30章 魔導攻殻アステルウェポン
彼女は彼を助ける為、急いで紅魔館へ向かう。
バイクのアクセルを踏み切った状態で更地を駆け抜け、奥に見える結界の中の館―――。
彼は彼女の後ろで唸り声を上げていた。…何か悪夢を見ているかのように、苦しそうにしていた。
…彼女はそんな彼が可愛そうに思えた。…それも、自分の愚かさが招いた事象であった。
「待ってなさい…!…今すぐ助けるわ…!」
彼女はバイクのハンドルをしっかりと握りしめ、水平線の向こうに存在する"生きた世界"に向かう。
紅い館。そこにいるはずの仲間に魔法で彼を元に戻してもらうため―――。
涙が風を切るバイクと共に流れゆく。
彼はぐったりしており、生気が徐々に失っていくのが醸し出すオーラで理解出来た。
―――彼女は急いだ。…アクセルを踏み切って。
◆◆◆
黒塗りのバイクはそのまま結界の中へ入り、大きな玄関付近に適当に停車させる。
彼女は彼をしっかりと背負い…と言っても彼の足は地面についていたが、必死に中へ運んだ。
バイクのエンジン音を聞きつけ、玄関に姿を現した咲夜はそんな光景に目を疑う。
「お、お嬢様!?」
「リヒトが…リヒトが動かないの…。…私を攻撃から庇ってくれたから…」
彼女は下を俯き、その出来事を全て咲夜に話した。
トフェニの一撃…それはとてつもなきエネルギーの一撃である。彼は彼女を守る為、その全てを自ら被ったのだ。
その事実を…咲夜は受け止めた。
そして静かに―――彼を代わりに背負い、レミリアの右肩を優しく叩いた。
まるで彼の受け持つ悲しみを全て背負ったレミリアへ、安堵を送るように。
「…お嬢様、1人で悲しむのはお止めください」
「…ありがとう、咲夜」
1人で悲しむのを止め、先の未来を見つめることにした彼女。
咲夜は彼をそのまま図書館まで運び、その後ろをレミリアはついていった。
館内ではエニルクスや幻象の襲撃時に備え、妖精メイドたちがせっせと働いている。
その中、沈黙を宿す2人はパチュリーの元へ向かった。
「…パチュリー様…」
咲夜の声が静かな図書館内に木霊する。当人はそんな声に気づいて、すぐにその場へ出向いた。
そこにあった彼の姿…パチュリーは一瞬だけ眼を疑った。
彼は咲夜に運ばれ、今も尚、彼女に抱きかかえられている。
静かな、傷ついた寝顔…しかし彼女は真剣そうな眼差しで見つめた。
「…これは…レミィ、貴方…一体何が起きたのよ!?」
「私を…トフェニの攻撃から庇ってくれて…」
そう彼女は静かに述べると、パチュリーはため息をついてから、何かを唱え始めた。
彼女の右手に持っていた魔導書が空中に浮き始める。
咲夜は彼を椅子に座らせ、背凭れに凭れ掛からせる。
パチュリーは魔法を唱えると、その非科学的なエネルギーは彼に向けて解き放たれた。
謎の治癒能力は彼の傷を一気に消し、まるでトフェニと戦う前のように元気な状態に回帰した。
彼は静かに…その閉じた瞼を開き、朧げに目の前のパチュリーを見据えた。
「…ここは…」
「良かった!リヒトが…リヒトが目を覚ましたわ!」
喜びの感情を心の範疇に抑えきれず、笑顔で彼に飛びかかった。
その容姿からして、幼い子が遅い帰りの親に抱きつくかのような姿に―――パチュリーと咲夜は心を和ませた。
何が起きたのか、全く分からない彼は満面の笑みを浮かべる彼女に戸惑いを見せる。
「…ど、どうしたんだレミリア」
「良かった…本当に良かった…。…助かったんだから…」
静かな思いを胸に、彼女は彼に涙を零した。
