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ELLIS-エリス- 世界最高の生き方(もっと優しい世界ver.)  作者: 結逸夢弐


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第十章 - 青春時代① 第一回サマー・スクール Ep.7:謝罪のカラオケ・ナイト

挿絵(By みてみん)

<エリスのサマー旅行記⑰ 別れ>

 エリスの目が覚めた。泣き腫らした重い瞼を開くと、見覚えのない天井の模様が目に映る。ここは、どこ……あれからどうなって……。するとすぐ傍から、よく知った声が聞こえる。「起きたか、エリー」彼が上体を起こして確認すると、隣で椅子に座ってスマホを弄っているニコラがいた。「気分どう?」

 「に、ニコ……」どうやらここはニコラたちの部屋のようだった。彼は図書室で倒れ掛けたエリスを支えて、自室まで運んできてくれたようだ。そんなことまで考えが回らないエリスは、お礼を言うでもなくすぐに本題に入る。「ねぇニコ! あれからカイトとテムバはどうなったの? それに僕、どうしてニコの部屋に?」彼は全身で嫌な予感を感じ取っていた。

 「あぁ、今は部屋にはいない方がいいと思って……二人とも荷造りしてるから」ニコラがスマホを見たまま気のない返事をする。はっ? 荷造りって何? それってどういう――。「あいつら『退学』になったんだよ」た、退学……? ドクンッ、ドクンッ。エリスの鼓動が早鐘を打つ。

 「話は周りにいた連中から聞いたよ。二人してエリーを奪い合ってたんだって?」ドクンッドクンッドクンッ。「バッカだよな~? 何もそんなことで喧嘩しなくてもなぁ~? あのカイトって奴なんか、つい昨日来たばっかじゃんか? これで学費がパーだよ――」堪らずベッドを抜け出し、走り出すエリス。「おいエリー、やめとけっ! もうできることはないさ!」

 ドアを開ける間際、後ろを振り向いて激昂したエリスが叫ぶ。「バカなのはニコの方だよっ! 人を本気で好きになったこともないくせにっ!」そのままドアを開け、走り去っていくエリス。

 残されたニコラは、それからしばらくスマホを見ていたが、その瞳孔は震え、画面には焦点が合っていなかった。あ、あいつがあんな怒ってんの……初めてみた……。ほ、本気で人を好きになったことない、だと……。「ふざけんなっ!」ニコラがベッドにスマホを投げつけると、跳ね返ったスマホは床へと落下し、その画面にはピキッと亀裂が走った。

 *

 「ガチャリッ」エリスが自室のドアを開けると、テムバとカイトが黙々と帰国の準備をしていた。「二人とも、話は聞いたよ……退学だって?」エリスが尋ねるも、二人とも彼には見向きもしない。「ねぇ、こんなの間違ってるよ! 一緒に校長先生のところに抗議しにいこう?」彼の訴えかけに、テムバだけが手を止めて静かに応える。

 「ごめん、もう君と口利いちゃいけないって、先生たちから言われてるんだ」作業を再開するテムバ。エリスは彼に縋りついて、「それでもいいよ! 口を利かないって条件で、退学は取り消して貰おう? ねっ?」と切言するも、彼は応えない。

 続いてカイトを攻める。「ねぇカイト、君はいいの? まだ一日しか過ごしてないんだよ? 学費……すっごく高かったでしょ?」堪らず涙が零れてしまうエリス。あぁ僕、最近泣いてばっかりだ。いつからこんな泣き虫になっちゃったんだろう? ここに来てからの僕、ヘンだ――。

 打ちひしがれたようなカイトが応える。「わ、悪りぃエリス……今回のことは、全面的に俺のせいだ……。俺が軽薄な『不良野郎』だったから……」クッソ……考えが甘かったぜ……。まぁあんだけ挑発して、反撃もしちまったしな……心証も悪くて仕方ねぇか――。

 「そんなことないよ! 僕、君がそんな子じゃないって知ってるもん!」エリスが彼を庇う。「だからこんな仕打ちあんまりだよ! 待ってて、僕が先生たちを説得してみせるから――」エリスは退室寸前、後ろの二人に向かって苛烈な様子で命令する。「二人ともこの部屋にいてねっ? 勝手に帰ったりしたら、僕たち絶交だからっ!」

 *

 エリスはディッカー校のメイン・ビルディング一階にある、スタッフ方がよく出入りしている談話室にやってきた。そこは普段、全面解放されているはずなのに、今日はなぜか重々しい扉で締め切られている。彼がそのうち一つのドアを開いて中に入ると、そこには校長を含めた多くのスタッフたちが集まっており、部屋は緊迫した会議室の様相を呈していた。

