第一話:海にいた影
僕が小学六年のときに体験した話なんだけどさ、ちょっと暇潰しにでも聞いてよ。
僕の家は、毎年夏休みになると千葉の海沿いにある従兄弟の家に一週間くらい泊まりに行くのが恒例行事みたいになってたんだ。
海までは本当にすぐの距離で、歩いても五分かからないくらいの場所でね。
日中は三人で海水浴したり、砂浜でスイカ割りしたり、大人たちが一緒のときはバーベキューなんかもやったりして、まさに夏の思い出作りの見本みたいな感じで、めちゃくちゃ楽しかったんだ。
それでね、小六の夏休みも従兄弟の家に泊まりに行ったんだけど、いつもなら七月の終わりくらいに泊まりに行ってたのに、その年だけは親父の仕事の都合でちょうどお盆の時期にぶつかっちゃったんだ。
まぁ、僕としては遊びにさえ行けるなら日にちなんてずれても全然気にはしなかったんだけどさ。
従兄弟の家に着いていつも通り挨拶して、僕たち子供はすぐ遊びに夢中になって、騒ぎながら過ごしてたんだけど、確か三日目の夜だったかな。
海に行って花火をやろうって話になって、先に僕だけが砂浜へ向かったんだ。
自分の家にいたら、海で花火なんてできないしさ。浮かれてたんだよね。
それで一人で海に行って、従兄弟たちが来るのを待ってたんだ。
確か……九時半は過ぎてたかな。大体それくらいの時間帯で、海辺には他に誰の姿もなくて僕一人の貸し切りみたいな気分になってさ、余計テンションが上がって一人砂浜走ったりなんかしながらはしゃいでたりしたんだ。
空は晴れてて、しかも満月が近かったから月明かりが幻想的に綺麗でさ、夢の中にいるような気分だったよ。
……“あれ”を見ちゃう瞬間までは。
従兄弟たちを待ちながら一人で遊んでるときに、何気なく海の方を見たんだ。
そしたら、いつの間にか海の中に人が立ってるのに気がついて、あれ? って思ったわけ。
さっきまでは確かに自分一人しかいなかったはずなのに、どうしてあんな所に人がいるんだろうって。
夜に海水浴なんて危なくないのかなとか、ひょっとしたら僕が確認したときはたまたま潜ってて気づかなかっただけかもしれないなとか。
だけど、すぐにそうじゃないって気づいたんだ。
その人影さ、海の中にこう……立ってるような感じで垂直に浮かんでたんだけど、普通その状態から動くには普通に泳ぐか足で漕ぐような動きをしなきゃまともに移動なんてできないだろ?
仮に足がつくくらいの水深だったとしても、水中を歩くわけだから身体は左右に揺れたりするじゃん?
でもそいつ、そういったモーションが一切なかったんだよ。
まるで真っ黒い立体映像をそのままスライドさせたみたいな滑らかな動きで、スー……ッて僕のいる方向に近づいてきたもんだから、もう一瞬にして恐くなってさ。
逃げようと思って慌てて走りだしたんだけど、その途中で振り向いたらそいつ、砂浜の上も同じように移動してて……しかも、下半身がなかったんだ。
腹から上の上半身だけしかない影が、棒立ち状態の姿勢で迫って来てて。
しかも僕よりも全然速いし、マジで追いつかれるってパニックになりかけた瞬間に、すぐ近くから従兄弟の声が聞こえてきて懐中電灯の明かりが見えたから、僕も即座に大声で助け求めてさ。
それで、叫びながらもう一度後ろを振り向いたら……その影みたいなやつ、どこにもいなくなってた。
砂浜だから、障害物もないし隠れたりなんてできない場所なんだよ。
でも、どこ見ても何もいなくてさ。すぐ従兄弟たちと合流して、自分が見た影のことを説明したんだけど、二人とも全然信じてくれなかったんだよね。
さすがにもう薄気味悪過ぎて、僕だけ花火には混ざらないで家に帰ったけど、あの日ってお盆だったわけだしさ……やっぱり死んだ人が戻ってきてたとか、そういうことだったのかな?
そんな経験をしたせいで、僕、今でも夜の海は恐くて近づけないんだよ。