ほろりと流れ落ちる、透き通った涙。それは…彼の身体に触れた。
少しだけ涙の冷たさと共に暖かさを感じる彼。…そっと…彼女の頭を撫でる。
「…ごめんな、心配かけてな」
「…そうだよ…。…私なんかに、心配かけさせちゃって…」
彼はゆっくりと立ち上がるや否や、すぐさま外に出向こうとする。
自分が記憶を失っている間にレミリアがここまで自分を運んでくれて、処置を行ってくれた事を把握して。
「ちょ…貴方、何処へ行くのよ!?」
「…今でも奴らは聖櫃化の動きをしている。…助けに行く」
「まだ復活したばかりなのよ!?」
パチュリーは焦る彼を止めに掛かるが、彼は決心していた。
レミリアはそんな彼の後ろについていく。
「…奴らが私の傷を待ってくれる訳では無い。…世界を変えるんだろ」
「…私もリヒトが決めたなら反対しないわ。…仲間として、ね」
2人はそのまま玄関前に止めたバイクに乗って、次の無差別聖櫃化を行う咒式降誕炉へと向かう。
図書館内にうっすらと響き渡るバイクのエンジン音。
咲夜はそんなパチュリーに…何処かを見ながら静かに述べた。
「…パチュリー様、リヒト様は…大丈夫ですよ。お嬢様がいますから」
「…そうね。私も…少し考え過ぎたわ、彼には…レミィがいるもの、ね。
…逆にレミィにも…彼がいるもの、ね」
◆◆◆
バイクで更地を疾走し、水平線の向こうを目指す2人。
次なる地は咒式7號炉、そこで聖櫃化が行われるのだ。
彼は自らが掛けた迷惑を胸に、アクセルを踏み切って高速で走る。
しかし、更地を疾走するバイクの前に突如現れた紅い龍―――。
彼はすぐにブレーキを踏み、急停止させる。慣性の法則で後ろの彼女は反動が大きく、顔を彼の背に思いっきりぶつけた。
「い、痛いわ…。…何があったのよ…」
「降りろ。…どうやら新たな敵が出てきたようだ」
2人は更地に降り立つと、そこには巨大な紅い龍を象った兵器が存在していた。
両腕は縄のように曲がり、その先にあった白い鉤爪は全てを引き裂くかのように佇んでいた。
胴体に設置された巨大な銃砲。それはエネルギー全てを発射出来るようなもので、悍ましい龍型の兵器は機能を持ち揃えて2人の前に舞い降りた。
「…何よ、あれ…」
「…周りに靄が掛かっている。…幻象だ。…私たちを先に通さないつもりでいるだろう。
―――行くぞ、戦うしかない」
彼は太刀に冷酷さを帯びせ、陽の光を白銀に煌かせる。
彼女もスペルカードを片手に、立ち塞がる兵器に睨み据える。
巨体を寂寥の風に靡かせ、その紅を更地に残す幻象は両腕を曲げながら対峙した。
―――闘いの始まりだ。
◆◆◆
兵器は巨大な曲がる腕で一気に2人に向かって叩きつけて来たものの、2人は身を躱す。
ジャンプして避け切った2人はその巨体に向かって攻撃を狙う。
「行くわよ!―――スペルカード!…神槍、スピア・ザ・グングニル!」
彼女はスペルカードを掲げ、赤き槍を兵器に投げつける。
空気を裂いて、直線状に弧を描く神槍はそのまま兵器の装甲にぶつかった。
―――しかし、兵器の装甲はトフェニ並に固く、びくともしない。
「何よ、あの装甲!?」
そんな彼女に襲い掛かった左腕。
巨大な腕はそのまま彼女を潰さんと襲い掛かるが、彼は幻象召喚で防ごうとする。
「…幻象召喚!―――『イルシス・ワンダー』!」
靄と共に現れた城壁。
それは彼女に降りかかった攻撃を受け止め、その間に彼は彼女を助けた。
城壁は耐久力が切れ、靄に回帰した瞬間に更地が衝撃で隆起した。
が、2人は何とか攻撃を避けることに成功した。