 エリスはスタッフ方の痛い視線を全身に受けながら、涙ながらに二人の弁護を行った。彼らが自分にしてくれたこと、言ってくれた言葉、彼らの温かな人格を反映するエピソード、それら全てを事細かに陳述していくエリス。それはあまりに赤裸々すぎて、むしろスタッフたちの方が赤面やら咳払いやらして、落ち着かない印象で聞いていた。

 最後に彼は、二人への処罰が厳しすぎること、減刑していただけるなら代わりに自分が処罰を受けること、もし二人の退学が撤回されないなら自分も退学にしてほしいこと、を主張して退出した。早々にザワつく会議室。そんななか一人だけ挙手して、こう発言するスタッフがいた。

 「私は厳罰軽減に一票入れますっ!」キャサリンだった。

 *

 協議の結果、テムバとカイトの二人は退学を免れ、代わりに教員からの厳重注意と、反省文の提出、プラスして放課後の奉仕活動(寮の掃除や食堂の手伝いなど)を言いつけられた。またエリスとの接触は禁止となり、三人は別々の部屋へと移された。エリスに限っては個人的な処罰は下らなかったが、新しく移った部屋は狭い二人部屋で、ルームメイトもいなかった。


<エリスのサマー旅行記⑱ いっしょにとれーにんぐ TRANING WITH ELLIS>

 次の日の火曜日。午前中の授業が終わって昼食の時間になっても、三人は互いの姿を見ることがなかった。カイトの英語レベルはB1相当と評価されたが、エリスとは別のクラスにされたので会えなかったのだ。エリスは二人が退学にならなかったことがすごく嬉しかったが、もう自由に話したりできなくなったことが辛くて悲しくて、ずっと生気ない表情で塞ぎ込んでいた。

 みんなそんな彼を腫れ物に触るかのごとく扱った。つまり定期的に優しく薬を塗ってあげる以外には、そっとしておいたのだ。「昨日は大変だったね?」「元気出してね?」そんな励ましを受けるたびエリスは、「うん、ありがとう」と重たそうに口角を引き上げていた。

 エリスはランチ中も食事の手が進まず、丸1時間も呆然とスープを掻き混ぜていた。ふと我に返った彼はスープを飲み干すと、食器の載ったトレーを返却口に置きにいく。そのときだった、厨房で懸命に皿洗いしているテムバを見つけたのは――彼もエリスに気づき、二人の目が一瞬合うが、互いにいたたまれない気持ちになって目を逸らした。はぁ……ずっとこんな気持ちのままスクールを終えて、君たちとお別れするなんて絶対に嫌だな――。

 エリスは風の向くまま気の向くまま、校内を散歩して気を紛らせることにした。とりあえず、普段あまり立ち寄らない運動場の方へ歩いていると、『Dorms House』と呼ばれる男女兼用の寮の一室から、ゴミ袋を抱え持ったカイトが出てくるのが見えた。向こうもエリスに気づいたが、テムバのときの二の舞になるだけだった。

 テムバもカイトも、忙しそうだったな……本当なら楽しくお喋りしながら、君たちのお手伝いをしたいのに……話せないどころか、一緒に何かすることすらできないんだ……。そのときエリスのなかで、沸々と煮えたぎるような感情が沸き起こった。もう、何でそんなことすら許されないの!? 二人はちょっと喧嘩しちゃっただけなのに、そもそもとして学校側の対応が厳しすぎるよ! あぁ、ムシャクシャする!

 エリスはこの感情をぶつける矛先を探すように、運動場に隣接されたジムへとフラッと立ち寄った。中では何人もの体育会系の生徒たちが、熱心にトレーニング機器を使って身体を鍛えいてる。ディッカー校でのサマー・スクールには、スペインのプロサッカー・リーグ『LALIGA』のコーチによって運営される『フットボール・キャンプ』というコースも存在し、多くの将来有望なサッカー選手たちが参加しているのだ。

 エリスはそんなガチ勢たちに混じって、筋トレで自分の身体をいじめ抜けば、存外気分も晴れるのではないかと思い至った。自信満々に歩き出し、空いている機械を探しにいく彼。よーし、今の僕はなんだってできるぞ! だって怒ってるんだもん! ふふっ、マシン壊しちゃったりして? そんな妄想を抱きながらジムの奥まで足を進めると、一台のマシンが目に留まる。そのマシンは如何にもボス級の風格を有しており、『私を倒せるかな?』とエリスを挑発しているふうにも見えた。よし、キミに決めたっ!

