37章 圧政と自由の女神
バイクは八角形を織り成す咒式降誕炉の中で最後の場所…咒番8號炉に到着する。
皚皚で描かれた線が段々と隙間を垣間見せ、そのままバイクはスピードを落とした。
アダムとイヴを除いた、最後のトフェニが御座せし神殿―――。
それを前にして、2人は何処か清々しい気分になれていた。
―――今までは強大な、畏怖を抱けし存在であった機械神…トフェニ。
しかし、本物の神は抽象的な姿であって、実際に姿を世界に露見させることは無いのだ。
平和を守ることだけが…破壊活動を行い、無理な信仰を集めることが神の一存であるわけでは無いのだ。
自由への推敲を練りし2人は、その真実に今、気づいたような達観に至っていた。
レッドカーペットが敷かれた、荘厳たる雰囲気を味わうのも、これが最後となるのか。
聖蹟を両端に、2人は先に見ゆる空間を見詰めて…。
薄暗い、煤けた電球はその中を照らす。小さな埃がその世界を自由に舞い、飾りとして置かれている甲冑と剣の置物は一種の西洋の城内を思わせる。
「…うー」
彼の横を共に歩く彼女は静かに慮っていたのか、何かの考えに更けていた。
幻想なる世界をすぐそこに広がる。が、彼は彼女の悩みを知りたかったのだ。
「…何をそんなに考えてるんだ」
「…分からないのよ。…どうしてトフェニが唐突にこの世界に現れたのか。
――――――あの憎き機械神の正体が…私には分からないの」
元あった幻想郷がどんなに素晴らしい世界なのか、彼は知った事ではないが、彼女は鑑みていた。
いつか、あの世界に帰れると信じて―――そう、彼女は何時も思っていたのだ。
彼は分からないし、彼にはどういう世界なのかすら、予想すら出来ない。
…だが、彼はそんな彼女に付き添う気持ちで、何処か一杯だった。
―――重たくは無い、その優しさは…。
「…世界を取り戻したその瞬間…何か分かるんじゃないか」
「…ふふっ、そうね。…貴方の言う通りよ」
彼女は仄かな紅を頬に浮かべ、口元に笑みを含んだ。
…黄金や白銀を希望と示唆する愚か者を倒す時が…来たのだ。
◆◆◆
「…其れは"遥かなる意思"…。
…全てを破壊するのなら、全てを理解せよ。
…全てを織り成すのなら、全てを鑑みろ。
――――――偽りの追憶に、その居場所は存在せぬ。
…お前たちは、この世界を何処から、何処へ向かわせるつもりか」
幻想的な湖から姿を露見させるは、巨大な神剣を構えし女神。
光を背景として、巨大な戦神は眼下の2人に向かって重厚を保って言い放った。
―――過去の追憶に、その居場所は存在せぬ。
トフェスヴァルキリーのその言葉は、2人の境遇に当て嵌まっていたのかも…しれない。
世界と言う概念に謀反を起こした2人の英雄。
それがトフェニからして居心地が悪かったのは事実明白であった。
「…悪いわね、私たちは全てを理解し、鑑みたつもりでいるわ」
トフェスヴァルキリーの発言を換骨奪胎した彼女は、勇ましくも言い放った。
自身のやっている行動が全て正当であること―――そう信じ切っていたのだ。
「…戯け言は止せ。…お前たちは無辜の民であるOBEY兵を葬ってきた。
――――――果たしてそれで全ての事象を鑑みたつもりか」
「…仕方ないじゃない。…私たちは…そうするしか無かったのよ」
「…お前たちの言う出来事に対し、OBEY兵の死が破片であるならば…。
…その死はOBEY兵にとっては全てであること…それが未だに分からんのか!?」
感情論を展開するトフェスヴァルキリーに、彼女は狼狽えた。
何処も間違ってはいなかった。…2人の未来を実行する為に代わりとなった死。
其れはその人にとって全てであること…。
「…じゃあ、私たちはどうしろって言うのよ!?
元々は平穏な世界に住んでいたのに…貴方たちトフェニが急に現れてから世界は変わったのよ!
…それも…最悪な方向に…!」
「…どうするか?…教えよう。
…我々に従い、そして服従を示せ。計画に失敗は存在せぬ」
遥かなる機械神は、さぞ当然かのように言い告げた。
しかし…彼女は身を震わせ、僅かばかりの涙腺を面に描き…トフェスヴァルキリーを憎んだ。
憎ましかった。間違った事実に肯定せざるを得ないこの世界を作り出した…機械神が。
何故、平和に暮らす事も許されず、突然現れた神に服従しなければならないのか?
