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【23】






 ユーグが商会の様子を見に行こうとエントランスに降りると、こちらも外出着のグレースが、ユーグの姉と妹とともにいた。


「あら、ユーグ」


 姉のジョゼットが弟を見てしれっと言った。自分の姉妹ではあるが、ユーグは姉と妹が少し苦手だ。グレースは案外気が合うようで、楽しそうにしている。彼女がもともと妹だからだろうか。


「おはようございます。そういえば、姉上たちと出かけると言っていたな」


 グレースが出かけると言っていたのは覚えていたが、そういえば同行者がユーグの姉妹だとも言っていた気がする。


「お兄様、どうかしら。似合っているでしょう?」


 自分のことのように自慢げに妹のレナエルがグレースをユーグの前に押し出した。確かにめかしこんでいた。と言っても、グレースは着飾るよりもシンプルな恰好が似合う。


 すっきりしたデザインのドレスだ。明るい緑のドレスで、春らしい。瀟洒な刺繍が入っていてグレースの年齢にしては大人びたデザインだが、似合っている。


「いいんじゃないか。似合っていると思う」

「あ、ありがとうございます」


 気恥ずかし気にグレースが微笑んだ。結婚したばかりのころの、全く響いていない様子に比べるとかなりの進歩だ。はにかむグレースは可愛らしいが、その隣にいるジョゼットとレナエルのにやにやがうざったい。


「……俺も行ってくる。グレースも楽しんできてくれ」


 グレースの頬に口づけ、ユーグは屋敷を出た。そして、出てから姉と妹の前だったことに気づいたが、そのまま仕事に行った。中でグレースが真っ赤になっていたことにも気づかなかった。


 商会で新商品を確認し、ユーグは関係部署のある宮殿に向かった。一応、政庁のある宮殿は王城の一角にあるが、位置的にはかなり離れている。


「お、ユーグじゃん。お前はこっちなんだな」


 気やすく声をかけてきたのはジュストであるが、声のかけ方が妙だった。


「久しぶりだな。というか、なんだ、その言い方」


 店を経営しているユーグがいてもおかしくはないし、これまでも何度か遭遇したことがある。そう思って首をかしげたのだが、ジュストは笑って言った。


「午前中休みで、恋人と離宮の庭園を見に行ったんだが、そこでグレース様にあったから」


 グレースは観光に来ているのに、ユーグはここで仕事をしているのか、と言うことらしい。同じ離宮に行ったとはいえ、ジュストはよくグレースに気づいたものだ。


「いや、伯爵家のボンボンに声をかけられてたから間に入ったんだよ。明らかに口説かれてるのに、ぽかんとしてからさ」


 正直、口説かれているのに気づかないことは、グレースにはあり得るだろうな、と思った。ジュストの言うことは真実なのだろう。それはそれとして。


「なぜ俺はその場にいないんだ……」

「だからそう言ってるじゃねーか」


 ジュストがうなだれたユーグの肩をたたく。本当に何故自分はそこにいないのだろう。ジュストが間に入ってくれたようだが、グレースはうろたえたのだろうか。喜ぶような人間でないことはわかっている。


