バレたくない
「ーーちゃん。なんで泣いてるの?」
ーーーあれ? だれだろう。
「ーーが、いじめちゃダメなんだよ」
ーーー顔が見えない。
「やくそく!」
ーーーそうだ。私は、誰かと約束してる。
♢
ーーピピピピッ ピピピピッ
いつまで経っても寝起きにはキツい目覚まし時計の音に、目を擦りながら手を伸ばす。
「ーー懐かしい夢を見ていたような」
ゆっくりとベットから起き上がり、見ていた夢を思い出そうとする。
が、起きたらさっぱり忘れてしまった。諦めて学校へ行く準備を終わらせる。
昨日は人生初のデートを体験できた。純也先輩はプライベートでも完璧な人で、デートにも小慣れてる気がしたが、先輩も私と同じ初めてのデートだったらしい。
♢
教室に入り自分の席へと座ると、バタバタと音を立てて凛と美月が私のところへとやってきた。
「小夏、先輩とデートしてる所見たよ〜!」
凛がニヤニヤしながら詰め寄る。美月も凛から話を聞いていたのか同じようにニヤニヤしていた。
凛も彼氏と水族館でデート中だったらしく、帰る時に私達が入るのを見かけたらしい。
「声かければ良かったのに」
友達に見られていたなんて恥ずかしい気もするが、遠くで見られるよりずっと良い。
「だって、私が入る雰囲気じゃなかったもの〜」
凛は両手でほっぺたを抑え上を見上げている。昨日の私達を想像しながら体をクネクネさせるその姿を見て、私は引き気味に苦笑いをした。
「雰囲気ってどういう雰囲気よ」
「え〜? 幸せそ〜な雰囲気だった!」
凛は私の質問に一瞬考えるがすぐさま目を輝かせた。私はその言葉に安心したのか思わず小さく呟いた。
「私……ちゃんと幸せな顔してたんだ」
「ーーえ? なんか言った?」
凛にキョトンとした顔をされ、私はすぐさま笑って誤魔化す。
「ーーいや! なんでもない」
凛は首を傾げるが、聞いてほしい次の話題を思い出したのか、すぐに話を変えた。
「ーーそれよりさ、元不良の石井龍生いるじゃない? 密かに人気ブームきてるらしいよ!」
「先輩ぐらいつけなよ〜」
本人が居ないからか呼び捨てにする生意気な凛に、美月が笑ってツッコむ。
「金髪の時もカッコよかったけど中々近づける存在じゃなかったじゃん? でもイメチェンして、毎日学校来て、いつでも近づける存在になったからすれ違いざまにとか、軽く話しかけたりして自分が運命の相手か確認してるらしいよ」
美月もその噂に納得した顔をしていた。
「一番人気の純也先輩は小夏の物だもんね〜 次にイケメンの石井龍生先輩をみんな狙っちゃうよ〜」
二人は笑い合って噂話を話すが、私は動揺して会話に入ることができなかった。
すると、凛は私の真っ白な顔に気づき心配した顔をする。
「どうしたの? 小夏。顔色悪いよ?」
「ーーへ? あ、大丈夫」
顔を青ざめたまま、口角だけを上にあげ誤魔化すが流石に誤魔化しきれていない私に、二人は戸惑いながらもう一度声をかけようとすると、突然嬉しそうに私を呼ぶ声が聞こえ、その声の方向に振り向いた。
「ーー小夏! 今日お昼一緒に食べね〜?」
「龍生さん? なんで……」
龍生さんは穏やかな顔で、教室のドアに軽くもたれながら腕を組んでいた。驚きで目を丸くして思わず立ち上がるが、すぐにハッとして美月と凛の方へと振り向くと、二人も驚きの目をしていた。
冷や汗がでた私は龍生さんを勢いよく連れ出し、誰もいない教室へと引っ張った。
♢
誰もいない教室へと入るや否や、引っ張っていた手を解き龍生さんの方へと振り向いた。
「ーーなんで来たんですか! 私は純也先輩の運命の相手として話してあるんです。龍生さんが来たら誤解されるじゃないですか!」
私は無意識に怒りがこもった声を上げていた。
「誤解じゃねー。俺もお前の運命の相手だ。会いに来て何が悪い」
私とは対照的に龍生さんの声は落ち着いており、その落ち着きにも腹が立つ。
「ーーそうですけど! でも、運命の相手が二人いるなんて知られたら!」
私の焦りを分かってくれるよう必死に伝えるが、龍生さんは眉をひそめる。眼鏡の奥に見える目が少し怖かった。
「じゃあ、あいつじゃなくて俺を選べよ。俺はもう不良をやめた。断る理由ないだろ? ーーまさか、純也が好きなのか?」
段々と迫ってくる龍生さんに、私の足は教卓の所まで後退りをした。龍生さんに対するさっきの勢いは折れ、声の力は無くなった。
「そりゃ……運命の相手ですし」
「それは俺だって同じだ。それを抜きにあいつが好きなのかって聞いてんだ」
龍生さんも同じなのは分かっているが、先に付き合ったのは純也先輩だ。その事に私の不満は一切ない。
「もう私は十分なんです。だから関わるのは辞めて下さい!」
これで最後だと真っ直ぐ目を見て突き放した。
教壇を降りて横を通り過ぎようとするが、龍生さんはそれを許そうとしなかった。
「ムリだ」
「なんで…」
何度説明しても分かってくれない龍生さんに怒りを込め振り向くと、息が止まるほどギュッと抱きしめられた。その強さに色んな感情が込められている気がして、私の身体は固まってしまった。
鍛えられた体と腕に包み込まれながら、耳元の近くで龍生さんの静かな息が聞こえてくる。
「ーー俺はお前が好きだ。手放す理由がわかんねー」
どこか切なそうな声色に私の心は一瞬揺れてしまう。でもすぐに純也先輩の顔が浮かび、抱きつかれていた腕を力一杯離した。
だが、抱きしめられた感触が私の体に強く残され、目を合わすことが出来なかった。
「ーーとにかく! もう、むやみに話しかけるのはやめて下さい」
あの場にいたら私の心はまた揺らされてしまう気がして、逃げ出すように教室を出た。
ーーそして、私の勘は残念ながら当たってしまうのだ。