第三部 第四章 5 畏怖する三頭団
ベイノール邸最深部にある、三頭団のための来客室にて。
俺は、酔いのさめたレイチェルさん、ネルさん、オルステッドさんを前に、しかめっ面で腕を組み、苦言を垂れていた。
「ベイノール卿と、なにやら秘密の会議を開いてたんじゃなかったのか? 三人とも」
しゅんと項垂れていた三人は、揃って「てへっ♪」とばかりに、舌を出してのお茶目笑いを披露して誤魔化そうとする。
「誤魔化されねーぞ。ここんとこ会議とか言って、ずっと酒宴を開いてたのかよ」
「んー、まぁそんなとこかな?」
「まったく。アメリアスが呆れて登城しちまう気持ちがわかるぜ」
そう。尊敬してやまない父親が、酔った勢いで王様ゲームやってて、しかもゴツいおっさんから唇を奪われようとしてたんだぜ?
誰でもそんなシーンを目の当りにしたら、呆れ果てて「……最低」と冷ややかな言葉を残し、その場を去るってもんだ。
おかげでベイノール卿も、ドへこみして部屋に籠ったまま出てこないし。
「だがな、タイチよ。ちゃんと最初は、あのベイノールのとっつあんと、決闘の段取りの話とかしてたんだぜぃ」
「そうそう。ちゃんと一から俺たちの事全部話して、会議的な話し合いとかしてたんだ」
「ただ、みんなお酒大好き! って話からねぇ……で、アメパパに勧められるがまま、ああなっちゃってさ」
まぁ、気持ちはわかんないでもないけどさ。
でも流石に、ベイノール卿も悪ふざけが過ぎるんじゃないかな?
「いやいや、タイチよォ。アレはああ見えて、中々食えねぇとっつあんだぜ?」
「ん、まぁそうだろうけど」
「いやいやタイチ。お前が思っている以上に、あの伯爵はやり手ってか、抜け目がないってか、恐ろしいヴァンパイアだよ」
俺はオルステッドさんの言葉に、いっぱいのハテナを浮かべて答えとした。
「アメパパはね、最初、私たちにお酒を勧める事によって、その本質を読もうと思ったのね。で、私たちにやましい点が無いと感じたのかな? そこからは、さっきのような接待攻勢。でもそこにこそ、真の意味があったの」
「し、真の意味?」
「そう。アメパパはね、毎日バカ騒ぎはしていたものの、一瞬でも気を抜いたことはなかったの。それはつまり、私たちを試していたのね」
レイチェルさんが言う、「試す」。
ベイノール卿は、三頭団の総合的な力を試そうとしていたのか?
戦いにおいて勝てるか否か、という天秤にかけていたって事なのだろうか?
「そうじゃねェさ。ま、俺たち三人のトリオ技で受けて立つなら、ギリ勝てるだろうけどよォ――」
続けて「試す」言葉の真の意味を、ネルさんはストレートに語るのだった。
「オルステッドが蒼のねーちゃんと戦うに足る者か……いや、とある存在の前で戦うに足る者か。って試していたんだよなァ」
「とある存在? それって……ま、まさか」
「あァ、大魔王だよ」
「だ、大魔王様の前で……!?」
「そ。所謂御前試合ってヤツさ。はは、名誉なこったぜ」
驚きの声をあげる俺に、カラカラと笑って答えるオルステッドさん。
――が!
