【29】
カチコミに行く。
翌日、ユーグは早くから行動していた。何かあった時のために憲兵に連絡を入れ、デュノア伯爵家に関する書類を集める。そうこうしているうちに一晩泊めたナタリーも起きてきて、気合の入りように引かれた。
「私の妹はとんでもないのに好かれたわね……いえ、感謝してるのよ、本当に」
それとこれとは話が別、と言うことだろうか。
「ねえ、私も行っては駄目?」
そう尋ねてきたのはレナエルだ。彼女も一晩泊まったのだが、朝からユーグの周囲をうろうろして尋ねてきた。自分の落ち度だと思っているのだろう。しかし、彼女は嫁いだ身だ。
「駄目よ。ヴァンタール男爵家に戻るか、ここで私と一緒に待つか、どちらかよ」
アメリーが待ったをかけた。レナエルはフォートレル男爵家の出ではあるが、ヴァンタール男爵夫人だ。危ないことはさせられない。レナエルはアメリーと共に待つことにしたようだ。ユーグはもちろん、レイモンとナタリーは行く気満々だ。
到着したデュノア伯爵邸は、一応門が閉まっていたが、門番などはいない。ナタリーによると、二人しか使用人がいなくなっているためだ。前庭は最低限の手入れだけなされており、せっかくの花が草に埋もれている。本当に、屋敷を維持するのも大変なのだろうと見て取れた。
出迎えたのは老年の家令だった。ユーグも顔を見たことがあった。
「失礼ですが、朝から何の御用でしょう」
顔をしかめて家令は言った。来客に向かって言う言葉ではないと思うが、先ぶれを出さなかったのは事実なのでそこには触れない。
「グレースがこちらに来ているだろう。妻を迎えに来ただけだ」
そちらのことはつかんでいる、とにおわせたのだが、家令は「何のことでしょう」と顔をしかめた。なんとなく無礼な家令ではあるが、本当に知らない可能性もある。
「じゃあ、お父様とお母様は? いるんでしょ」
冷静な声で言ったのはナタリーだ。家令が驚愕の表情を浮かべる。
「ナタリー様……?」
「どこからどう見てもそうでしょ」
しれっとナタリーはそう言うが、駆け落ちしたはずのお嬢様が何食わぬ顔でそこにいれば驚くだろうし、昨夜、彼女がこの屋敷に忍び込んだことは本当に気付かれていなかったのだな、とユーグは思った。
仕える屋敷のお嬢様と、援助を受けている家の当主とその息子が訪ねてきたのだ。さすがに追い返すことはできまい。家令に案内され、ユーグたちはデュノア伯爵ジョアキム・ラシュレーと対面した。
「お久しぶりですね、デュノア伯爵殿」
「……ええ、お久しぶりです、フォートレル男爵」
話しかけたのはレイモンだ。ユーグの父が爵位を持つ男爵である。仮にも伯爵であるジョアキムに話しかけるのは父の方がよい。ユーグとナタリーは後ろから睨んでおく。
「上の娘がお世話になったようですね」
整った顔に無表情でジョアキムが言った。こうしてみると、グレースは父親似だ。ここにはいないが、ナタリーの華やかな美貌は母親から引き継がれたもののようだ。少なくとも、父親の血ではなさそう。
ジョアキムの若干反応に困る言葉に、レイモンは「そうですね」とあっさり受け流した。
「伯爵殿、他にも我らに言うべきことがあるのではありませんか」
淡々とレイモンが尋ねた。ナタリーのことだけではない。グレースやセヴランのことはどうだ、とレイモンは尋ねているのだ。
「そうですね。息子が、王太子殿下に不敬を働いたのは事実です」
落ち着いた様子でジョアキムが言った。グレースの評価では、父は無能ではない、とのことだったが、この様子を見ると確かにそうなのかもしれない、と思わせた。
「ナタリー嬢とセヴラン殿のことはわかりました。うちの嫁はどうしたのですか」
直球でツッコんでいった。しかし、ユーグとナタリーも直球でツッコんでいこうとした二人なので、何も言えない。ジョアキムは表情を変えなかった。
「グレースのことなら、確かに昨日戻ってきました。離縁したいと言って」
「なるほど。その筋書きで行くのね」
ぽそっとナタリーがつぶやく。ナタリーの推測では、父と母で思惑が微妙にずれているだろうと言うことだが、二人がグレースが結婚したままでは都合が悪いのは一致している。そのためにグレースは連れ去られたのだろう。
「離縁したい? グレースが? 我らはそんな話は聞いていません」
