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ELLIS-エリス- 世界最高の生き方(もっと優しい世界ver.)  作者: 結逸夢弐


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第九章 - 青春時代① 第一回サマー・スクール Ep.6:イケナイ性教育!?

<エリスのサマー旅行記⑮ イケナイ性教育!?>

 カイトがエリスを連れてやってきたのは、寮の部屋ぁ~ではなく図書室だった。そこには彼らの他に五人の生徒と、一人の司書係のスタッフが疎らに散らばっており、それぞれ本を読んだり事務作業してたりした。

 カイトは一番奥の窓際の席にエリスを座らせると、「ちょっと待ってて」と囁いてからどこかの書棚へ向かっていき、そこから何か目的の本を持ってきては、それを机に置いて開いた。それは男女の身体の特徴や機能の違いなどを取り扱った、性教育用の教本だった。

 「こういう授業受けたことある?」カイトが小声で言うと、エリスは「少しだけ……」と言って、開かれたページを興味津々にのぞき込んでいた。そこには成人男女の裸の絵が描かれている……デフォルメされているとは言え、陰毛なども細部まで描かれた生々しい絵だ。「じゃあ性差についてどこまで知ってる?」これは彼にとってのテストだった。

 「うんと……」エリスが絵を指さしながら答える。「男性は大きなおチンチンやタマタマがあって、女性は大きなお胸がある……それに男性は大きな筋肉や骨があって、女性は大きな脂肪や骨盤がある」でっかいです……でっかい、セクシーダイナマイトです……。

 「なんだ詳しいじゃん?」カイトが小さく悦喜する。「じゃあさ、女性器がどうなってるかは分かる?」彼の質問に、エリスは絵の該当箇所を穴が開くほど見つめるも、そこは陰毛に隠れてて詳細な情報は何一つ得られない。「わ、分かりません……」マジックのタネが分からない子供のように落ち込むエリスを見てから、カイトは種明かしするようにページを捲った。

 「実はこうなってる」彼が導いた見開きのページには、でかでかと女性器の構造が図解されていた。「これが女のペニスとも言える、えぇっと……そう『クリトリス(Clitoris)』で、その下のこれがぁ、えぇ……尿道、口(Urethral Opening)? っていうオシッコの穴で、そいでその下のこれがぁ、え~膣口(Vagina Opening)? っていう穴なんだ」カイトは性知識に富んでおり、また英語レベルもB1相当だったが、さすがに各部位の英語名称までは知らなかったため、慎重に本を読みながらエリスに説明していった。「これが『おまんこ(Vulva)』の全容。これ見てどう思う?」

 「何だか、不思議……」エリスが素直に感想を述べる。「でも、綺麗……」

 「ムラムラしたりする?」カイトがド直球に攻めていく。エリスを発情させるべく彼の耳元で優しく囁く。「妙な気分になったりとか?」彼にとってはこれが相手を落とすための常套テクニックだったが、不覚にも自分の方が何か危険な気体を吸い込んでしまい、脳が痺れほどの感覚を味わうのだった。やっべ、石鹸の香りに微かな汗の匂いが混じって……匂いエッロ……媚薬かよ……。

 「う~んと、今は特には……」実際エリスは耳がこそばゆかったが、我慢して真面目に授業に取り組んでいるようだった。「ムラムラするって、どういうこと?」

 「あれっ、経験ない?」カイトがエリスの耳元から少し離れる。これ以上の高濃度吸引は過剰摂取の恐れがあったのだ。「ペニスが硬く大きくなって、爆発しそうになったことは?」そう言いながらカイトは、エリスがそうなっている姿が全く想像できなかった。彼だって男の子だと頭では理解していても、男性要素が少なすぎてつい疑ってしまいそうになるのだ。

 「えぇっ? 爆発!?」エリスはその衝撃的な言葉に驚きの声を上げる。少し声のボリュームがオーバーしていたことに気づき、すぐに声色を弱める彼。「男の子っておチンチンが爆発するの……?」

 「あいやいや、『そんな感じがする』ってだ――ふっ――だけ」彼のリアクションが面白くて、思わず吹き出しそうになるカイト。自分の言い方が悪かったとは言え、あまりにも純粋な反応が返ってきたので意表を突かれたのだ。「そ――ふっぷっ――そういう経験ある?」

