最終章 熙りの天使 -THE ADVENT ANGEL-
最終章。
最初から読むと「なんだこのちゃぶ台返しは!?」って思える。
飲みこまれた先でゆっくりと瞼を開けたのは彼女であった。
薄暗い中で倒れていた彼女は、その身を静かに起こすと…目の前で佇む、彼の背中を見つけた。
そこは異次元世界であり、曾て美鈴を助けに訪れた場所でもあった。
そして、そこで考えに更けていた彼は…右手に太刀を携えて、自分の置かれた境遇を呪っていた。
「…起きたのか」
「…リヒト、貴方…さっきから変よ…。…一体、何をそこまで憎んでるのよ…?」
「…お前たちだ」
彼は彼女にそう眼差しを送った時、眼を充血させていた。
彼女はそんな彼の豹変についていけなかったのだ。今まで一緒に旅をしてきた…"仲間"として…。
「…此処は私の思い出の世界だ。…異次元世界は世界と世界の狭間なんかでは無い、私の記憶を遺すデータベースみたいな場所だ。
…レミリア。…お前が起きるまで、私は自分自身に起こった禍の全てを知った。理解した」
「…ねえ…どうしたのよ?…やっぱり変よ、リヒト!」
「…お前たち人間ども、吸血鬼ども、妖怪ども、妖精ども、天人ども…。
―――言ったらキリは無いが、私は所詮…お前たちの踏み台に過ぎなかったことを悟った。
…素晴らしい仕組みだろう…トフェニ、エニルクス…幻象、惆悵芥蔕裁判…。
…哀れなる孤児として、この世界に産み落とされた私は…真実を知れることが出来た。
―――それが例え、4000京ループ目であっても、だ。
…静かな思いを馳せたまま…私はこの世界を憎み、そして滅却せし存在であったのだ、と…」
彼は2人しかいない、静かな思い出の中でそう呟いた。
薄暗い空間に映し出されるビジョン。其処にはサラサラしている白銀の髪が特徴の男の子が映った写真が何枚も、記憶として映し出されていたのだ―――。
機械化された身体に入っている魂…"リヒト"の正体でもあった。
リグルによって精神と肉体を分離させられ、何もかもを呪う存在であった彼…。
…それも、レミリアの運命共同体によって呼び覚まされたのだ―――。
「…哀れなエニルクスよ、今ここで何を思おうか。
…結局は世界の隔て、私を弄んできた者達に今…贈り物をしようと考えていた」
その瞬間、2人を囲んでいた空間は硝子が割れるかのような華麗な音を立てて、崩壊したのだ。
…本来の異次元世界が其処に現れる。
―――そして明羅によって犠牲となった仲間たちが、レミリアの後ろに束と為って存在していたのだ。
「…み、みんな…」
しかし、仲間たちは何も喋らない。口を必死に動かしていても、何も聞こえない。
レミリアは一番前にいたパチュリーやフランの元へ手を差し伸べてみるが…やはり仲間たちは幻象となっており、向こうも手を差し伸べてきたが…結ばれることは無かった。
そして最奥で暴走を始めていたのは…彼女が最も信頼していた…彼であった。
「…私は知ったのだ。…私は作られた生命に過ぎない事を…。
―――機械化された世界こそ、本当の平和であったこと…。
…其れを知った以上、私は本当の意味を取り戻す…!
―――私が作りし幻象を全て私に集め、機械をも超える超常体に生まれ変わる…!」
「もうやめて!リヒト…貴方、私の声が聞こえないの!?」
「…黙れ!…私は全てを破壊する!…幻象を取り込み、そして私を弄んだ愚劣な生き物どもに反逆する!
―――お前と共に、エデンや摂理府に抗ったように!」
彼はレミリアを中心とした、幻想郷の住人たちを見渡すかのように両手を広げると、後ろに沢山の幻象たちが姿を見せたのだ。
…オーディン、アマテラス、バハムート、ジストルシファー、アステルウェポン…。
数え切れないほどの幻象に囲まれた彼はそれらをエネルギーとして自身に取り込もうとする。
「…どうして…どうしてリヒト!貴方をずっと…ずっと信用していたのに!」
「其れはこっちの台詞だ!…私に真実すら教えず、本当の平和を虚偽と呼んで私を騙した!」
「違うわ!…だって…そんなの知らなかったのよ…」
「…知らないことだけが全てだと語るな」
彼はそのまま幻象をエネルギーとして自身に吸収したのだ。
仲間たちの幻象はやはり出来立てであるのが不合理なのか、吸収したのは幻象召喚された幻象だけであった。
全員の畏怖の眼差しを手向けられながらも、彼は光に包まれ…孤児は産み落とされた。
―――転生だ。
…全てを呪い、自らの身を恨んだ彼は暴走の果てに…背中に白亜の翼を生やした天使と為ったのだ。
衣装はそのままに、翼だけを生やした天使は彼女の前に降り立つや、自身の太刀の先を彼女に向けた。
刀身の白銀に、彼の瞋恚や憎悪が思い浮かぶ。
「…リヒト…」
「…蜻蛉の雌を知っているか。
…口は退化して、胃の腑も空なのに…卵だけは詰まっている。…希望の示唆かも知れん。
―――だが、私は…その卵を破壊する天使に為り得た。…真なる平和を、この世界に呼び覚ます為!