彼女はその頭の中で、齟齬し続ける現実を見据えていた。
「…ふざけるな」
彼女の前に立ち、トフェスヴァルキリーに瞋恚を手向けたのは彼であった。
彼も分かっていた。この事象を全て根底から織り成し、我が物顔で幻想郷を支配する神々を…。
「…お前たちに服従を示すくらいなら、自害した方がマシだ。
――――――やれることは、徹底してやるまでだ。…トフェニなんか、所詮は機械仕掛けだ」
「…そうよ、リヒト。…貴方の言う通りよ!」
――――――やってやるわ。…とことん、この世界を救うまで!」
◆◆◆
「…ふざけた誤解を盾にするな」
その鋭さを伴った神剣で、2人に一撃を与えようとするトフェスヴァルキリー。
戦神の名を象っているだけあって、威力は途方もないものであった。
しかし、2人も戦いには慣れており、見極めてすぐさま攻撃を躱す。
離れた場所に避難した2人はトフェニに対して攻撃を一気に畳みかけようとする。
彼女は右手に携えたスペルカードの1枚を選び、天に掲げる。
「…スペルカード!―――神槍、スピア・ザ・グングニル!」
放たれた神槍はそのまま飛んでいくも、戦神の神剣が断ち切ってしまう。
その隙を狙い、彼は左腕に刻まれし捺印を輝かせ、声高らかに宣言した。
「…幻象召喚!―――『バハムート摂理』!」
靄と共に現れたのは、元の姿に直っていたバハムート摂理であった。
巨大な機構の翼を羽ばたかせ、その灼熱を眼下の機械神に向けて…。
「うごぁああああああああああああ!!!」
放たれた巨大な灼熱はそのまま機械神に一撃を蒙らせるも、戦神は頑強であった。
機械龍は役目を果たし、靄靄として消えていったが、トフェスヴァルキリーは顕在していた。
実際、2人の目の前で嘲笑うかの如く…動いている。
「…それがお前たちの力か!…矮小せし拳で戦うのか!」
その発言は2人を明らかに馬鹿にしてるものであった。
しかし、彼女は口元にトフェスヴァルキリーの挑発に余裕の笑みを見せ、左腕を掲げた。
「…幻象召喚!―――『アステルウェポン』!」
靄と共にその姿を変化させ、最後の兵器と化したレミリア。
目の前にいるトフェスヴァルキリーに向かって、その破壊光線をお見舞いしようとするが、飛んできたのは神剣の一撃であった。
彼女は破壊光線をキャンセルし、咄嗟に神剣をその腕で受け止めた。
幾ら最強の兵器と言えど、その一撃は大きく、彼女も何時倒れるか分からない状況に陥っていた。
「…リ…リヒト…は…やく…」
「分かった!」
彼女の途切れ途切れの声を理解し、すぐさま彼は太刀を構えた。
彼は彼女そのものであるアステルウェポンを登り、そのまま神剣の上を渡っていく。
足場が揺れるものの、すぐさま太刀でトフェスヴァルキリーの核を―――貫いた。
その奥に存在した核は、一つの鋭さによって効力を消した。
電流を迸らせる様子は、荒れ狂う稲光が暴走しているかの様であった。
トフェスヴァルキリーと言う1つの神を形成していたパーツは湖へと落ちていく。
最後に考えさせられるような発言を残して―――。
「…我々が何処へ行こうとも、全てはあの方の為。
―――リヒト。…全てを考え、鑑みることだな…アハハハハハ…」
◆◆◆
全ては終わった。
咒番8號炉に掴まっていた人は見受けられず、8角形を織り成していた神々は2人の手によって消え去った。
…しかし、まだ安穏に浸ることは出来ないのが事実であった。
まだ3体の祖神…アダムとイヴ、そしてエデンが残っている。
「…一先ずは帰りましょう。…これで摂理府の無差別の聖櫃化は防いだわ」
「…ああ」
トフェスヴァルキリーを倒したことを機に、一先ず帰還を試みた2人。
今までの戦いでボロボロに崩れ、その効果を果たさなくなった摂理府高速道路を背景に、バイクは更地を疾走する。
―――この時、何処か悪寒が彼の背筋に走っていた。
正八角形トフェニ戦がこれにて終了。