 そのボスの正体は、『デュアル・アジャスタブル・プーリー(DAP)』という左右にケーブルを持つタワー型の大型マシンだった。両サイドのプーリー(滑車)のアタッチメントや高さを自由に変更でき、全身の筋トレ運動に応用できる万能なものである。エリスは使い方すら分からないまま、ただやみくもにそのDAPの真ん中に立つと、ちょうど胸の辺りにあった両サイドの『Dハンドル』を握り、全身全霊の力を加えて前に押し込もうとする! うりゃ~!

 ハンドルはビクともしなかった。へ? ナニコレ? 気を取り直して再挑戦する。今度は一歩前に出て両腕と胸筋を使って引いてみた(スタンディング・ケーブル・チェストプレスと呼ばれる運動)! ふんっにゅ~! けれどケーブルは全く進まない。エリスが泣きそうな顔で、近くでエアロバイクを漕ぐ女の子を見ると、彼女はツボだったみたいで、顔を覆いながら笑いを堪えていた。ガーン! ば、バカにされてる……。

 ちなみにそのときのDAPは、各側の重量が30kg(プーリー比率2:1なので実質15kg)に設定されており、15~17歳のスポーツ経験豊富な男子でも結構キツイ状態になっていた。非力なエリスでは太刀打ちできなくて当然だった。出鼻を挫かれた彼は、そそくさとDAPのもとを後にし、別のマシンへと逃げていった。

 次に彼が目を付けたのは、よくある傾斜がついた『腹筋マシン(シットアップ・ベンチ)』だった。よーし、あれならイケそうだ! なんたって僕、体幹には自信があるんだからっ! 意気揚々とベンチに座り、前のバーに足を引っかけて膝を立てたエリスは、シャカリキに腹筋運動を始める。1、2、3……軽いかるい! 4、5……ろ、6……あらら? 何かおかしいぞ? な、ナァナッ……ハァァ~チッ! き、キュ~~~~~~(プルプル)ウッ! ジュ~……。

 周りでトレーニングに励む他の生徒たちは、各々が本日のメニューをこなすことで疲弊しながらも、真ん中で果敢に己の限界に挑んでいるエリスを見ては、筋繊維をズタボロにする勇気とパワーを分け与えてもらっているような気が――するはずもなく、ただ回し車で必死こいて運動しているハムスターを見ているような、何とも言えない癒しだけを感じていた。『あー可愛ぃーなぁーもー!』

 ジュ~ゥゥゥゥゥゥゥゥゴッ! ガクッ――。エリスは15回やったところで力尽きて、ベンチの傾斜を下っていき、そのまま競りにかけられる冷凍マグロみたいに床を滑ってから止まった。ゼィゼィと激しく呼吸するエリス。う、ウソでしょ……傾斜があるとこんなにキツイの……? とてももう1セットなんて……。やっとのことでうつ伏せになって立ち上がると、なぜか周りからは「パチパチ」と、健闘を讃える拍手が鳴り響いた。

 「へへっ、どうも~」と応えながらもエリスは、この拍手が半分お情けなのは分かっていた。ふんだっ! みんなして僕をバカにして――。これが彼の闘志に火をつけた。彼はそのまま『レッグプレス・マシン』のところへ行って座り、足で前の壁を何度も蹴り押して、大腿四頭筋をヒィヒィ言わせた。これでもか、これでもかっ! 彼の頑張りに負けじと、他の生徒たちも追い込みをかけ、自身の限界突破に精を出した。

 *

 2時間みっちり運動した彼は、途中親切な生徒たちにマシンの手ほどきを受けたり、水筒に入ったスポーツ・ドリンクやプロテイン・シェイクを分けて貰ったりしながら、徹底的に身体をいじめ抜くことに成功した。いささか無謀ではあったが、運動中は悩みなど忘れて無心になれたので、この憂さ晴らし作戦は功を奏したかたちになった。切磋琢磨したみんなとお別れし、ジムから出たときのエリスの気分は、どこまでも爽やかで晴れやかだった。

 アタタ……こりゃ明日は筋肉痛だなぁ~。でも良い経験になったし、今度ニコでも誘ってマウント取っちゃおうかなぁ~? ふふっ、ニコのやつ驚くだろうなぁ~。あ、でも……ニコともあれっきりなんだった……僕、ニコに酷いこと言っちゃったんだ……。フラフラになりながら自室に戻ったエリスは、そのままベッドに倒れ込み、枕を涙で濡らしながら眠りに落ちた。そんなに簡単に心が救われるはずもなかった……。