その瞳の奥に隠された若干の「緊張」を、俺は見逃さなかった。
そいつは、ツングースカさんとの決闘に対しての気負いなのだろうか……いや違うな。きっと、大魔王様という存在を前にしての戦いに、否! 大魔王様そのものに畏怖を覚えた故の事だろう。
そうだ。三頭団といえど、大魔王様の存在を軽視しているハズはない。
ましてや、ベイノール卿との酒宴の最中、力量を図っていたというじゃないか。
そんな三人をして、「おそらくはベイノール卿にはギリで勝てる」と言わしめているんだ。
大魔王様の存在はその遥か彼方……恐れを抱かないってのが無理な話だよな。
「そんな名誉に預かれるんだ。こっちとしても、気合が入るってモンさ」
「で、でもなんで……大魔王様の御前で。よくキンベルグさんが……あ、いや、大魔王様の周辺が許可したもんだよ」
「ああ、そりゃあ大反対だったそうだぜ? でもさ、伯爵が大魔王をたきつけて、鶴の一声で開催が決定したらしいんだ」
「たきつけて、ねぇ。嫌になるくらいスッゲェわかるよ」
「あとなんかよォ、すげェぜ? 四大貴族? だとか、元老院だとかって奴らを招集しての御前試合なんだってよォ」
「ハァ!? よ、四大貴族って……しかも元老院まで?」
とんでもない大物ゲストたちの顔ぶれに、俺は度肝を抜かれた。
「なんでもね、『大魔王様の御身に何かあっては一大事。故に四大貴族と一部大貴族の頭領たち。そして見届け人として、元老院の参加もお願いしたい』とか言ってさ。四大貴族と一部貴族はノリノリで開催賛成・参加を表明したけれど、元老院ってのはしぶしぶだったらしいよ?」
「そりゃあそうだろうさ。元老院たち、面倒事に巻き込まれるのは御免被るだろうからね……でも、一部大貴族って?」
「さぁてね。そこまではわかんないよ」
「まぁ、何でもいいさなァ。俺たちはあのとっつぁんの指示通り動けばいいだけだからよォ」
お気楽に、ネルさんが言う。
けれど、俺はずっと気掛かりになっている事があった。
「なぁ、みんな」
「「「ん?」」」
「なんでみんな、そんなにツングースかさんと戦いたがるのさ……いや、俺が言うのもなんだけど、そもそもなんで魔物の領地までやって来て、魔物の言いなりに動いてるんだい?」
そう、彼らはロキシア。
しかも、バカ強いレベルの持ち主。
たいていの魔物は、彼に歯が立たないだろう。
そんな三人が、なんで魔物に加担するかのような行動をとっているのか……思いたくはないけれど、何か裏があるのでは? と疑ってしまうのは無理もない事だと思う。
――けれど。
そんな俺の疑問を、オルステッドさん、ネルさん、レイチェルさんの言葉が、見事に蹴散らしてくれた!
「なぁ、タイチ。お前は魔物なのに、なんでロキシア領までやってきて、ロキシアの味方をしたんだ?」
「えっ?」
「そいつはよォ、お前が信じる『正義』だと思ったからだろォ?」
「う、うん……まぁ」
「私たちはね、これが間違っている事だなんて、これっぽっちも思ってないの。これも、私たちの正義なの」
「う、うん」
「そして、あの蒼いねーちゃんとの戦いは――そう、俺たちの『責任』だ」
「せ、責任?」
「俺たちゃあな、他者の思惑に乗せられたとはいえ、俺たちの正義に反することをしたんだァ」
「その責任は、とんないとね。たとえオルステッドが、ツングースカっておねえさんにぐっちゃんぐっちゃんの肉片に変えられたとしても」
「えっ!? 俺、死亡確定なの!? 勝つ気満々だけど」
ケタケタと笑う三人に、さっきまでの緊張も、何かを隠しているといった後ろめたさもない。
ただ自然に、己の心の内を語っている。そんな気がした。
きっとそれは、俺自身が「自らが信じる正義」とやらに従い、行動しているからなのだろう。
「まぁ、あとはアメリアスの頼みだって事だからかなァ……タイチよォ、お前だってアメリアスのお願いだったら二つ返事だろ?」
「え? 俺? んなモン、ブッチするよ」
「ははは、またまたぁ。尻に敷かれてるくせに」
「ハァ!? 俺がいつアメリアスの尻に敷かれたってんだよ!! 大体あんな奴、俺がヒーヒー言わせる立場であってだな――」
「 タ イ チ ッ ! い つ ま で 油 売 っ て ん の !? さ っ さ と 登 城 し な さ い よ ね !! 」
と、突然! 俺の赤面しつつの反論を妨げる、バカでかくもおっかねぇ声。
「ア、アメリアス……さん」
「ほら、とっととお城に出仕する! アナタ、近衛師団の部隊長だって自覚はあるの!?」
「あ、うんすぐ行きます……って、いててっ! 耳ひっぱんなってば!」
「ちゃっちゃと歩かないアナタが悪いんでしょ!?」
「ひ、ひぃ~!」
見事に尻に敷かれている俺を見送る三頭団の面々。
彼らの、憐れみと半笑いの視線がたまらなく痛かった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!




