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【24】








 簡単に身なりを整えられ、グレースはすぐにやってきた。ぐしゃっとなってしまった髪は、結局緩く束ねるだけにしたようだ。ワンピースも部屋着から、人前に出ても大丈夫なくらいのものに変えられている。


 グレースとともにユーグは応接室に入った。すでに父と母が対応に出ていたが、この時間にやってきた来客は近衛の騎士だった。元軍人のユーグにも見覚えがあるので、それなりに地位の高い近衛だろう。


「夜分に申し訳ありません。近衛のボードレールと申します」


 二人いるうちの、年かさの方の騎士が言った。


「グレース・リュフィエ様にお聞きしたいことがあり、お訪ねしました」


 はい、とグレースはうなずいたが、表情も声も堅い。ユーグは落ち着かせるように彼女の手を握った。まじめでしっかり者の彼女の、不安げな視線がユーグを見上げた。


「ご実家の、デュノア伯爵家のことなのですが」


 ボードレールができるだけ穏やかな口調を心掛けているのがわかる。もう一人の騎士はそんな配慮をする必要があるのか、と言わんばかりのいら立った表情だ。


「先日、ご子息……グレース嬢の弟であるセヴランが王子殿下に対して暴言を吐きました」

「えっ」


 さすがのグレースも驚いた表情を浮かべた。それを見てボードレールは「ご存じありませんでしたか」と言った。グレースはうなずく。


「はい……」


 だがいつかはやるかもしれない、と思っていたそうだ。ボードレールとペアを組んでいる騎士はそんなわけないだろ、と言わんばかり。


「そのため、セヴランは停学中で、デュノア伯爵家に軟禁状態です。素行に改善が見られなければ、廃嫡となるかもしれません」

「そうですか」


 何の感慨もなさそうに、淡々とグレースはうなずいた。


「……あなたは、自分の弟が廃嫡されるかもしれないと言うのに、何も思わないのですか」


 ボードレールではないもう一人の騎士が顔をしかめてグレースを詰る。ジェロームと言うらしい。これにはユーグだけでなく母のアメリーも目を怒らせた。しかし、二人が口を開く前にグレースが口を開く。


「何も思わないわけではありませんが、ほとんど交流のなかった相手を、弟だからと心配しろ、と言われても困ります」

「は?」


 多分、ジェロームは家族仲がいいのだろう。理解できない、という表情をしている。ユーグも、ナタリーやグレースを見ていなければ同じような反応をしてかもしれないが。


「それに、セヴランのしたことは、相手が王族でなくても許されないことです。法にのっとって処分するのがよろしいと、私も思います」


 突き放してはいるが、順当な意見だ。グレースの落ち着いた言葉に、ボードレールがうなずいた。


「グレース嬢の意見はわかりました。しかし、私たちがあなたに尋ねたいのはそのことではありません」

「はあ」


 グレースの首が傾げられる。ボードレールは柔らかな口調のままだったが、真剣な表情で尋ねた。


「グレース嬢がセヴランをそそのかしたのではありませんか?」

「はあ?」


 思わず声が出たのはユーグだ。腹を立てたのはユーグや彼の両親で、グレースは相変わらず落ち着き払っていた。


「セヴランは私の言うことになど耳を貸さないのに、どうやって?」


 真っ向からグレースはボードレールを見つめ返した。むしろにらみ合っている。グレースは言い訳をしたり、感情的に駄々をこねているわけではない。ただ事実を事実として提供しているだけだ。しかし。


「その事実を逆手にとって誘導することも可能では?」

「……なるほど」


 ボードレールもいろいろな者たちを尋問してきただろう。指摘を受けてグレースは否定せずに納得を示した。そういうことが可能だ、と思ったのだろう。おそらく、誘導しようと思えば、グレースは弟を失脚に追い込めたのではないだろうか。彼女の根が善良であるためにその考えに至らなかっただけで、能力的には可能だろう。彼女はそうするほかなかったとはいえ、学院を三年で卒業した才媛である。


「……確かに、ボードレール様の言う通りかもしれません。ですが、私は一週間前までフォートレル男爵家の領地にいました。王都からもデュノア伯爵家の領地からも遠いところです。手紙でセヴランを誘導したのでしょうか?」


 こてり、とグレースは首を傾げた。問うているが、答えをもう知っている口調だと思った。ボードレールは少し考えこんだが、苦笑して首を左右に振った。


「そうです、と言おうとしたのですが、セヴランの成績を考えると、ほとんど文字が読めないのではありませんか」

「私が嫁ぐ前はそうでした。今もそんなに変わっていないでしょうね」

「代読した人間がいるのかもしれません」

「いるかもしれませんが、それは誰でしょうか。デュノア伯爵家は困窮しています。今あそこで暮らしているのは、デュノア伯爵夫妻とセヴラン、使用人の男女が一人ずつです。両親が私の意図の通り動くわけがありません。使用人たちは動くかもしれませんが、それはもう、彼らの意図が入り込んでいるはずです。私が手紙を代読させてセヴランを操った証左にはなりません」


 論理的だ。落ち着いているグレースに対して怒っている自覚があるユーグが一周回って冷静になるくらい論理的だった。その通りだった。グレースは結婚からこっち、一度もデュノア伯爵家に戻っていない。しかも、ここ三か月はフォートレル男爵家の領地にいた。セヴランをそそのかすなら手紙を出すくらいしかないが、そんな手紙は見つかっていないし、もし存在したとしてもそれがグレースがセヴランを操ろうとした証左にはならない。


 グレースは本当に無実なのだが、この落ち着き具合が逆に怪しく見えなくもない。だが、本当に彼女が手を回しているとしたら、相当頭のいい策略家と言うことになる。


 はあ、とボードレールがため息をついた。ジェロームが不愉快そうに眉をひそめている。


「個人的には、あなたは何もしていないだろうと思います。デュノア伯爵は子供の扱いに差があることで有名でした」


 そうなんだ。ユーグも思ったが、グレースも同じような顔をしていた。渦中にいるとわからないことって、結構ある。


 ジェロームは納得していなさそうだったが、ボードレールは聞きたい話が聞けたらしく、満足げにうなずいた。


「グレース嬢、ありがとうございました。それでは、セヴラン、そしてデュノア伯爵家の処分を進めさせていただきます」


 それを聞いて、ユーグは「あっ」と思った。この場合、処分を受けるのはセヴランだけではない。監督不行き届きとして、家長も処分を受ける。その場合、夫人も無関係ではない。これは本気で伯爵位がひとつ宙に浮くかもしれない。


 宙に浮く爵位の行先として、いくつかある。国に接収されること、他の人間に買収されること、そしてもう一つ。嫁ぐなどしたその家の女性に相続権が発生すること。グレースがセヴランの凶行と関係ないとなれば、この最後の方法が取られる可能性が高い。王妃がグレースをよく思っていない、とかは関係ない。ただ、法に従ってそう処分される。そうなれば、グレースは伯爵位の女相続人となる。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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