淡々とレイモンが述べる。淡々とした父親同士のやり取りに、ユーグはじりじりする。早くグレースを助けに行きたい。
「言い出せなかったのかもしれませんね。あの子はシャイなところがありますから」
どこがだ。ナタリーほどではないが、なかなか肝の据わった女性だと思う。
「そんなことはどちらでもかまわない。グレースはどこです? 彼女の口から話を聞きたいのですが」
思わず口をはさんだ。ジョアキムがユーグを見て不愉快そうな表情をしたが、不愉快なのはこちらだ。
「お父様、時間稼ぎをしているわね」
突然ぴんと来たようにナタリーが言った。ユーグもそんな気がしていた。ここに夫人と息子の姿がない。セヴランはともかく、妻のミリアンがいないのは不自然だ。ユーグはナタリーと顔を見合わせる。屋敷は広いが人は少ないし、ジョアキムはレイモンと対峙している。
ぱっと二人して身をひるがえした。レイモンはちらりと二人を見たが止めなかった。ジョアキムは一瞬遅れて「ナタリー!」と娘の名を呼んだ。しかし、止まるはずがない。
「さっさと出て来いよ、ぐず!」
もともとそれほど広い屋敷ではないので、ナタリーの案内ですぐにグレースが閉じ込められている倉庫についた。屋敷の中にあるので納戸と言った方が正しいのかもしれないが。
中年の女性がグレースを引きずり出し、十代前半ほどの少年がののしっている。かっと頭に血の上ったユーグはつかみかかろうとしたが。
「私の妹に向かって何言ってんのよ!」
先にナタリーが少年を平手打ちした。それもお前の弟ではないのか、と思ったが、ツッコまずにユーグはグレースを母親から引き離した。
「大丈夫か?」
「……ユーグ様」
きょとんとグレースが自分を抱き留めたユーグを見上げる。その頬が赤くはれているのを見てユーグは顔をしかめた。おそらく、母親にやられたのだ。ジョアキムは娘を利用しようとはしても、手をあげることはないだろう。
ミリアンに怒りがわいたユーグだが、そちらは弟とまとめてナタリーが相手をしていた。
「何をするの! この子はこの家の跡取りよ!」
「はあ? 処分待ちの身でよく言うわ。頭お花畑過ぎるでしょ!」
自分も突き飛ばされたが、息子がたたかれたことにミリアンはカッとなったようだ。たたいたナタリーを非難するが、ナタリーも負けていない。ここでやっと、ミリアンは上の娘が帰ってきていることに気づいたようだ。
「あなた、ナタリー!」
「久しぶりね、お母様。あなたを母親だと思ったことはないけど」
気の強いナタリーが言い放つが、二人はどう見ても母娘だった。似ている。ユーグはナタリーとグレースが似ていると思ったうえで、それぞれ母親と父親似だと判断したが、間違いではなかった。ナタリーの華やかな美貌は母親譲りだ。
「なんなんだ! 勝手に逃げたくせに!」
「お前に言われる筋合いはないわ!」
たたかれたセヴランも出奔した自分の姉に殴られたと気づいたらしく、声を荒げている。だが、ナタリーが子供に負けるはずがなかった。
「そんな態度だから謹慎処分を受けるのよ。自業自得ね!」
子ども相手に容赦ないが、それだけうっぷんがたまっていたのかもしれない。グレースが口をはさんだものか迷うような態度を見せている。
「……頬が腫れているな」
ミリアンとセヴランの相手はナタリーに任せることにして、ユーグはグレースの気を引くべく話しかけた。母親と弟とやりあう姉を眺めていたグレースは、ユーグの目論見通りこちらを向いた。
「もうそれほど痛くはありません」
つまり、痛かったと言うことだ。ユーグは腫れた頬に触れないようにグレースの顎のあたりをなで、「後で冷やした方がいいな」と言った。それからナタリーに向かって言った。
「ナタリー、グレースのけがの手当てをしたい」
「あ、それもそうね」
ナタリーはあっさりと母親と弟から離れて妹の方に近づいてきた。
「助けるの、遅くなってごめんね」
「別に気にしてないけども……」
むしろ本当に助けに来るとは思わなかった、とグレースの顔が述べている。ナタリーも気づいたようで、「来るに決まってるでしょ」と言った。だが、ナタリーには結婚式直前に失踪した前科があるので、グレースはやはり懐疑的な表情だ。
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