第四話:鳴き声
私のお婆ちゃんは、山間部にある田舎の村で育ちました。
周りは田んぼや畑ばかりで、現代の都会にあるような娯楽や施設などは何もなく、近くの神社で近隣の友達たちとかくれんぼをしたり、川原で水浴びやザリガニを捕ったりして遊びながら毎日を過ごしていたそうです。
そんなある日、季節は三月……初春だったと言っていました。
お婆ちゃんが小学五年生の夏休みに、家で飼っていた猫が子供を産んだそうです。
猫は人間とは違い、一度に多くの赤ちゃんを産みますから、お婆ちゃんの両親は「さすがにこんなには面倒みきれん」と、近所の家々に声をかけて回り、仔猫の里親を探しました。
しかし、引き取りを申し出てくれたのはお婆ちゃんと仲の良い友達が住んでいる一軒だけで、他の仔猫たちは貰い手が見つからなかったそうです。
当時は、普通のことだったとお婆ちゃんは言いましたが、昔は生まれた犬猫の赤ちゃんは、育てるには手間がかかるからとよく川へ捨てられていたらしく、このとき生まれた仔猫たちも、両親の一存で川原へ投げられることになってしまったのです。
籠に仔猫たちを入れ、それをお父さんに捨ててくるよう言いつけられたお婆ちゃんは、逆らうこともできないまま村の外れにある河原へ持っていきました。
それでも、やはり生き物を捨てるというのはどうしても嫌で、お婆ちゃんは暫くの間仔猫たちを撫でながら「飼えなくてごめんね」と謝っていたそうです。
そうしてぐずぐずしている間に日が暮れ始め、さすがにもう家に戻らないと親たちに叱られると、お婆ちゃんは名残惜しい気持ちを引きずりつつも仔猫たちへ別れを告げて家路へとつきました。
日が沈みだすと暗くなるのもあっという間で、家に帰り着くより先に辺りは夕闇に包まれだし、お婆ちゃんは心細くなりながらも家に向かって歩いていると、突然背後から微かに猫の声が聞こえてきた気がして、ハッとしながら振り向きました。
と言うのも、捨ててきた猫が付いてきたのではと思ったらしいのですが、薄暗い道をよぉく目を凝らして見てみても、どこにも猫も姿は見当たらない。
おかしいなぁ、気のせいだったのかなぁ。
そう思い首を傾げながら、お婆ちゃんはまた前へ向き直ると、家に向かい歩きだします。
辺りには木々が密集している細い道で、微かに吹き抜ける風が枝葉をざわざわと揺らし、小さな子供が暗くなってから一人で通るにはかなり勇気のいる場所だったらしいのですが、早くそこを抜けてしまおうと速足になって歩いていると、また背後でニャア……と猫の鳴き声が聞こえました。
やっぱり、猫がいる。付いてきてるんだ。
このまま家まで付いてこられては、自分が親に叱られてしまうかもしれない。
そう思ったお婆ちゃんは、これは困ったなぁと思いつつも今更また仔猫を連れて河原まで戻るのも恐いと考え、意を決したように前を向くと、そのまま全力で駆けだしてしまいました。
走って行けば、追いついてはこないだろう。
そう思いながら必死に足を動かし、ようやく木々に囲まれた不気味な道を抜けた正にその瞬間。
ニャアァァァ!! っと、今度は異様に大きな鳴き声がすぐ後ろから響いてきて、お婆ちゃんは心臓を跳ねさせながら再び後ろを振り返りました。
そこには、たった今自分が抜け出した木々に覆われた暗い小道が、まるで闇のトンネルのようになってポッカリと黒い空間を作り上げていました。
その闇の中を、ジッと目を凝らし見つめていたお婆ちゃんは、本能的に何か嫌な予感がして身がすくんでしまい、足を動かすことができなかったそうです。
今の大きな鳴き声は、仔猫なんかじゃない。あんな大きな猫の鳴き声なんて聞いたことない。
ドキドキと心臓を鳴らしながら闇を凝視していると、不意に真っ暗なその道の奥で何かが動いたような気がして、お婆ちゃんが息を飲んだそのとき。
闇の中からぬぅ……っと大人の背丈よりも巨大な猫の顔だけが浮き出てくると、お婆ちゃんを見下ろしながら、低く不気味な声でニャア……と鳴きました。
その瞬間、お婆ちゃんは金縛りが解けたかのように悲鳴をあげ、無我夢中で家まで駆け戻ったそうです。
帰り着いてすぐ、巨大な猫のことを両親に話しましたが、当然と言うべきか信じてはもらえず、帰りが遅くなったことをただ叱られてしまっただけで、結局後にも先にもその巨大猫を見たのはお婆ちゃんだけ。
当時はただただ恐くて、猫の祟りではないかと思っていたらしいですが、大人になってから改めて思い返してみると、あれは簡単に生き物を捨てる人間たちへ、お灸を据えるために現れた猫の神様か妖怪の仕業だったんじゃないか。
……お婆ちゃん、そんなことを言っていましたね。