 「僕……ない、かな……」正直に答えながら、自分の未熟さを残念がるエリス。はぁ、僕ってやっぱり普通の男の子じゃないんだな……知識だって遅れてる……カイトだって呆れて笑ってるんだ――。「カイトはあるの?」

 「ん? あ、あぁあるぜ。いちおう俺も男だし」ようやく笑いのエネルギーを抑え込んだカイト。危うくツボに入るところだった。「そんで、ここからが肝心なんだけど、ペニスが爆発しそうなくらい苦しくなって、もし限界に達してしまったら何が起こるか分かる?」

 「え? 何だろう……?」エリスは未知の現象に対し懸命に想像力を働かせていき、最終的に「オシッコ、漏らしちゃう……のかな?」と『正しい誤答』を導き出した。

 「おしい!」カイトは自分が『クイズ番組の出題者』になったような興奮を覚え始めていた。『ほぼ正解の誤答』って喜ばれるよね……。「様子としては似てるんだけどさ。実はオシッコとは別のものが出てくるんだよ――」カイトが本のページを捲っていき、該当のページを見つけては指で示す。

 「これこれ」彼が示したページには、ペニスと睾丸の断面図や、白濁液と無数のオタマジャクシの絵が描かれていた。「男が気持ちよくなっているときにはさ、この精巣(Testicles)ってところで『精子(Sperm)』っていう赤ちゃんの種が作られてさ。それが絶頂したときにペニスを通じて放出されるんだ。これがどこに行くと赤ちゃんの素になるか分かる?」エリスはしばらく唸った後、何か閃いたように目を輝かせた。「もしかして、女性の……膣口の中?」

 「しょうゆこと!」カイトがまた数ページ捲って、今度は受精の仕組みを描いたページに辿り着く。「ちょい説明ムズいから、ここに書いてある通り読むな。えぇー『膣の奥には子宮という部屋があり、さらに子宮の左右には卵巣という卵子を生成する器官があります。女性が排卵期に入ると、左右どちらか、もしくはどちらともから卵子が排出され(通常片側から一つだけ)、それが卵管という子宮への通路上に取り込まれます。性交渉(Sexual Intercourse)によって男性が射精すると、注がれた精子は膣内を進んでいき、やがて卵管にある卵子のもとへと辿り着きます。最も速く正確に突入できた一匹の精子のみが卵子へと取り込まれ、やがて互いの染色体(23本ずつ)が融合して、46本(2n)の染色体を持つ受精卵(Zygote)が形成されます。この精子と卵子が出会って受精卵が作られるまでのプロセスを受精(Fertilization)と言います』」

 カイトは次の『胎児の発生』のページに移って続ける。「受精卵はすぐに細胞分裂(卵割)を開始し、2細胞 → 4細胞 → 8細胞と分裂成長していきます。だいたい2~3日で細胞数2~8個の分割胚(Cleavage)、4日で細胞数16~32個の桑実胚(Morula)、そして5~6日で細胞数100~200の胚盤胞(Blastocyst)となって子宮内膜に到達・定着します。これを着床(Implantation)と言い、この状態を一般的に妊娠(Pregnancy)と呼びます――とまぁ、これが赤ちゃんの素が作られる原理っちゅーわけだな?」彼は一旦ここでインターバルを取った。いささかグロテスクな想像を伴う、難しい文章を集中して読んだせいで、彼も本来の目的を忘れそうだった。「だから男は性的興奮を覚えっと、ペニスが膣口に挿入できるように硬くなっし、そうやって挿入して精子を注ぎ込む行為のことを『セックス(Sex)』ってゆーんよ。理解できた?」

 「そっか……」エリスは今ようやく理解した。カイトが読んでくれた文章には生物の授業で習った部分も含まれていたが、それが人間の性的な行為とやっと頭のなかで結びついたのだ。心の奥底で燻っていた疑問が、全て繋がった気がした。「だから僕、『子供を作れない』んだね」

 「うえぇっ!?」カイトがビックリ仰天する。「ドゥ、ドゥーユーコートオン? エリス、子供産めないん?」そのカイトの表現には語弊があった。エリスは『産めないくて』当然だ。