…オズマ・トフェニ=エデンはもういない。…だからこそ、私が次のエデンになる!」
…彼女は気づいたのだ。
―――リグルの繰り返すループは…エデンを永遠に作っていたこと。
…要するに、リグルは4000京回も死に、エデンは4000京回も倒された。
…そして、新たな"エデン"が4000京回も生み出された事…。
―――要するに、今のリヒトは4000京1回目のエデンになるのだ。
そして、4000京2回目で無残にも倒されてしまうのだ。
そのループがリセットされ、1から戻る為の理由…それは"レミリアが彼に負けること"。
彼女の敗北は、言わば彼の死に値する。
彼を…彼女は守ってやりたかった。辛い記憶に束縛され、自身の感情を失った彼を―――。
「…リヒト…信頼してたのに…!」
「…私は全てを破壊する」
「なら…リヒトを私が止める!…そして貴方に本当の幻想郷を…貴方が見たがっていた世界の素顔を見せてやるわ!
今の貴方は…私が知ってるリヒトじゃない!」
スペルカードを片手に、彼女は戦う意思を見せた。
…本当は戦いたくない。しかし、戦わなないと彼はエデンになってしまう…。
―――今の時間がリグルの時間枢軸上にある以上、絶対に…。
「…そうか」
彼の思いは変わらなかった。
また、彼女の意思も決して変わることは無かった。
「――――――――行くわよ、リヒト!」
◆◆◆
彼女はスペルカードを天に掲げて宣言しようとするが、それを阻止すべく襲い掛かったのは彼であった。
太刀の一閃は彼女の脇腹の真横を突き抜け、彼女は狼狽してしまう。
白い羽根を落として、彼は太刀で彼女に連撃を仕掛けた。
風を斬る音が響き渡り、レミリアも即席で用意したグングニルで応戦する。
剣戟が走り、空間内に響き渡る金属音。
太刀と神槍はお互いを弾き合い、彼女は彼の攻撃を槍で跳ね返していた。
しかし、弾かれても尚その連撃は凄まじく、尚且つ連続攻撃は彼女にとって痛手でもあった。
「貴方は…自らの辛い過去を八つ当たりしているのね…」
「…私を陥れたのはお前たちだ!」
太刀はそのまま彼女を斬り裂かんとして振られる。
空気を何度も引き裂き、何度も弾き合う音が空間に木霊する。
彼女は一旦身を引こうとしても、彼の急接近に態勢の立て直しは難しいと思われた。
隙を開ければ死ぬ。そうすれば彼が次のエデンと為り、エネルギーに回帰してしまう。
「…うっ…」
彼女は何度も剣戟をグングニルで受け止めているうちに疲弊感を抱く。
追い詰められていく彼女は態勢を立て直したい気持ちであったが、それを赦さない彼がいた。
意地でも殺害しようとする天使は、その執念深さや、太刀を疲れること無く振り続ける。
―――刹那、その一瞬の隙が…仇と為った。
彼女は地面に蹲り、刀身が刺さった右肩を左手で押さえている。
地面に座り込む彼女を刺した刀を離さない彼は、そのまま柄の部分を持って、眼下の彼女を睨み据えていた。
「…此れがお前の示した答えだ。
―――人を欺き続け、人を土台にして世界に足を踏み入れた者の末路だ」
冷酷な刀身は、彼女の背中からも姿を示していた。
座り込む彼女は痛さよりも、やはり信頼していた者との対峙に涙を流していた。
赤い眼を見据えられた自分に対して、曾て仲間だった時の慈しみは消えていた。
「…煦める事は無い。…全て、お前たちの責任だ」
「…リヒト…どうして…こうなったのよ…!」
彼女は精一杯の力で自らに刺さった刀を抜き、彼を薙ぎ払った。
彼は彼女の不意の攻撃を受け、少し戸惑いを見せたものの、そのまま静かに着地した。
そして彼女も右肩から流れる血を簡易的に圧迫しながらも、スペルカードを構える。
「―――スペルカード!…神槍、スピア・ザ・グングニル!」
「…愚かな」
放たれた神槍は紅き弧を描いて、そのまま直線上の彼を貫かんとする。
しかし、太刀で呆気なく斬り捨てられてしまったのだ。
だが、彼女はそれが狙い目であった。
「…リヒト!ごめんね!」
彼女はいつの間にか、彼の後ろに回っており、そのままもう一度のグングニルを放つ。
左の首元付近に刺さったグングニルに、彼は狼狽えたがすぐに引っこ抜き、地面に投げ捨てた。
…天使の翼から流れる羽根は希望を優しく仄めかしていた。
「…悪いが…私は全てを滅ぼす!
