第三部 第四章 4 ベイノール卿の危機
有耶無耶のうちに幕となった、レフトニアさんの祝勝会。
その後ツングースカさんは、俺が用意したタイチ邸の一室(元のツングースカさんの部屋)に籠りきりとなり、誰とも会おうとはしない。
食事も自室でとり、それを運ぶ役を買って出たアメリアスとも、挨拶程度しか会話がないという。
出来れば俺もアメリアスも、もっと良い頃合いの時機を見て、きちんとツングースカさんに説明した後、三頭団との戦いに臨んでほしかった。
後でアメリアスに聞いたのだけれど、三頭団と対決の際に、おそらく――いや、ほぼ100パー俺が仲裁に入るだろうと、彼女は確信していたという。
いやまぁ、俺自身思うよ。どちらかが死を賭すような最終局面になった際、「ほぼ」ではなく、「かんっぺき」に止めに入っていたに違いない、ってさ。
きっと、俺がそう動くだろうと見越しての、あの涙だったんだろうな……本人曰く「あれは本当の涙」だと言うが、まぁそれは本当だろう。
アメリアスは、本当に三頭団の連中を気に入っている様子なんだ。
ちょくちょくロキシア領(主にワダンダール)へと、三頭団の面々に会いに出かけているうち、心安くなってしまったのだろう。
けれど事態は、ルシフォエルがツングースカさんに思いもよらない告白をしたため、思わぬ方向に転んでしまった。
彼女は彼女で、
『あの時、三頭団の気配を近くに感じたわ。私たち夫婦をここに残すため、彼等に罪をかぶせるつもりだというのはすぐにわかった……でもそれは、私の矜持が許さない』
なのだとか。
おかげでタイチ邸は現在、ずずーんと重い空気に陥っているという現状だ。
「ねぇ、タイチ」
「ん?」
「私がやろうとしている事は、閣下にとって苦痛でしかなかったのかしら?」
朝食を終え、自室で人心地付いている俺の元へ、アメリアスがやってきた。
神妙な面持ちで俺に相談を持ち掛けてくるあたり、流石のアメリアスも精神的に参っている様子だな。
「いや、間違いなんかじゃないさ。ベミシュラオさんとルシフォエルが、大魔王軍でやっていくには、ツングースカさんとの間にある『過去』を清算しなければならないんだから。それには、誰かが事を上手く運ぶようにお膳立てしなきゃ」
「そう……そうね。そのために、三頭団をここまで呼んで、閣下と対決してもらおうとしたのだもの」
「んで、俺が必死になって中二病的台詞全開で仲裁し、一応の決着を見る……ってのが、お前の考えなんだよな」
うんざりするような重い空気に、俺は少しおちゃらけて言った。
すると、俺の問いに、意外にもアメリアスは小さく首を横に振るのだった。
「ううん、正確に言うと私じゃないわ」
「あれ、違うの? じゃあ誰さ」
「以前、この事をパルばあ様に相談したの」
「パルばあ様に?」
「ええ」
そうか。少し前、ルシフォエルがここに来た際の事。俺とベルーアも、ルシフォエルたち夫婦の件を、パルばあ様に相談しに行ったんだ。
その際、
『黙っておれば良き風が吹く時もある。周囲が悪戯に騒ぐよりも、成り行きに身を任せておればよい、と言う場合もあるというモノじゃ』
と、二人の件を暫し傍観していろ、とアドバイスされたっけ。
それは、アメリアスたちが既に動いていた故の、「俺たちは動かずとも良い」だったのだろう。
「そしたら、『グランゼリアに相談してごらん、きっと良き策を与えてくれるだろうさ』と言われてね……で、お父様にこの件をお話ししたところ、にやりと笑って『分~かったわ~かった。いいアイディアがあるよ~』と仰ったの」
「あー……それが、俺を使った仲裁?」
「いえ、それは私が『どんな青臭いセリフで仲裁に入るかおもしろそう』だから、そうさせようとしただけ。お父様にはまだ何か案がお有りの様子だわ」
「そんなに俺の青臭いセリフが聞きたいか? ならお前が寝静まった後、枕元で延々と聞かせてやるよ」
と、俺も負けじと悪態をつく。
が、そんな俺の言葉を、
「う、うん……こ、この騒動が終わったら、ね」
アメリアスはなんだかうれしそうに受け入れるのだった。
「……? ま、まぁそれはさておき、だ。ベイノール卿は、まだ何か画策してらっしゃるってコトなんだよな?」
「え? ええ。今朝も早くから三頭団を自室にお呼びになって、何やら打ち合わせなさっている様子なの」
「そうか。なぁ、アメリアス」
「何?」
「今から、俺もそこに行ってもいいかな?」
「今から? まあいいとは思うけど」
俺は、ベイノール卿の真意が知りたかった。
三頭団に一体どんな指示を与えるのか? そしてその結果、どんな解決策を用意しているのか?
俺にだって知る権利はあるだろう。
……でないと、また青臭い感情の赴くままに、中二テイスト全開のセリフで台無しにしてしまいかねないんだもんなぁ。
グレイキャッスルへの登城の前に寄った、ベイノール邸。
いかにも秘密の企てが行われているといった空気が漂う、ベイノール邸西館最上階にあるアメパパ専用のフロアに気圧され、少々の不安と緊張が俺とアメリアスを包む。
「広い……広すぎる。つか、何部屋あんだよ? 全部ベイノール卿の部屋かい?」
「この殆どが、趣味で集めていらっしゃる収集物よ。お父様の部屋はこの先、一番奥――」
と、アメリアスが案内した矢先!
「 う お お お お っ ! 」
おそらくはネルさんらしき低い声の雄叫びが聞こえたのだった!
「 ぎ あ あ あ あ あ あ あ あ ! 」
そして間髪入れずに続く―――――――ベイノール卿の悲鳴!!
「な、何!?」
「何かあったのかも! 急ごう、アメリアス」
「ええ!」
俺とアメリアスは、深紅の絨毯が敷き詰められた長い廊下を駆けた。
どんな事態にも対応できるよう、グエネヴィーアの柄に手を掛け、アメリアスに目配せで合図。
「何事ですか、お父様!」
ノックもそこそこに、まるでぶち破るが如くにドアを開ける!
「こ、これは――」
と、先に入ったアメリアスが、突然立ち止まる。その先に見た光景に驚き、肩を震わせている様子だ。
「どうした、アメリアス!? 一体何が――」
そこに見た光景に、俺は一瞬言葉を失った。
ソファーの上のベイノール卿に襲い掛かる、ネルさん!
「な、何をしているんだネルさ――!!」
そう、ネルさんが、ベイノール卿に襲い掛かっているんだ!!
――上半身裸の半裸姿で。
……えっと。
確かに、襲い掛かってはいるんだけど……ベイノール卿に無理やりキスを迫っている……みたいな? ちょっとした地獄絵図だ。
しかも、ネルさんのお腹には腹芸でよく見る顔のラクガキまであるし。
「ん……げ! た、タイチ! アメリアス!」
「いや、本当。なにをしているんだ、ネルさん」
「……お父様?」
「ぬはッ、アメリアス! い、いや~、こ、これはえらいところを見られてしまったねぇ……」
「あははー! タイチちゃんだー! アメリーちゃんもいる―。二人も一緒にどう~?」
「あっはははは、あ~おっかしい。いやぁ、王様ゲームやっててさぁ、一番が三番にキスをしろって命令したらこうなっちゃって」
……人が心配して駆けつけたってのに、何やっとんねんこのおっさん共は。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!