 「うん。僕、生まれながらの病気で、タマタマが付いてないんだ……」とエリス。「だから今ね、ホルモン治療でエストロゲンのお薬を飲んでるの。それで先週はお胸が敏感になって大変で……今はキャスに見つけてもらったブラジャーを着けてるから平気なんだけど……」

 「あ、クソ……何てこった……」カイトが憤りを吐き捨てる。その一部は世界への、そしてほとんどは自分への憤りだった。どうりでエリスは男離れしてるわけだぜ……そんな大変な時期の彼に、俺は何てことを――。「つれぇよな? 選択肢すら与えらんねぇなんて……」

 「ううん、選択肢なら貰ったよ?」こともなげに告げるエリス。「僕、男の娘になろうって決めたんだ。聞いたことある? 日本の言葉なんだけど」

 「はん? オトコノコ? それって普通にボーイって意味じゃね? んーちょっと分かんねぇわ」その言葉の意味は分からなかったが、今カイトのなかで、エリスへの愛情が別の次元へと昇華していた。ダメだ、やっぱ抑えらんねぇは、この気持ち――。「なぁエリス。俺、君とセックスがしたい」彼は耳元で囁くでなく、正面切って正々堂々と申し込んだ。一番遠いスタッフには届かなかったが、その声は他の生徒たち全員の耳に届いた。そこからはもはや、誰も本など読んでいなかった。

 「えっ、でも僕……入れられる穴なんてないよ?」エリスが赤面する。「あっ、もしかしてお尻?」

 「いや、いいんよ別に。ただお互い裸で抱き合ったり、キスしたり、愛し合ったりできれば、それで」とんでもないことを口走っている割には、はたから見たカイトは冷静そうだった。ケツの穴だって? そりゃやめた方が賢明だろうな……たぶんエリスは前立腺もほぼ発達してねぇ。そんなんで君に苦しい思いさせるわけにはいかねぇよ――。

 「じゃ、じゃあ……」エリスが恥ずかしそうに顔を伏せ、上目遣いでカイトを見たまま告げる。「今から部屋に……行く?」その場にいた六人の生徒たちの心は、嵐のなかの荒波がごとく掻き乱れ、ざわついた。ざわ…ざわ…ざわ……。

 「いっ……」行け、イケ、逝け! カイトのなかで心の声がそう叫んでいた。人生、与えられるチャンスは決して多くはない。目の前に迫ったチャンスをみすみす見過ごして捨て去るなんざバカの所業だ! さぁ行っちまえや! ほらイケッ! 逝けぇぇぇぇぇぇカイトォォォォォォォ!!!!

 「い……」彼は決死の覚悟で、このチケットを手放す決断をした。「言ったろ? 俺は『愛し合いたい』ってよ。もちセックスはしたいけどさ、それは君が俺のプロポーズを受けてくれた後に取っておくよ。君が俺を愛してくれてるって、確信できるときが来るまでさ」カイトは自分でも驚いていた。この期に及んで自分が、こんなにも他者を思いやっていることに……。ちくしょう俺……エリスのこと本気で……。

 周りで聞き耳を立てていた生徒たちは、各々が涙ぐみながら、あくまで格好だけ読書を装うために、手元の本のページをパラっと捲った。カイト、なんて『勇敢な男』だ……お前こそ男のなかの男! 唯一、全く事態を飲み込めていない女性スタッフは、そんな彼らの様子を見ながら愛おしげに目を細める。まぁまぁ、みんなして涙ぐんじゃって、よほど感動的な小説を読んでいるのね――あの子は……カズオ・イシグロの『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』ね? ふふっ素敵っ!

 そしてあの子が……エミリー・ブロンテの『嵐が丘(Wuthering Heights)』? まぁすごい! あの本で泣けるなんて大人ねぇ~。それであっちの子は……ロアルド・ダールの「奇才ヘンリー・シュガーの物語」!? な、泣ける本かしら……? まぁいいわ。それからそっちの子は……し、『シャーロック・ホームズ』!? いったい、どこで泣くって言うの――ってちょっと待って、あの子『英語辞典』で泣いてるの!?

