。ですが、まずギルドカードはありますか? なければ登録していただかないと」
顔を曇らせた彼に椅子すすめ、用紙を1枚示す。身分証も必要ないと訳ありを姿で表している彼へ伝えると、分かりやすく安堵がみられ可愛らしさに笑ってしまった。
後々にドクターと呼ばれるようになる彼には、隠しているのかいないのかは知らないけれど、広まっていない秘密がある。それは俺だけが知っている(のだと、思う)。…彼は字が書けない。魔法も魔物も知らない。学んでいない。けれどかなりの使い手なのだ。この矛盾を知るのは俺だけ。調書をとり代筆した俺だけなのだ。
04
赤い目の少年が死んだ明くる朝、葬儀も済ませ墓へ入ったはずの少年が生まれ変わった。赤い目の少年の家族は隣町から来た子どもの話を信じなかった。だが、赤い目の少年と家族しか知り得ないことを子どもは話して見せた。
ああ、このこはわたしたちのこどもだ。
そう確信して魂を見てもらいに神殿へいった親と子どもは、魂が同じものだと認められたことで親子に戻った。
「…え? 子どもの、親は?」