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運命の赤い糸  作者: 高美
番外編〜十郎の場合〜
22/23

長い時を経て

⚠︎BL(ボーイズラブ)です!!


番外編として十郎×吉郎のストーリーです!


 日曜日の朝、茶ノ屋十郎が朝食の準備をしていると、旦那様ーー前堂吉郎の部屋から大声が聞こえてきた。


「な、なんだこれはー!!」


 普段、朝から大声を上げる事がない吉郎に、十郎はすぐさま手を止めて声の聞こえた部屋へと急いだ。


「どうしたんですか!? 旦那様!」


 ノックもせず勢いよく襖を開けると、驚いている顔をしている吉郎と鏡越しで目が合った。

 

 鏡の前で着替えていた途中だったらしく、寝巻きにしている紺色のシンプルな着物が吉郎の下半身だけ身を包んでいた。


 四十歳にしては綺麗な腹筋をしている吉郎の上半身にすぐさま目を逸らすと、吉郎はそのままの格好で十郎に近づいた。


「十郎見てくれ! あ、赤い糸がーー」


「あっ……」


 吉郎は左手にある赤い糸を見せつけると、急に口を閉ざし目線が下に下がる。

 そして、その意味に気づいた十郎は慌てて左手を後ろに隠した。


「どういう事だ。何故俺は、お前の赤い糸が見えている」


「それは……」


 十郎の鼓動は早くなり冷や汗が止まらない。


「ずっと黙っていたのか? 答えろ、十郎」


吉郎は普段より低い声を出し追い詰めるように問いただす。


 鋭い目線に耐え切れるはずもない十郎は頭を下げ目をギュッと瞑った。


「申し訳ありません。言わない方が良いと思い、ずっと黙っておりました」


 少し震えている十郎の声に吉郎は大きなため息を吐き、頭を下げたままの肩に手を置いた。


「……少し一人にしてくれ」


「……かしこまりました」


 背中を向けて途中だった着替えを再開する吉郎に聞こえるか聞こえないかの声で返事をし、ゆっくりと襖を閉めた。


「どうしたもんか…」


背中越しに襖の閉めた音を聞いた吉郎は、また着替えに手を止めて左手にある赤い糸を困ったように見つめた。




ーーーーーー




 十郎の手は震えていた。主に左手が震えている。

途中だった朝食作りを何とか終わらせるが、エプロンはまだ脱がず、まだ早い昼食の準備に取り掛かった。


  無心に作り続けて昼食の準備が終わった十郎は、吉郎の部屋の前に立ち止まりノックをして襖を開けずに口を開いた。

 

「旦那様…。少し用があるので出掛けて参ります。遅くなりますが、朝食と昼食の準備は出来ておりますので…」


 休日でも、吉郎に何かあった時の為に近くにいる十郎が今日はいつもとは違う行動。

 その原因が分かっている吉郎は直ぐに了解した。


「あ、ああ。分かった」


「何かありましたら、直ぐにご連絡お願い致します」


 十郎は自分の部屋へと戻り、出掛ける用の黒のジャケットに着替えた。


 仕事にも使う車へと乗り込み、完璧に一人の空間になった十郎は長いため息を吐いた。


「ーーこれからどうしたら……」


 用事があると言うのは嘘だ。用事がある日以外の休日に、旦那様である吉郎の側を初めて離れてしまった。


「旦那様に赤い糸が見える日が来るなんて思いもしなかった」


 見るのを避けていた左手にある赤い糸をジッと見つめる。

 この赤い糸は三十四年間、十郎にしか見えていない寂しい糸だった。


 でも、見えなくて良いと思っていた。

見えてしまえば、嫌われて避けられて、側に居ることさえ許されないと思っていたからだ。


 だけど今、長い時を経て、止まっていた十郎の運命の歯車が回っていく。


「私はもう、欲は捨てた筈だったんだけどな」


 亡くなった吉郎の妻ーー前堂峰子と結婚したその日から、十郎はずっと自分の気持ちを押し殺してきた。


 長い間、深い深い心の奥底へと押し殺してきた筈なのに、この事がきっかけで、抑えてきた欲が簡単に表面へと湧き上がってしまう。


「これじゃダメだ」


取り敢えず考えるのは止めて車のエンジンを掛けた。


 気持ちを落ち着かせようと無心に走り続けていると、空は段々と薄暗くなり始める。

 夕飯の準備を思い出した十郎は急いで家へと戻った。




ーーーーーー




 夕飯はまだかと怒っていそうで早足で家に入るが、十郎の予想は外れていた。

 家の中は真っ暗で、吉郎の部屋だけ明かりがついている状態だった。

 

