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【02】









「……あなたは、どうするのですか?」


 そもそもナタリーが結婚した後、グレースがどうするつもりだったのかも聞いていないが、ふと尋ねた。ナタリーとユーグの縁談が破談になる以上、グレースが言ったように、フォートレル男爵家からの支援はなくなり、むしろ賠償を請求される可能性が高い。賠償に関しては、もともと婚約予定だったユーグの兄が逃げた、ということで相殺してもよいが、援助がなければデュノア伯爵家は早晩食うに困るだろう。それを理解しているグレースは困ったように首を傾げた。


「さあ……もともと、お姉様が嫁いだ後も、私は家に残る予定でしたし」

「あなたもどこかに嫁ぐのではないのですか」


 貴族でなくとも、裕福な平民の商家でもいい。貴族令嬢と縁ができるとなれば、乗り気になるものもいるだろう。


「そうですね……平民の商家からの縁談をいただいたことはありますが、父が許可しませんでしたので」


 デュノア伯爵の貴族としてのプライドと、相手の馬鹿にしたような態度に腹を立てたことが原因らしい。


「でも、こうなったら父もその話を進めるかもしれませんね」


 話を聞くと、フォートレル男爵家とも取引のあるところだった。ユーグは眉を顰める。


「その家の跡取りはもう結婚していたと思いますが」


 跡取りとその弟と、二人いるはずだが、二人ともユーグより年上で、もう結婚しているはずだ。グレースは反対に首をかしげる。


「確か、その商家の会長が相手だったと思います」

「……」


 思わぬ返答にユーグは絶句した。その商家の旦那は、三度結婚して三回とも妻に逃げられている。子供の母親は、全員違うはずだ。それに、年齢も五十近かったはずだ。


「……あなたはそれでもいいのですか?」

「家にいるのと大して変わりませんよ」


 しれっとした言葉に、ユーグはなんと言ったものか迷った。婚約者の妹だが、グレースと直接交流したことはほとんどない。姉ほどの愛想がなく、自己主張が少なかったためだ。気が弱いわけではないので、こうして会話はできるが、自主的にはあまり話さない、といったところか。ユーグが姉の婚約者なので遠慮していた、と言うのもあるだろう。


 ぐぅ、と腹のなる音が聞こえた。発生源であるグレースを見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。


「す、すみませんっ。朝から姉のことであわただしかったので、朝食をとっていないだけです」


 気にしないでください、と言われるが、これだけ主張されれば気になるというものだ。ユーグについて来た従者も笑いをこらえるようにぎゅっと唇を引き結び、ぶるぶる震えている。


 唐突な腹の音に、張り詰めていた空気が緩んで、ユーグも思わず笑った。


「私も小腹がすきましたので、何か食べましょう」

「ぅぐ……お気遣いなく……」


 やってしまった、とばかりにグレースが両手で顔を覆う。考えてみれば、彼女はまだ十六歳の少女だ。落ち着いて見えるから忘れていたが。まだまだ食べ盛りのはずで、それが朝食もとっていないのなら腹もすくというものだ。


 軽食を頼み、グレースに勧めると、彼女は謝罪と礼を言ってもそもそとホットサンドを食べ始めた。大人びた顔立ちに大人びた振る舞いをする彼女だが、食べる姿が小動物めいていて可愛らしい。


 食べるに事欠くほど金銭的に余裕がないわけではないが、甘いものなどはほとんど買えなかったのだろう。ナタリーがよく妹に、と菓子を持って帰っていたのを思い出す。


「デザートはいかがです?」


 一つホットサンドを食べ切ったグレースに尋ねると、お茶を飲んでいた彼女は慌てて首を左右に振った。


「いいえ。大丈夫です」

「私が見栄を張りたいだけなので、遠慮はいりませんよ」

「ありがとうございます……でも、そんなに食べられないので」


 そう言えば、ナタリーもそれほど食べなかった。どうしても少食になるのは、家計的に仕方がない。ナタリーもそうだったが、これだけしか食べなくて大丈夫なのかと不安になる。たくさん食べさせたくなる。


