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【01】

新連載です。

山なし、オチなし、淡々と進みます。









 その日、ユーグは結婚した。ささやかながらも教会で結婚式を挙げ、婚姻の届け出を出して認められ、神父の祝福を受けた。ユーグがこの日に結婚することは随分前から決まっていたが、なんだか不思議な感じだ。それは自分が既婚者になったから、という理由だけではないと思う。


 ユーグはエスコートしてチャペルを共に出てきた妻となった少女を見る。最近の流行りの白いウエディングドレスをまとい、長いヴェールをつけている。少しうつむいているため、彼女の結い上げられた髪がよく見えた。こうして髪を結い上げると、年齢より大人っぽく見える。


「グレース、大丈夫か?」


 声をかけると、少女ははっと顔を上げた。結い上げられた栗毛に、薄く化粧を施された顔。濃い青紫の瞳は思慮深そうに見える。体格は華奢だが背が低いわけではなく、おそらく一般の成人女性ほどの身長はあるだろう。華美ではないが品の良いドレスが、微妙に彼女に似合っていない。彼女が下品だとか、そう言うことではなく、このドレスがもともと別の人のために作られたものだからだ。


 ことは、三日ほど前にさかのぼる。












 ユーグ・リュフィエの家、フォートレル男爵家は金持ちの下位貴族だ。時代の変化の波に乗り、事業で成功して成り上がった、いわゆる成金の部類である。フォートレル男爵家は主に服飾系の商業を行っていた。


 商業で成功しているとはいえ、貴族社会は身分社会だ。貴族身分の最下層と言って差し支えない男爵家は、上から抑え込まれて事業を広げることが難しい。庇護してくれる上位の貴族はいるが、現在のフォートレル男爵、つまりユーグの父は上級、とはいかずとも中級程度の貴族の家と親族になり、事業をもっと広げて行こうと考えた。一番簡単な方法が婚姻だ。


 そこで選ばれたのがデュノア伯爵家だった。デュノア伯爵家には娘が二人と息子が一人いて、ユーグの婚約者は長女のナタリーだった。十八歳なので、ユーグより四歳年下になる。


 デュノア伯爵家は新しい波に乗り切れず、領地の収入だけでは生活が苦しくなってきた古参貴族の一つだ。先代の当主だった時は、それでも何とかぎりぎりのかじ取りをしていたのだが、代替わりしてからは凋落の一方で復興の兆しはない。現在のデュノア伯爵は、金のために娘を男爵家に売ったわけだ。


 デュノア伯爵家は金が入る、フォートレル男爵家は中級貴族の親族を得る……完全なる政略結婚だった。


 とはいえ、ユーグはナタリーと仲良くしていたと思っていた。ナタリーは明るく頭のいい少女で、ついでに美人だった。朴念仁と言われるユーグと楽しく話をしてくれるし、よくできた娘だと思った。家庭環境の影響が大きいのかもしれないけど。


 ナタリーは、妹のグレースの話をよくした。仲の良い姉妹で、ユーグがデュノア伯爵家を訪ねれば、グレースがお茶を持ってきてそのまま一緒にお茶をしたこともある。まあ、使用人を切り詰めた結果、次女とはいえ令嬢が給仕をしていたのかもしれないが。


 結婚の日取りも決められ、準備をして後は当日を待つだけ、そんな日だった。以前からナタリーと会って最終確認をする約束をしていたユーグの前に現れたのは、婚約者のナタリーではなくその妹のグレースだった。彼女はユーグを見た瞬間、平伏する勢いで頭を下げた。


「申し訳ありません!」


 どちらかと言うと物静かな印象を受けていた婚約者の妹の大きな声に、ユーグは不覚にもびくっとした。それから慌てて彼女を個室にいざなう。さすがに若い未婚の男女が個室に二人っきりになるのは問題なので、ユーグとともに来た従者も中に入れる。ナタリーもそうだったが、グレースも一人で出歩いているらしい。多分、経済状況の問題が大きい。


「それで、どうしました? ナタリーは?」


 ナタリーではなくグレースが現れたこと、彼女が平伏する勢いで謝罪したこと、それらを踏まえても非常にいやな予感がする。それでも、現状を確認するために聞かなければならない。