「ま、お前の姉さんたちがすぐに回収して行ったから、お前がいなくても大丈夫だったみたいだけど」

「それはそれでへこむ……」


 しっかり者のユーグの姉と妹が一緒なのだ。世間知らずの自覚のあるグレースもうかつな行動はとらないだろう。それはわかっている。惚れた方が必死なだけだ。


「その反応見ると、うまく行ってるみたいだな」


 ジュストにニヤニヤと笑われ、ユーグは思わずジュストの頭をたたいた。本当は顔面を殴りたかったが、さすがに自重した。


 グレースの元へ駆け付けたい気持ちを抑え、仕事を片付ける。この調整が地味に大変なのだ。


 結局いつも通りの夕刻に屋敷に帰ると、グレースたちはすでに戻ってきていた。ジョゼットとレナエルは、グレースを送り届けてすでに帰ったそうだ。


「……楽しかったか?」

「はい」


 控えめに微笑んでうなずくグレースは可愛らしかったが、ユーグは確認したいことがあった。ソファに座るグレースの前に片膝をついて、彼女の右手を取った。


「ユーグ様?」


 突然のしぐさにグレースは首を傾げた。恭しくグレースの手を持ち上げ、指先に口づける。


「ひぇっ」


 上目遣いにグレースの様子を伺うと、彼女は小さく悲鳴を上げて真っ赤になった。


「どっ、どうしたんですか!?」


 思いっきりうろたえた態度でグレースが尋ねた。ユーグの手を逃れようと必死に手を引いている。だが、ユーグは強く手をつかんで離さなかった。


「口説かれたと聞いた」

「くど……あっ」


 今思い出した、と言うようにグレースは声を上げた。赤くなって口ごもった。もともとそんなに口数が多くない娘だが、これは明らかに口ごもった。ジュストの話ではぽかんとしていたそうだが、後からジョゼットやレナエルから指摘が入ったのかもしれない。


「人にやられるのは癪だからな。俺もやっておこうかと」

「えっ」

「グレース、愛している」

「ひぇっ」


 もはやグレースは首まで真っ赤だ。ユーグも勢いでやった自分の言動を顧みてじわじわと顔が熱くなるのを感じた。それでも手を放さずにいると、逃れようとしていたグレースが空いている方の手を重ねてきた。


「わ、私も好きです……」


 返事があって、はっとした。生真面目で誠実な彼女は、向けられた愛情に応えてくれたのだ。


 ぶわっと体が熱くなり、気分が持ち上がる。立ち上がったユーグは勢いに任せてグレースを抱きしめた。


「わっ!」


 唐突な行動に、グレースがユーグの勢いを殺しきれずに姿勢を崩す。背もたれに斜めに押し付けられたグレースは、そのままユーグを支えきれずにソファの座面に倒れた。


「急に、どうしたんですか」


 驚いたグレースがユーグに尋ねた。ユーグは答えずにほっそりした体をきつく抱きしめる。困惑した様子のグレースだが、ユーグの背中に腕を回した。頬を擦り付けるようにユーグの首のあたりになついてきた。可愛い。花のようないい香りがする。


「今夜、お前と一緒に寝てもいいか」


 これだけ仲の良い二人だが、初夜以来寝室は別だった。あの時はただ並んで眠っただけだったが、今はそうはいかないことをユーグもグレースも理解していた。


「……はい」


 グレースのほっそりした指がユーグの頬を撫でる。ユーグは目を細め、グレースに口づけた。服越しでもわかる柔らかな肌に手を這わせる。グレースから甘やかな吐息が漏れた。


「ユーグ様。グレース様に来客です」


 ノックとともに家令の声が聞こえ、ユーグは動きを止めた。ゆっくりと身を離す。ユーグの下で、グレースは息を弾ませていた。


「……ユーグ様」


 少し甘えたようなかすれた声だった。グレースも自覚があったのだろう。パッと口元を手で覆った。ユーグはぐっと眉根に力を入れ、ソファに座りなおすとグレースを抱え起こした。


「大丈夫か? 出られるか?」

「……ユーグ様のせいなのに」

「そうだな」


 少し恨めしそうに言うグレースに、ユーグは穏やかに返した。ここでグレースの機嫌を損ねるのは得策ではない。乱れたワンピースを直してやり、立ち上がらせる。髪もぐしゃっとなっているが、どちらにしろ、着替えなければならない。アネットが入ってきてグレースの惨状を見ると、顔をしかめた。


「ユーグ様。もう少しお待ちください」

「すまん」


 おぜん立てするまで待て、と言われ、ユーグはさすがに反省を口にした。自分でも、あそこでノックがなければ強引に進めていた気がした。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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