<エリスのサマー旅行記⑲ 謝罪のカラオケ・ナイト>

 エリスが目覚めると、時刻はもう18:25だった。いけないっ、早く夕食を摂らないと! 彼は急いで食堂へと走っていき、ササッと食事を済ませると、一人寂しく校内劇場へと向かっていった。今日の夜はそこで、全校生徒合同の『カラオケ大会』が催される予定になっていたのだ。彼が劇場へ入っていくと、もうほとんどの生徒が席に着いていて、近くの友達と談笑したりしていた。

 彼が一番後ろらへんの空いている席に座ると、ちょうどイベントが始まったようで、前方の舞台にマイクを持ったスタッフが現れ、今晩の催しについての説明をしていった。カラオケ大会と言っても、この前のタレントショーみたく一番を決定するものではなく、ただみんなでカラオケを楽しもうという趣旨のイベントだった。

 使用する機材は、フィンランド発祥のカラオケアプリ『Singa』が入ったタブレットPCと、その画面をスクリーンに映写するプロジェクター、あとはPCとオーディオ・インターフェースを介して繋がったスピーカーとワイヤレスマイクだった。約2時間のイベント中、歌いたいと立候補した生徒が順番に舞台に立ち、最大1曲(6分)まで好きに歌うというルールだった。つまり順調に行けば20~24人の生徒が歌える計算だった。

 スタッフが説明を終えると、早速一番手の生徒が舞台上に上がり、流行りのポップソングが流れ始める。Singaの高品質音源に劇場備え付けの大口径スピーカーが合わさって、音響もしっかりしている印象だった。満を持してその女生徒が歌い出すと、まるで歌姫かと聴き惚れるほどの上手さで、みんな初っ端からヒートアップする。「うおぉぉぉ!」「ヒューヒュー!」

 歌が始まって間もなく、席を立つ生徒がチラホラ見られたが、みんな次の出番に向かっているというわけでもなさそうだった。と言うのも、ステージ上の机にはささやかな『おつまみ』やドリンクが置かれていたので、大抵がそれを取りにいっている生徒だった。それもそうだ、200人以上いる全校生徒の前で堂々と歌える人などそうそういやしないのだ。ましてや、こんな上手な子の後ではやりずらいのも頷ける。

 第一曲目が終盤に差し掛かったとき、一人の生徒がタブレットを弄って曲を入れているのが見えた。それはニコラであった。そして彼の番が来たとき、再生された曲はQueenの『ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)』だった。彼は最初のコーラスが終わり、ピアノ伴奏が始まった途端に上の服を脱ぎ捨て、それからゆったりと『母へ向かって懺悔の気持ち』を吐露していく。

 その後も彼は、フレディ・マーキュリーの真似をしてマイクスタンドの上の部分を取り外し、腕を突き上げたりして歌っていく。ただ叫ぶように……唸るように……。当時作曲したフレディが、自らの悲痛な思いをメタファーたっぷりに認めた歌詞が胸を打つ。

 ギターソロに入り、彼の熱意のこもったパフォーマンスに賛辞が飛ぶ。みんなニコラがただ全力で物真似しているだけだと思っているようだが、エリスにはそうじゃないと思えた。あんなに感情を剥き出しにして歌うニコラを始めて見たし、説明はできないけど何か熱いメッセージが込められている気がした。

 ニコラはそのままシャツを着なおすと、オペラ部分が始まる寸前で演奏中止を押して舞台から降りていった。ここからが盛り上がるパートだっただけに場内はやや騒然とし、しばし沈黙に包まれるが、すぐに次の曲が始まって活気を取り戻す。ニコラの雄姿に勇気を貰った数名が、後に続いていたのである。

 エリスも彼の姿に気づかされていた。そうだ、このイベントは全校生徒が参加しているんだ。今だけはニコラ、テムバ、カイトたちと時間を共有できるんだ。僕も勇気を出して歌って、みんなに気持ちを伝えるんだ――。彼は立ち上がり、ステージ上へと向かっていく。

 *

 3、4曲のノリのいいポップスが終わった後で、いよいよエリスの番が来た。彼が入れた曲は、オーストリアのシンフォニック・メタル・バンド『Carmina Mea Lenia』の『I'm sorry』という曲だった。この非常にマイナーな曲が奇跡的に収録されていた理由は、Singaが2040年時点で世界のカラオケアプリ業界の覇権を握っており、収録曲数は20万曲を越え、マイナーな英語曲や有名なK-POP、J-POPなどもひと通り網羅していたためだ。とは言え、この会場でこの曲を知っている人は一人もおらず、またこの曲はバラードでもあったため、開始早々静まり返る場内。