 そんな図書室のカオスなど露知らず、エリスはカイトの心遣いに感謝している。「分かった。カイトはすごく優しいんだね? 僕ちゃんと君と向き合って、最後に正直な気持ちをお返事するね?」これにはとうとうカイトすらも涙ぐんでしまう。あぁエエ子すぐる……俺のド直球を真正面から打ち返そうとしてくれるのか君は……。

 そんなカイトに、司書さんはさらに度肝抜かれる。もう勘弁して! あの子は性教育の本で泣いてるって言うの!? 感性が豊すぎるなんてもんじゃないわよっ!? 私の従妹なんか、我が子のエコー写真を見てもあんなに泣いてなかったわよ!?

 男泣きを拭ったカイトが応える。「お、おうよっ! 俺、ぜってぇ君に好きになってもらえるよう頑張っから!」俺が君を三振させてゲームセットか、君が逆転サヨナラのグランドスラムを決めるのか、勝負だぜエリス――。

 その日、図書室はいつになく温かい空気に包まれていた。


<エリスのサマー旅行記⑯ テムバの告白>

 エリス、エリス! どこにいるんだ! テムバはまだ学校内を奔走していた。あれから目ぼしいところは当たったのに、二人の姿がどこにもない。まさかもうカイトの毒牙に掛かって……いや、諦めるな。今まさに彼が助けを求めているかもしれないんだ! おぉ神よ、どうか彼を救ってください! エリス――。

 「ガタンッ!」図書室の扉を開いたテムバの目に、仲睦まじく読書しているエリスとカイトの二人が映った。あぁよかった……彼は無事だ。よりによってこんな、一番あり得ないと思っていたところにいるなんて……。息を整えながら彼らのもとへ歩いていく。

 「あっ、テムバ!」エリスが気づいて声を掛ける。「ねぇ見てみて、今赤ちゃんがどうやってできるのかのお勉強してたんだけど、性別とか遺伝的な個性って、受精した瞬間に決まるんだって!」テムバは黙ったままだ。「それでね、性染色体がXXだったら女性になって、XYだったら男性になるの。でもそれだけじゃなくって、染色体数が一本多いXXYやXYY、XXXなんかもあって、逆に一本少ないXだけって人もいるみたい。僕は無精巣症の男の子だから、XXYの『クラインフェルター症候群』なんじゃないかって――」

 「バタンッ!」テムバが乱暴に本を閉じる。エリスは彼の行動が理解できず、ただ「テムバ……?」と不安そうに機嫌をうかがうことしかできない。テムバ、もしかして怒ってる? どうして――。

 「何でこんなところで、こんな本読んでるの?」声色こそ弱かったが、そのテムバのセリフは節々から怒りの感情が聞いて取れた。「まさかとは思うけど、『セックス』についてご教授してもらってたとか?」エリスは立つ瀬なさそうに俯く。「黙ってるってことは図星なんだ? オッケー、それだけ分かれば――」テムバは隣のカイトの胸ぐらを掴んで持ち上げると、彼を窓際の壁に押し付けて拳を振りかざす――とっさに臨戦態勢に入るカイト。オーライッ、俺とヤろうってんだなテメェェェェ!

 「そこまでよっ!」当然スタッフの女性がそれを制す。「それ以上続けるなら、二人ともタダじゃすまないから」彼女は内線電話を構えながら『上の人間に報告するぞ』と脅しを掛ける。「強制帰国になりたくなかったら、大人しく解散しなさい」周りの生徒たちも戦々恐々と、彼らの様子をうかがっている。テムバは事態を重く見たのか、カイトを放して歩き去ろうとする。これ以上ヤったらエリスにも迷惑が掛かるか――。

 「テムバ、カイトは君が思っているような悪い子じゃないよ! このお勉強も、僕のことを思ってしてくれたんだ!」エリスが訴えかけるも、テムバは去る足を止めない。彼を止めたのは次のカイトの言葉だった。

