11.クリスとクリスティーナ
アラン様が何かを放り投げたかと思うと、途端にホール内は閃光で包まれた。
フローラ様とジュリア王女がフリーになったというビックニュースに気を取られている間に、何だかとんでもない事になってきた。
突然の激しい光に目をやられて、何も見えない。どうやら、そこかしこから煙まで上がってきているようで、ホール内は瞬く間に大混乱の様相を呈した。
顔を手で覆い立ち尽くしていると、不意に手を引かれる。
「お前をこの窮地から救い出す。ついて来い」
耳元でアラン様の囁き声がした。
まだ目が良く見えないので、手を引かれるままについて行く。
あれ、屋内に居るはずなのに頬に風を感じる。
まぁ、危害は絶対に加えないと以前アラン様は言っていたので、信じて付いて行けば大丈夫だろう。
あ、少しづつ目が見える様になって来た。
眼前にはヘーゲル山が雄々しくそびえ立っている。
うん。ここホールに備え付けられたベランダだわ。そしていつの間にか、手摺の上に登らされていたわ。
「私を信じろ」
「信じられません」
ちゃんと拒絶したのに、あろう事かアラン様は俺の手を握ったまま飛び降りた。
「ぎゃあああああああ!!」
「「クリスティーナ!!」」
レオン様とマルク様が俺の名前を叫ぶ声が聞こえた。
地面との衝突を恐れて身体に力を入れるが、いつまでもその衝撃は訪れない。
そっと目を開けると、大きな鳥の形をした空を飛ぶ物体の上に立つアラン様に抱きかかえられていた。聞いた事も見た事もないが、これも換学の技術を用いた機械なのだろうか。
アラン様は俺を空飛ぶ乗り物の上に下ろすと、ベランダの手摺に乗り出しているレオン様とマルク様に向かって叫んだ。
「クリスティーナは半年前から我が家の養女に迎え入れる事が決まっている。もし求婚したいというのであれば、国境を跨ぐ婚姻になるので国王を通して正式に申し入れることだな。卒業の式典も終わった事だし、我々は一足先に失礼する」
待ってくれ。当事者のハズなのに、何一つ聞いていないのだが。
文句を言おうと口を開けたら、鳥の形の乗り物が大きく旋回してスピードを上げたので口を閉じざるを得なかった。
◇◇◇
「どういう事か説明願います。まず、今は何処に向かっているのですか?」
しばらくして状態が安定すると、俺はアラン様に抗議の声を上げた。
「とりあえず、ウェールズ伯爵領へと向かっている。お前を養女に迎える手続きについて正式にご両親と話したいからな」
「私がアラン様の養女になるなど、初めて聞いたのですが」
「まぁ、言っていなかったからな」
ジロリと睨むと、アラン様は肩を上げた。
「お前が本当にレオンとの結婚を望んでいるのであれば、手出しをするつもりはなかったのだが、そうではないのだろう?」
「それはもちろん」
力強く頷く。首飾りの呪縛から逃れた今、レオン様と結ばれる未来などお断りだ。俺は、ジュリア王女と結ばれて男の姿に戻るのだ。
「そうなると、クリスお前の戸籍情報が問題になる。ウェールズ伯爵家には、セシリアという長女とクリスという長男しか登録されていないのであろう? しかし、学園生活でお前は存在しないはずの次女クリスティーナとして名を広めてしまった」
うっ。ずっと考えない様にしていた問題にザックリと斬り込まれる。
「今後クリスティーナとして生きるのであれば、戸籍情報を男から女に上書きすれば良いだけだが、クリスとして生きていくとなると矛盾が生じる。存在していたはずのクリスティーナという人物が行方不明になってしまう」
そうなんだよな。どうしたものか。
「その問題を解決するのが、今回の養子手続きだ。私は、クリスティーナ・ウェールズを養女として迎え入れるが、クリス・ウェールズの事は知らない」
「それはつまり……」
「お前は紙の上では私の養女となるが、今まで通りウェールズ伯爵家の跡取りクリスとして平穏に暮らせば良い。もしクリスティーナに会わせろという奴が私の所に来た際には、適当にあしらってやる。そうすれば、形式上はクリスとクリスティーナという二人の人物が存在する事になる。そして、クリスティーナは養子手続きで籍を抜けたという事にすれば、多少の工作は必要になるが元の戸籍を大きくいじる事なく矛盾は解消される。お前は、二人の魂と身体から出来ているのだ。戸籍が二つになったところで間違いではあるまい」
「アラン様……」
アラン様の方を見ると、優しい眼差しでこちらを見つめている。本当にアラン様は、俺の為に最善をつくして下さったのだ。疑ってしまった事を申し訳なく思う。
「だが、あえてここでもう一つの選択肢を提案しよう」
アラン様がニヤリと笑うので、思わず身構える。
「そう身構えるな、お前にとってもいい話のはずだ。お前は、六番目の精霊について聞いた事があるか?」
「六番目の精霊? 精霊は五人ではないのですか?」
「エルンドール王国の現国王が精霊からお告げがあったらしく、人間の中に精霊の子供が居るらしい。まあ、お前の事なんだが」
「は!? 私はそんな精霊と同列視されるような大層なものではないですよ!? 確かに命を救って下さった精霊様の事は母親の様に慕っておりますが、私自身は何の力もないただの人間です。精霊の子というのは、フローラ様の事ではないのですか!?」
「だが、お前は事実としてフローラ様の起こした“クロディアの悲劇”の発動を防いだ。今や世界はお前こそを六番目の精霊だと認識していて、どの国にとってもお前は喉から手が出るほど欲しい人材となっている」
「そんな……」
「この機を利用すれば、交渉次第でジュリア王女やフローラ王女と結婚することも可能になるだろう」
な、何ですって!?
「私の養女としてクロディア王国について来るのであれば、王女と結婚しても恥ずかしくないだけの帝王学をみっちり教えるし、王女と結婚するための段取りをつける手伝いもできる」
心が最大震度でガンガン揺さぶられる。
「まぁ、どの道あの執念深そうな王子達が黙ってはいないだろうがな。あぁ、もちろんクリスティーナとして王子と結ばれるという道もお前にはあるぞ」
アラン様は、俺を見てニヤリと笑った。
「さて、我が息子はどうしたい?」
そんな事わざわざ聞かれるまでもない。
「俺は――――」
女装令息は王子を撒いて王女と結ばれたい。
《 おしまい 》
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
この後『クロディア王国の養女編』が始まりそうな終わり方ですが、今のところ続編を執筆する予定はございません。
クリスが誰と結ばれる事になるのかは、皆様のご想像にお任せいたします。
呪いの首飾りというドーピングで既成事実を作り上げた、レオン様
人類最強チートなフローラ姉様の全面バックアップを受ける、マルク様
これからドキワクな共同生活が始まるであろう、ローレン様
『三章 4.フローラ様の対価』のタイミングで、密かに恋心を取り戻している、フローラ様
クリスのイチ推しだが、漏れなくレオン様まで付いてくる、ジュリア様
ただ、途中でスキップした学園生活のエピソード等は忘れた頃にまた更新できればと思っておりますので、ご縁がありましたら、お付き合いいただければ幸いです!
連載中、何度も心が折れかけましたが読者の皆様のおかげで何とか完走することができました。
筆者にとって生まれてはじめての小説執筆で拙い文章だったとは思いますが、最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました!
それでは、また会う日まで!
2021年5月20日 あるふぁ