 エリスは声が震えそうになるのを抑えて、ただひたすらに『自分の気持ちを彼らに伝えたい』という願いを乗せて、目を閉じたままAメロ、そしてBメロと歌っていく。大好きな曲だったので、歌詞は全て心に刻まれていたし、また何度も口ずさんだ歌でもあったので、Aメロの音が低いところをオクターブ上で歌って、上手くBメロに架けて原音にシフトすることもできた。

 そしてBメロを終え、ついにサビになろうかというとき、彼が思わず目を開けて会場の景色を見ると、そこはスマホのフラッシライトの光に満ちていて、光がゆったり音楽に合わせて揺れているのが見えた。感動で胸がいっぱいになりながら、彼は感情を全て吐き出すようにサビを歌った。


I'm sorry, I tore us apart(ごめんね、僕が僕たちを引き裂いたんだ)

Never meant to make you two fight(君たち二人を争わせるつもりはなかった、なんて)

I can't help saying this now(今さらこんなこと言ったって仕方ないのにね)

I'm sorry, but I still believe(ごめんね、でも僕は信じている)

Our story will continue on and on(私たちの物語は続いていくって)

After this journey is over(この旅が終わった後も)


 彼がこの歌で伝えたかったことはシンプルで、『ごめんね、許してね』ということだった。こんなことになってごめんね。僕たちもう会えないかもしれないけど、どうか泣かないでね? この会場のどこに君たちがいるか分からないけど、僕たちの世界が灰色になる前に、それだけ伝えておきたかったんだ――。

 全てを歌い終えたエリスがお辞儀すると、大きな拍手が会場を包み込んだ。キャサリンを含めて、彼の込めた思いを知る一部の人たちは涙を流していた。嬉しいな……僕の気持ち、こんなに多くの人に届いたんだ……この拍手のどれかがテムバやカイトのものだったらいいな……。

 彼が舞台を降りようとした瞬間、軽快なギターイントロが鳴り響き、会場がいっきに明るくなった。そしてエリスと擦れ違うようにして舞台に上がったのは、何とカイトだった。彼が選んだ曲は『和田光司』の『Butter-Fly』で、彼はイントロが終わると同時にエリスにウィンクしてから、『少年の夢と空への憧れ』が詰まった言葉を悠々と歌っていく。

 エリスはこの日本語の曲を知らなかったし、ましてやそれが『デジモンアドベンチャー』というアニメのOPテーマだとは知る由もなかったが、心地よい疾走感がカイトにすごくマッチしていて、何て素敵なんだろうと思った……そしてサビが始まる。


 そう……いつだって少年には無限の夢があるのだ。しかしこの世界は時としてそれを阻んできて、拒んできて、心をくじこうとしてくる。でも信じてほしい。もし君が今、恐怖にすくんで立ち止まりそうになっていたとしても、君には君だけの翼があることを。いつか必ず飛べるときが来る。そう信じるんだ……。


 カイトがこの歌に込めた思いは言わずもがな、『俺はサナギが蝶になるように成長、いや進化するぜ!』だった。なぁエリス、例えサマー・スクールがこのまま終わっちまったとしても、もし君が俺を求めてくれるならさ、一途な風に乗って俺は、スイスまで君に会いに行くぜ。オーイエー、当然さ。今はまだ頼りない翼かもしれねぇけど、きっと飛べるから。俺の愛に懸けて誓うぜ!

 全てを歌い終えたカイトが舞台を降りる。その間際エリスは、彼からの二度目のウィンクを受けて初めて、自分がずっと舞台袖でカイトに見惚れていたのだと気づいた。それほど彼の登場は衝撃的だったし、彼のパフォーマンスは最高に格好良かったのだ。だが何よりも、自分たちの気持ちが繋がっていると確認できたことが大きかった。ふふっ、嬉しいな……もしかして次はテムバが登場したりして?

 だがそうはならず、結局カラオケ・ナイトが終了するまで一度も、テムバが舞台へ上がることはなかった。どうしたのかな? やっぱり大勢の前で歌うのは嫌だったのかな……。エリスは次の日、彼が歌えなかった本当の理由を知ることとなる。


※歌詞権利上の問題で、今回エリスが歌うシーンに登場した楽曲は私の創作です。実際には彼は『Serenity』の『Forgive Me』という曲を歌っています。ちなみに『Carmina Mea Lenia(ラテン語で『僕の優しい歌』もしくは『僕の優しい魔法』)』という名前は……昔私が音楽活動で使っていた名前です(笑)

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