 「はは~ん、テメェもエリスに『ホ』の字の口か? そりゃそうだよな、こんだけ可愛いんだもんな? どんだけ顕在意識で否定しようとも、潜在意識が叫ぶよな? 『この子を手放すな』ってさ? でもいいのか? テメェのそのネックレス、十字架にキリストの磔刑像クルシフィックス……さてはテメェ、ローマ・カトリック教会に仕えるクリスチャンだろ?」テムバは怒りに震えながら、胸のネックレスをシャツの内に隠す。校内を走り回っていたうちに、いつの間にか外に出てしまっていたのだ。

 「確か同性愛は禁忌だよなぁ? あそれともぉ? 『ただいま絶賛、信仰が揺らいでまチュー』ってか?」スタッフはこの危険信号が点滅しっぱなしの状況に、もはや電話を掛けて目上のスタッフを呼び寄せている。

 「俺の心は……常に神とともにある……神の導きに従う」絞り出したような声でテムバが反論する。「俺は君たちが間違いを犯すのを止めに――」

 「勝手に信念押し付けてんじゃねぇ! 恋愛競争から降りてんなら、ちゃんと引っ込んでろやっ!」カイトのブチギレように、エリスは「カイトォ、もういいから、お願いやめて……」と泣いて縋りつくしかない。テムバはそんなエリスを見ながら、何とか胸の十字架を握りしめて、心が怒りに覆い尽くされるのを阻止する。カイトォォォォォォ! あとひと言でもほざいてみろ! お前の顔面に一発ブチ込んでやるからなぁぁぁ!

 「最終警告よ! 今すぐに解散しないなら、あなたたち二人ともペナルティ決定よ!」スタッフが受話器を置いて通告する。テムバは死に物狂いで理性を繋ぎ留め、踵を返して歩き出す。が、カイトは最後の追い打ちを掛けて、敵にトリガーを引かせようとする。それこそが彼の目的だった。先に手を出させて、テムバを厄介払いしようという魂胆だったのだ。

 「間違ってないぜ、テメェの読み。俺、エリスとセックスしたいと思ってる」これには足を止めざるを得ないテムバ。は? あいつ何言って――。「今日するつもりだった。一発決めてやろうって……エリスのこと、グチャグチャにしてやろうって――」もはやテムバを止める枷はなかった。カイトに向かって猛進する彼――カイトはエリスを後ろに突き飛ばしてから、テムバからの痛烈なパンチを顔面で受ける! あったー、クソ重めぇなぁ……けどこれで、俺の『正当防衛タイム』が発動だぜ!

 激しい喧嘩が始まった。グローブも審判もルールもない格闘技が繰り広げられる。互いの強烈な一撃は、ただひたすらに相手の捻じ伏せ、KOするためだけに放たれていた。テメェはお終ぇだテムバァァァァァ!

 「おい何してる!」大人の男性スタッフ二人が入ってきた。「ほらっお前たち、やめなさいっ!」それぞれがカイトとテムバを抑え込む。テムバはこめかみに、カイトは下顎のところに攻撃を受けて出血していた。激しい興奮状態の彼らを見ながら、エリスはただ床に崩れ落ちて、涙を流すことしかできない。ウソ……どうして、こんなことに……。

 「さぁ立つんだ。お前たち、重い処分も覚悟しておけよ」立たされて、事情聴取に向かわされる二人。彼らを追うエリス。「待ってください! 僕も行きます! 僕も悪いんです」スタッフたちは困ったように足を止めるも、テムバがエリスを押し返してひと言、こう告げる。

 「ごめんエリス……俺、君のことが好きだ。好きだから守りたかった……」彼の告白に、エリスは戸惑いを隠せない。え? 好きって何? もしかしてカイトと同じ? 僕と結婚したいの? それとも……せ、セックスしたいってこと? 分からないよ――。「今まで黙っててごめん……好きになって、ごめん……」そしてスタッフたちに連れていかれる二人。テムバは図書室を出る際、出口の傍で物言いたげに佇むニコラを発見したが、彼らが口を利くことはなかった。

 残されたエリスは、強い動悸に襲われていた。頭がクラクラして、立っているのもやっとの状態だった。分からない……テムバはどうして謝るの? 人を好きになるっていけないことなの? カイトもカイトだよ! 何であんな嘘を……僕、分かんないよ――。彼の意識はそこで途絶えた。

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