…幻象召喚!―――『メテオ』!」
彼は左腕を掲げると、薄暗い天空から巨大な隕石群を呼び起こしたのだ。
隕石でこの世界を傷つけ、溢れ出る幻象を暴走させることで全てを飲みこませ、そして新たな世界を作ろうとしたのだ―――。
「…そんなことしたら…!」
彼女の思いは一筋の声となった。
それは彼の心に何処か刺さり、熙りの天使は狼狽を見せた。
彼女は気づかぬうちにゾディアック・システム状態になっており、巨大なグングニルの一撃を彼に放っていた―――。
…彼がその一撃を受けた瞬間、スローモーションのように時間が経った。
…それは彼女の感覚なのか。…彼はそのまま地面に倒れてしまった。
天使の姿から回帰し、元の姿を取り戻した彼。
しかし、彼がこの世界を傷つけるために召喚したメテオは依然として存在していた。
◆◆◆
「…れ、レミリア…」
「いいのよ、リヒト。…後は…私に任せるのよ!!」
迫りくる隕石群。
それに向かって―――彼女は幻象召喚をした。
「…行くわよ!…『みんな』!!!」
◆◆◆
彼に憑りついていた幻象も、仲間が変化した幻象も、それが混ざっていくうちに巨大な壁と為り、隕石を防ごうとする。
段々と隕石のスピードは落ちてきているものの、やはり完全に止めることは出来ていなかった。
とてつもなく大きな摩擦音が発生し、彼女はその思いを胸に抱いていた。
「みんな…頑張って!」
そして…隕石は大きな幻象の壁により…靄へと回帰したのだ。
…全員、助かったのだ。
◆◆◆
彼はグングニルの一撃を蒙って、その大きな傷を身体に作って倒れていた。
そんな彼の元に、傷だらけのレミリアがやって来た。
怒りを示唆しているのではない、…優しさであった。そして笑顔で…彼に右手を差し伸べたのだ。
彼は分からなかった。自らが犯した暴走を、受け入れられるはずが無かったのだ。
「…どうして私を助ける」
「…決まってるじゃない」
すると明羅によって幻象になった者達も、レミリアの周りに集まってきたのだ。
しかし彼らも恨んでいる様子を見せることは無かった。あったのは優しそうな表情だ。
そして彼女がそんな彼らの声を代表して言うかのように…呟いた。
「…貴方は私たちの仲間よ、リヒト」
―――仲間…。
犯した罪も尚、許し難いものだが、それでも彼女は"仲間"だと言ってくれた。
…おかしなものであった。彼は理解出来なかったが、それが滑稽に感じた。
腹が捻じれるほどおかしかった。同時に…自分の責任を重く感じて。
「…私は…」
「ううん、何も言わなくていいわ。…私たちにも責任はあるわ。
…ただ、これで一段落付いたのよ。…みんな…貴方を歓迎してるわ」
その瞬間…全員を取り囲んでいた異次元世界は崩れ、崖の上にいつの間にか場面は移っていた。
そして仲間たちは幻象から回帰し、元ある姿に戻ったのだ。
彼が取り込んでいた召喚獣も幻象では無く、実体として存在していた。
2人は元に戻った光景に…何処か心を打たれていた。
「…お嬢様…リヒト様…」
咲夜は2人に対して、静かに述べた。
…これ以上、何も言わなかった。…ただ、何を言いたかったのか、2人は察知した。
彼が見たがっていた、幻想的な世界が崖の上から一望できる。
青々とした森、美しい山、綺麗な草原。静かに佇む神社や里。
―――これこそが、本来の幻想郷の姿であったのだ、と…。
「…リヒト。…貴方を迎えるわ。
―――これからも、スカーレット家の一員でいてね」
「…ありがとう」
彼の純粋な思いは、その口で静かに伝えられた。
仲間たちはそんな2人の光景に、何処か感動しながらも、やはり期待も寄せていた。
2人を祝福する幻想は、何者も心を奪われる景色であった。
世界は…そんな2人を祝福していた。
エピローグは超ハッピーエンドで。




