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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
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第五話:カーナビ案内

「――ねぇ、ちょっと聞いてほしい話があるんだけどさ」


 夕食を終え、リビングでスマホをいじりながらテレビを見ていた俺の横に、飲みかけのジュースを持った姉が座り込んできた。


 明日までに仕事の資料をまとめないといけないとかで、父親は自室へ戻りパソコンを叩いている最中で、母親は台所で食器を洗う音を響かせている。


「ん? 何の話?」


 いきなり何だろうと疑問符を浮かべながら姉を見ると、困っているようなでもどこか得意気なようにも窺える表情で、俺を見つめ返してくる。


「あのさ、あたし昨日の夜に彼氏とドライブに行ってたじゃない? その時に、実はおかしな体験しちゃったんだよね。……聞きたいでしょ?」


「恐い話?」


「そう。結構恐かったよ」


 怪談自体は嫌いでもないため、俺は僅かに姿勢を正してスマホを太ももの上へ置き、姉の方へ上体を捻るようにして向けた。


 そんな俺を見て、話を聞くことを肯定したと感じ取ったらしい姉は、ジュースを一口喉へ流し込むと、テレビ画面へ視線を逸らしながら、体験したという内容を語りだした。


「あのね、昨日は彼氏と夕飯食べて、それからちょっとドライブをしてから帰ろうってことになったの。で、それなら綺麗な夜景が見たいってお願いしたら、山の上にちょうど良いスポットを知ってるって言うから、そこへ向かったんだ。少し遠いけど、県境にある峠道で、その頂上付近から町並みが一望できる場所があるの。実際に見たけど、本当に綺麗だったよ」


「へぇ……。それで?」


 確か、前にそんな話を誰かから聞いた記憶がある。


 さすがに東京タワーやスカイツリーから眺める景色には敵わないだろうが、この辺りではそこそこ有名なデートスポットになっているらしい場所が県境にあるらしく、姉が訪れたのもたぶんそこだろう。


 だが、俺が聞きたいのはそんな姉弟きょうだいののろけ話ではなく怪談とやらの方だ。


 話を先へと促すと、姉は「それでね……」と続きを話しだした。


「夜景を見終わって、それじゃあ帰ろうかってことになって車に乗り込んだんだけど、走り始めてすぐに触ってもいないのにカーナビが勝手に動き始めて……この先二百メートル先を右です、みたいなこと喋ってさ、あたしも彼もビックリして」


 その時のことを思い返してか、姉の視線がテレビから自分の足元へと落ちた。


「故障かななんて言いながら、そのまま走ってたら、少ししてまた、この先百メートル先を右ですって、案内してきて。彼氏がこいつどこに案内する気でいるんだって笑いながら言ってたんだけど……本当に、カーナビが言った場所に右折できる道があったんだよね。細い道で、あからさまに山の奥にしか繋がってないような真っ暗い所で、彼はふざけて行ってみるか? なんて言ってきたけど、恐いからあたしは嫌だって断って、そのまま無視して通り過ぎたの。そしたらその途端、目的地を通り過ぎました、Uターンしてくださいみたいなことカーナビが言いだして。それも、連続して何回も何回もだよ? さすがに不気味になって、彼も黙り込んじゃって。……その後、峠道から出た途端、ピタっとカーナビが止まったの。それまでは壊れたみたいにうるさかったのに」


 俺の相槌あいづちを確認することもなく、まるで独り言を喋るように話す姉は、そこで一度言葉を切り、おもむろに自分のスマホを取り出した。


「それでね、どうしても気になってたからあたしさっき調べてみたんだ。あの峠道付近で、幽霊の噂とか過去に事件が起きたりとかしたことはないかって。そしたら、見つけちゃった。カーナビが案内しようとしてた道のずっと先で、二年くらい前に男の人が首吊りして死んでたのが発見されてたって」


 姉の視線は、ジッとスマホの黒い画面を見つめたまま動かない。


「もし昨日、彼のおふざけに付き合ってあの道に入り込んでたら、あたし今頃ここにいられたのかな? そんなこと考えたら、一気に恐くなって。黙って一人で抱え込んでられなくなったんだよね」


 だから、あんたに聞いてもらおうと思ってさ。




 その姉の話が真実か嘘かも、真実だとしてそれが本当に霊的な現象であったのかも、未だ俺にはわからないけれど、不安そうに強張る姉の横顔だけは、今でもはっきりと思い出すことができる。

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