「……一つ、提案なのですが」

「なんでしょう?」

「ナタリーの代わりに、グレース嬢が私と結婚しませんか」

「……えっ」


 ナタリーが駆け落ちした、と言うのを聞いてから考えていたことだ。おそらく、グレースはナタリーが駆け落ちした件について、協力したと家族に疑われているだろう。家に居づらいのではないだろうか。ユーグと結婚していなくなるのも、駆け落ちして居なくなるのも、ナタリーがいなくなる、と言う点では同じだが、その後の事情は全く異なるはずだ。


 ナタリーは当初、ユーグと結婚したらグレースを家から引き離すつもりだったのではないだろうか。あんなに心配していたのだ。一人で残すとは考えにくい。今だって出ようと思えば、修道院に駆け込むことができる。だが、これまでの通例を見ても、ただ駆け込むだけでは連れ戻される可能性がある。


 援助しているフォートレル男爵家に嫁げば、ナタリーがグレースを連れ出すことは難しくない。修道院に逃げ込んだグレースを連れ戻そうとしても、圧力をかけることができる。今は爵位よりも、資金力がものをいう時代になりつつあるのだ。


 そう考えると、ますますナタリーが逃げ出した理由がわからない。多少の理不尽があっても、それをこえる益が見込まれれば、その理不尽を飲み込むタイプの姉妹なのだ。


 グレースがユーグと結婚するとなれば、デュノア伯爵家はナタリーが結婚直前に駆け落ちしたことを必要以上に責められることはなくなるし、グレースも家を出られる。ユーグは新しい婚約者を探さなくて済むし、フォートレル男爵家もほぼ当初の予定を踏襲できる。もちろん、デメリットもあるが、どちらかと言うとメリットの方が大きいように思われた。


「で、でも、私の嫁ぎ先は自分で決められません」


 この時代のこの国では、子供の結婚は親が決めるものだ。家長が父であるデュノア伯爵家は、彼女の父に許可をもらわなければならない。


「わかっています。説明に行くつもりですから」


 それは当然のことだ。おそらく、断られないだろうと言う確信がある。どちらかと言うと、ユーグの両親の許可をもらう方が難しいかもしれない。だが、不可能ではない。


「その返答と言うことは、私と結婚してもよい、と言うことですね」


 先ほど彼女は、裕福な平民の商家に嫁いでも、実家にいるのとさほど変わらない、と言った。ならば、フォートレル男爵家に来てもさほど変わるまい。姉の婚約者だった男に嫁ぐことになるので、彼女の心情としてはどうかわからないが。


「そ、う、ですね……」


 困惑したまま、グレースがうなずく。このまま畳みかけてしまおう、とユーグは口を開いた。


「確かに私はあなたの姉のナタリーの婚約者でしたが、彼女はもういませんし」

「そうですね……」

「結婚式は三日後なので、準備は大変かもしれませんが、大きなものは後から持ってくればいいので、先に来ていただけると」

「え、三日後なのですか」

「もともと、その日程で予定していましたから」


 予定していたのはナタリーとの結婚式なので、グレースは嫌かもしれない。だが、これはナタリーが駆け落ちして結婚式ができなくなったことによるキャンセル料変わりだ、と思えばグレースも来やすいのではないだろうか。なるべく早く、この娘をデュノア伯爵家から引き離した方がよい気がした。


「ひとまず、私の両親に話しに行きませんか」

「……」


 小さく口を開けて、ぽかんと彼女は立ち上がって手を差し伸べたユーグを見上げた。いつも大人びた振る舞いをするグレースだが、きょとんとしたその顔は幼く、と言うか年相応に見えた。思わず笑って彼女の手を取って立ち上がらせる。


「ナタリーならどこででも強く生きていけますよ」

「それは心配していませんが」


 そのあたりは妹も心配していないようだった。変な意味での信頼がある。やはり、助けが必要なのはナタリーよりもグレースのように思われた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


名前しか出てこないナタリー、どこででも強く生きていけるお姉様です。


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