「それが……今朝、これがお姉様の部屋に」


 そう言ってグレースが差し出したのは、ナタリーの筆跡で書かれた手紙だった。ナタリーは派手な美女の見た目に反する、と言っては失礼だが、非常に整った機械的な字を書く。ここまで整っていると逆に書くのが難しいので、たぶん、本人の筆跡だ。


 その手紙の内容を簡単に説明すると。


「……つまり、ごめん、駆け落ちする、と言うことでしょうか」

「はい……」


 朝起きたとき、もうナタリーは家におらず、この書置きだけが残されていたらしい。さすがに行動力がありすぎるのでは。


「あなたにも相談がなかったのですか」

「ええ……お姉様のことですから、本当に駆け落ちか、怪しい気もしますが……」

「ですが、ただ逃げるならグレース嬢のことも連れて行くのでは?」


 それくらいには仲の良い姉妹だった。やや破天荒なところがある姉と、それをフォローする妹。だが、立ち回りは姉のナタリーの方がうまかったと思う。グレースは控えめで、事務的能力にたけている感じだ。どちらが行動力があるか、と言われればもちろんナタリーである。


「……とにかく、ユーグ様には大変申し訳ないことに……結婚式、三日後ですのに」

「……そうですね」


 結婚が近くなると、嫁ぎ先の家に先に入る女性、もしくは入り婿の男性も多いが、ぎりぎりまで実家で過ごすものもいる。ナタリーは後者だった。残していくグレースのことが心配なのだろうと、ユーグは大して気に留めなかったが、もしかしてこの計画を実行するためだったのだろうか。


「今、父と母は賠償を払わずにどう収めるかで話し合い、というか、責任の押し付け合いをしています。お姉様が嫁ぐことで得られるはずだった援助も立ち消えですし、何とか穏便、というか、責任を負わずに事態を収めたいようです」


 ところどころ両親に対して辛辣であるが、それも仕方がない、と、他家の者であるユーグですら思う家庭環境だった。ナタリーが残していくグレースをやたらと心配したのもわかる。


 先ほどから気になっていたのだが、グレースの左頬が少し腫れているのは、手を上げられたからではないだろうか。やや家庭環境に問題があるとはいえ、これまで手を上げられることはなかったはずだ。そう考えれば、デュノア伯爵家は本当に追い詰められているのだと思う。グレースはナタリーが駆け落ちしたことを、親に責められたのではないだろうか。


「……もともと、婚約する際にこちらにも落ち度がありました。その件を出せば、多少は穏便に解決できると思われます」

「婚約直前に逃げるより、結婚直前に逃げる方が問題ですよ……」


 はあ、と息を吐くグレースが本当に気の毒だ。


 実を言うと、二年前、ナタリーと婚約するはずだったのはユーグではなく彼の兄のエドメだった。ユーグより五つほど年上の彼は、商家の切り盛りではなく音楽を愛した。そして、ナタリーとの縁談がまとまる直前に彼は家出した。こちらの両親はあきれたが、無理やり連れ戻すようなことはしなかった。


 その時、デュノア伯爵家はこちらを責め立てたものだ。そのこともあって、ナタリーが逃げた今、強く責められると思っているのだろう。おそらく、父ならそうする。


「賠償についてもですが、このままではユーグ様の経歴にも傷がついてしまいます」

「私の経歴などどうでもいいものですよ」


 確かに、社交界で婚約者に逃げられた男、と言われるだろう。そもそもからして、男爵家の跡取りと伯爵家の令嬢の結婚だ。まったくないわけではないが、珍しい。伯爵令嬢が王族に嫁ぐよりも珍しいと思う。


 合理主義者のユーグの父、フォートレル男爵が、家庭に問題のあるデュノア伯爵家を縁談の相手に選んだのは、中級の貴族とのかかわりができることもあるが、金銭的にこちらに依存することになるので、乗っ取りがたやすくなるから、と言う理由もある。伯爵はともかく、姉妹は賢いのでその思惑に気づいていたのではないだろうか。


 それはともかく、婚約者に逃げられようが、ユーグは何とかなるような気がする。そもそもユーグは自分で自分の結婚相手を探せるとは思っていないので、他に条件の良い人がいればそれでよいと思っている。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


キリが悪いし盛り上がりに欠けますが、大体こんな話です。


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