 台所の明かりをつけると、流し台には一人分の食器が置いてあった。

 先に食べていた事に一安心するが、自分の役目を旦那様である吉郎に任せてしまった事に焦る。


 食器を洗おうとジャケットの上からエプロンを着けて洗っていく。

 洗い終わった食器を片付けようと振り向くと、険しい顔をした吉郎が腕組みをし黙って立っていた。


「ーーうわ! だ、旦那様でしたか……」


 驚いて落ちそうになった食器を慌てて持ち直す。


「うわ! とは何だ。そんなに俺と顔を合わせたくなかったか?」


 驚いた十郎にまた眉間を深めていく吉郎。怒っている原因は分かっていた。


「お声を掛けず申し訳ありません」


 いつもなら用事から戻ると先に吉郎の元へと行き一声掛けるが、今日は声を掛けることはしなかったのだ。


「……ふん。 避けるのなら勝手にしろ」


 一人にしてくれとは言ったが、朝から夜まで一人にするのはやり過ぎだと吉郎は怒っていた。

 謝っても機嫌が治る事なく、拗ねたままの吉郎は部屋に戻ろうと歩き出した。


「ま、待って下さい!」


「……腕を離せ」


 思ったより強いその手に吉郎は振り払えず十郎を睨んだ。

 だが、十郎は腕を離さず吉郎の睨んだ目を真っ直ぐと見つめた。


「避けたいのは旦那様じゃありませんか?」


「……何?」


 意味が分からない発言に吉郎は離そうと動かしていた腕を止める。


「男と…私と赤い糸が繋がっているなんて嫌でしょう?」


 二人が繋がっていると知ったということは、亡くなった妻の峰子とは運命ではなかったと証明する事にもなる。

 しかも、世話役でそれも男と繋がってるなんてショックな出来事だと十郎は思ったのだ。


「……俺はもう気にしていない。これからもいつも通りだ」


 吉郎は深く考える事は辞めたのだ。

この関係が崩れるより、自分が気にしなければ今まで通りだと考えた。

 

 だが、十郎は吉郎の答えに納得する事が出来なかった。着ていたエプロンを横の机に置き、吉郎に気づかれないよう細く息を吐いた。


「……旦那様。正直に申し上げますが、昔から今も貴方の事が好きです。そんな私と一つ屋根の下で暮らせるのですか?」


 十郎が何故納得しなかったのか。

それは、吉郎に危機感が全くないからだ。

 危機感を持ってもらう為、隠していた気持ちを告白すると、吉郎は目を見開いた。


「ーーなっ……好きなのか……?」


 吉郎は妻の葬式の日の事を思い出した。

頭の中で必死に記憶を遡っていると、急に腕が引っ張られ気付いたら十郎の顔が間近に迫っていた。


「好きじゃなくなった日など一度もありません。ーー今、貴方を押し倒すことだって出来ますよ?」


「じょ、冗談……だよな?」


 二歳年下の男に押し倒されそうになる吉郎は、慌てて体を離す。

 思ったよりも簡単に体を離す事が出来た事に驚き十郎の顔を見つめた。


「……ほら、今貴方の顔は怖がっている。赤い糸も私の気持ちも知られてしまった以上、旦那様と過ごすことは出来ません」


 やっと危機感を覚えてくれた吉郎に安心するが、やっぱり望みはないと残念に思う十郎は、その悲しさを見せまいと無表情になる。


「十郎……」


 穏やかな顔しか向けられた事のない吉郎は、冷めた顔の十郎に免疫が無く名前を呟くことしか出来なかったが、それに気付いた十郎は普段通りの表情へと戻した。


「部屋に戻ります。明日、直ぐに荷物をまとめて出て行きますのでご安心下さい」


 捲っていたジャケットの袖を戻し部屋に戻ろうと歩いた十郎を吉郎は慌てて止めた。


「し、仕事はどうするんだ?」


「それは旦那様が決める事ですよ」


 振り向かず言いまた歩みを進める。

吉郎は寂しさを含めた目で背中を眺めた。


「そ、そうか…」






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