32章 虚傍のサイレントマジョリティ
烏賊さんの正体…
レトワール・メビウスは眼下の2人に向け、電流を肥大化させた雷を落とす。
胎内へ落ち行く雷鳴は、2人に向けて―――光陰を靡かせる。
察した彼女はすぐさま身を躱し、彼も身を軽やかに躱していく。
目の前に存在する機械神を見据えながら、2人は雷鳴を背に隙を窺った。
彼は太刀を携えて雷鳴が迸る中、一気に斬りかかった。
太刀の刃を煌めく宝飾の光に反射させて…決心を胸に。
「終わりだッ!」
「…それがお前の答えか」
機械神は太刀で敢然にも立ち向かう彼に対し、巨大な機械の腕で殴りにかかる。
重厚感を持つその腕は、動かすために多くのエネルギーを用い、電流が溢れていた。
未知なる化学の一撃は、今―――彼に被られようとしたのだ。
「お前の腕も…断ち切る!…ゾディアック・システムver!」
太刀に彼の力を込め、輝きを反射させる白銀は黄金と為りて、厖大なエネルギーを蓄えた。
俗にこれが彼の覚醒であろう、ゾディアック・システム状態に変化した彼はその一閃で―――腕を断ち切った。
炎を上げて落ち行く、機構の欠片。彼は腕を一瞬の足場にして、更に飛びかかった。
傲睨を示すトフェニに…彼は太刀で一気に突き刺した。
突き刺した場所から雷鳴が迸り、精密機械を動かすパーツが損壊されていく。
最奥まで突き刺したものの、核には届かず仕舞であり、そのまま彼は降り落とされてしまった。
降り落とすために胎内に起き得た大地震。天井が崩落していき、トフェニ自身が動くこと―――滅多に無い事象を前に、彼女は怖気ざるを得なかった。
彼は揺れる世界の中、無事に彼女の元へ着地した。
怖がる彼女の左肩を優しく叩き、彼女の抱いている恐怖心を拭い取る。
「―――ありがと」
「怖がる暇を見せるなら、戦った方がいいと思うがな」
「…何よ、余裕ね」
2人は彼が刺した傷を受けてトラブル状態に陥ったレトワール・メビウスを前に、戦闘態勢を整えた。
自身の前に存在せしトフェニに最後の一撃を与うるが為―――。
…崩落していく空間。荘厳なる間は段々と姿を消しつつあった。
このままでは天井が何時崩れるかも時間の問題であろう。
「…ぐぉぉぉぉぉ…」
呻き声を上げるトフェニに決心した2人は、それぞれ太刀とスペルカードを構える。
もうトフェニは弱っている…羸弱を見せる機械の神に終焉を与えようとする2人。
―――全ては決まろうとしていた。
―――刹那の出来事であった。
「うぃ―――っす!どうも、シソーラスでーす」
現れた烏賊は荘厳で緊迫した空気を壊し、のこのこと胎内へ入ってきたのだ。
そして如何にも崩れそうなトフェニをまるで絶景かのように感銘を受けていたのだ。
「如何にも崩れそうですね…烏賊だけに」
「貴方、どうしてここへ来たのよ...」
「ゑ?えーとね。、それは…ここを爆破しろって言われてね!
―――って事でトフェニもお2人さんもおさらばだね!」
「…貴…様…どういう…ことだ…!?」
途切れ途切れの声が烏賊に向けられる。
しかし、憎たらしい烏賊は馬鹿にしたような顔を浮かべ、トフェニを嘲笑したのだ。
以前あったユーモラスな一面は消え、そこにあったのは"使命を熟すだけのエージェント"であった。
「…摂理府からの命令。…反逆者である2人と共に此処を爆破するの~。
…許してヒヤシンス☆…って事でバイバ~イ!」
事前に設置したのか、胎内は更なる崩壊を見せ、一気に崩れていく。
爆弾がどんどん誘爆を起こし、神聖なる神の御座敷も損壊が激しくなっていく。
陽気なイメージを放っていた烏賊はそれを拭い去るかのように笑っていた。
―――嘲笑か?…トフェニさえをも凌駕するような、そのけたたましい笑い声は咒式降誕炉内に響いたのは事実であった。
「…ど、どういうことだ!?」
「あの生意気な烏賊がここを爆破させたみたいね!」
彼女は崩れていく中を見渡すと、そこには捕まっていた人間たちがいた。
聖櫃化を待つだけの存在をすぐに2人は助け、全員を解放する。
その間にレトワール・メビウスは自身の崩壊と胎内の爆破が相俟って、美しき湖の中にその姿を消し、大地と一体化したのだ。
―――――――――悍ましい呻き声をあげながら。
「にゃははははは!パーペキだね、僕の作戦は!
――――――やっぱりトフェニなんて何も出来ない機械そのものなんだよ~」
「シソーラス!貴方も逃げなきゃまずいんでしょ!?」
「…2人も巻き込んで爆破するつもりだったのに…今回も駄目だったか...。
…って僕が死ぬ~!逃げなきゃ~」
◆◆◆
咒式降誕炉からは全員が脱出し、烏賊が仕掛けた爆弾がその聖域を瓦礫に変貌させた。
寂寥たる風が辺りを吹き、虚空の唄がその空間に流れる。
足をうねうね動かしていた烏賊は自分がやったことを満足げに思い、誇っていた。
それは烏賊らしさの陽気なのか、諧謔なのか…。
「僕のお陰でレトワール・メビウスはやっつけられたね!」
「…貴方、私たちを殺害するつもりでここに来たんでしょ?」
「え?…あー、表向きはそうかも。…でも裏向きだと真逆なんだよね~。
―――いや、君たちを助けようと思った訳じゃないよ?…でもトフェニは僕ちんも邪魔だなぁ~と思ったよん」
「…要するに私たちを助けに来てくれたんでしょ」
「ん~どうだろうね?…まあいいや、後は頑張れよ~ん。
―――ぬわああああああん疲れたもおおおおん…今日も着ぐるみを着るのは疲れた…」
「…ん?」
去り際に烏賊が呟いた一言が、2人の鼓膜に鮮明に震わせた。
それは今までのイメージが一転するかのような、とても気になる発言であった。
陽気やユーモアを撒き散らしながら、のんびり暮らしている、謎の"陸でも生きれる烏賊"の正体―――。
―――それが明かされようとしていたのだ。
寂寥も2人には存在しなかった。あったのは―――疑問だ。
「…おい、最後の一言はどういうことだ」
彼は心に突っかかった部分を烏賊に問い正した。
うねうね動いてその場を去ろうとする烏賊は不思議そうな顔を浮かべ、体を振り向けた。
何処へ向かうのか、充ても無い旅を始めようとする烏賊はそんな2人の様子に対して理解が出来なかった。
「ファッ!?」
「そのまんまよ。…貴方って着ぐるみなの?」
「…言いたくないなあ…」
困惑した様子を浮かべ、たじろいでいる烏賊の様子は明らかに怪しかった。
誰から見ようが、その行動はどう見ても不審を感じさせる。
2人は核心を突いた事を把握し、烏賊の正体…それを暴ける時が来たと理解した。
助け出された人間たちはそんな舞台劇を傍観している観客に過ぎなかった。
「…ったく、正体を見せる時が来たのか...」
烏賊は急に動き始め、チャックらしきものを開ける音が響く。
もぞもぞ動く烏賊の中からゆっくりと姿を現した人物―――。
「…え!?」




