85.迷宮都市リエンガン 3
俺の名前と出身……そこまで自惚れるつもりは無いけど、警護兵をしている人間なら、知らないわけが無い。
ここは口を閉じるか、あるいは……。
そう思っていると、ルムデスが男の前に出た。
「……失礼。ご主人が何か――?」
「主人? すると、エルフのあんたに守られるほどの人間ということか?」
「どう取っても構いませんが、主人は素性を明かすことを嫌うお方。進むにあたって必要ですか?」
「ふ、そうではない。まぁいい。呼ぶのに困ると思っただけだ。他意はない。あんたは名乗れるのか?」
「……わたくしは、ルムデス・セイクレッドと申します」
「アインだ。ガルコット境界警護長の、アイン・カルナだ。よろしく頼む!」
カルナ……?
アサレアと同じ名を持ってるのは、何か関係があるのだろうか。
それにしてもルムデスの機転は流石と言わざるを得ない。
彼女は名を隠す必要は無さそうだが、俺が主人ってどういう意味なのか。
「ええ、それで……この先の案内はあなたが?」
「おぅ! リエンガンに行くってことなら、途中まで案内をしてやろうと思ってな。そこの兄ちゃんにも伝えたが、ロードテアの人間には馴染みがある。そのよしみでそうしようと思っただけだ」
「……そうなのですか? ご主人様」
「えっ……? あ、うん」
「そうですか。それでは、あなたに一任します」
「――と言いたい所だったが、あんたらに失礼を働いたコイツらにも、護衛を兼ねてついて来てもらうことにしたぞ!」
えええっ?
護衛なんてルムデスがいれば十分だし、むしろ襲って来る方だと思うのに、この人は何を考えているのか。
『おい、ベリル! それと、ラズ! こっちに来い』
よりにもよって、ルムデスに因縁がありそうな奴を同行させるのか。
すでに舌打ちしてるように見えるし、大丈夫そうに思えない。
「え、オレは?」
「オルモはガルコットに残って、外から来る者を見張れ」
「リエンガンに何がいるんすか?」
「……厄介な奴が来ているようだからな。オルモでは分が悪いはずだ」
「それって、上からの指示っすか?」
「そういうわけだ」
よく分からないけど、魔剣士のことを言っているのだろうか。
それとも……?
単なる町民かと思っていたら、魔剣士とかに対抗出来る人間だったとか、ルムデスが警戒するわけか。
「ちっ、足手まといになんじゃねえぞ? 特にエルフ! 俺はエルフを守る義理はねえ」
「こちらも同じことを言おうと思っていました。くれぐれも、主人の邪魔をしないように……」
「え、ええ? ウチも護衛ですか~?」
「ラズは攪乱が得意だろう? それだけでいい」
「はぁ……」
よく分からないまま話が進んでいるけど、リエンガンに行く途中までは、ついて来てくれるということのようだ。
俺はともかく、ルムデスが傷つくようなことは避けねば。
「よし、ルムデスと精霊使いの兄ちゃんは、黙ってついて来ればいいぞ! もっとも、村を過ぎるまでは危険な目に遭うことはないだろうがな!」
「は、はぁ、どうも……」
村に行けばノワがいるはずで、その先からが迷宮都市の入り口ということになるのだろうか。
不安を感じながら、町から遠ざかろうとしていると、ルムデスが俺の傍に来て声をかけて来る。
「ライゼルさま。申し訳ございません……余計な者らを同行させることになってしまいました」
「まぁ、俺もルムデスも常に警戒して歩かなきゃいけなかっただろうし、途中まででも案内してくれるってことなら、いいんじゃないかな」
「ですが、あの者……ベリルという男は、エルフに対する何らかの怨恨が見えすぎています。とても心強い味方になるとは思えないのです」
「確かにね。でも、俺も君も負けるような相手じゃないだろうし、アインさんがいる間は大丈夫だと思うよ」
「……はい」
エルフに対する恨みとか、目に見えて傷を負っているように見えないが、気に入らないだけなのだろうか。
『おい、兄ちゃん! そうビクつかなくとも村を越えるまでは、俺らを襲う魔物なんざ寄り付かんぞ』
アインが言う通り、空間の広い洞穴は一本道になっていて迷うことも無ければ、魔物が出て来る隙間も無い。あるとすれば、明かりの無い薄暗さから来る不安感くらいだ。
先頭は警護長のアイン、ラズという女が歩いていて、ベリルという危なそうな男が少し離れて歩いている。
俺の傍にルムデスがいて、後方と前方に気を張ってくれている。
守るのはむしろ俺の方なのに、主人と言った手前なのか、ルムデスの守りはここに来る前よりも厳重だ。
後ろはガルコットの町があり、一人置いて行った男の腕を信じれば、危険な何者かが俺たちに近づいて来るようには思えない。
松明を特に必要としない程度の暗さであって、町と村へ移動するだけなら心配いらないだろう……なんて思っていた。
『ここまで来たということは、己の弱さを克服したと見える。そうだろう? ライゼル……』
う……っ?
この声はまさか……。
ルムデスは気付いていないし、前を歩くアインたちもまるで分かっていない。
微かに頭上の岩から小石が崩れ落ちている……そう思っていると、どこからか崩れるような音が響く。
『ラ、ライゼルさまっ!!』
『――なっ!? ほ、崩落……!?』