「あ、ありがと…」
「礼は要らない。…早くやっつけるぞ」
彼は太刀を掲げ、再び宣言を行う。
兵器の真横まで来て、声高らかに―――。
「…これで終わらせる!…幻象召喚!―――『バハムート』!」
黒龍が飛翔しながら2人の前に姿を現すと、目の前の龍型兵器に向かって爆炎を放つ。
放たれた灼熱は兵器の元で大爆発を起こし、爆発の轟音が辺りに響き渡る。
役目を終えたバハムートは消えたものの、炎の中から姿を見せる兵器は…無傷であった。
「な、な…!?」
「バハムートの一撃が…利かない!?」
2人はその兵器の耐久力に驚かざるを得なかった。
兵器はバハムートの攻撃を受けても尚、そこに存在していた。
黒煙が燃え行く更地の上で昇っていく。その中を潜って―――兵器は2人を見下ろした。
自身の胴体に付けられた銃砲にエネルギーを充填させ、全てのエネルギーを…一気に解き放ったのだ。
まるで彼が代わりに受け止めたハイパードライブのような…。
「…あ、あ…」
「いいから逃げるぞ!」
レミリアの手を引き連れ、彼は必死に範囲外へ避難した。
その破壊光線はそのまま直線状に世界を引き裂いた。…揶揄なんかではない、事実の出来事であった。
傷跡が更地に遺される。それは忌々しき事態でもあった。
「…もう…世界を傷つけないで!
…幻象召喚!―――『ジストルシファー』!」
呼ばれた悪魔の王は目の前に佇む兵器を見据え、空中で闇のパワーを集める。
そして闇の波動砲を兵器に向けて解き放ったのだ。
「害悪な無機物は嫌いなんだよ!」
彼の声と共に放たれた闇はそのまま兵器を一閃した。
解き放たれた闇は兵器の構造を非科学的な力で抑えつけ、電流が迸った。
機能的に麻痺した紅龍は動きを止め、静かにその場に佇んでいた。炎が静かに燃える。
「じゃあ、僕はこれで帰りますね~」
役目を終えた彼はそのまま靄へ回帰し、辺りに静寂が戻る。
2人はその兵器を静かに見据えていた。
◆◆◆
閑静な空間で、2人は疲弊を見せた。
すると兵器は機械音声でそんな2人に話しかけたのだ。
―――それは主に…リヒト…彼に対してであった。
「…リヒト。…貴方はこの世界でその名前を得たのですね」
女神のような、透き通った声。それは彼に向けられたものであった。
兵器は仕組まれた音声をはっきりと伝える。…彼は不思議そうな顔をしていたが。
「…リヒト…そうだ、レミリアに名付けられた名だ」
「―――貴方はこの世界に呼ばれし、"救世主"です。…この世界の運命を、彼女と共に見届けなさい」
「お前は誰だ!?…お前は一体何者だ!?」
荒げた声を上げる彼に、機械音声は答えた。
兵器に意思はない。…あったのは寂寥である。
「…私は貴方にとって、一番身近で疎遠な者です。…貴方の行く末を見守って来ました。
…まあ、やったことはちゃんと処理してもらわないと困りますから」
「…どういうことだ!?」
「今は分からなくてもいいですよ。…只、世界の運命を救うのは今の貴方であること、それだけは伝えておきましょう。
…この兵器はこの世界が助けを他の星に求めた際に、"救世者"として得た兵器…『アステルウェポン』です。
この兵器は貴方たちの役に立つでしょう。…その名を呼べば、何時でも現れますから。
―――では、ご達者で。…リヒト、レミリア」
すると兵器はそのまま靄へ回帰し、何も無くなった。
あの兵器を何時でも幻象召喚して呼べるようになったのは嬉しいが、彼に不思議な感情が残る。
靄靄とした感情―――何処か晴れない心情に、彼は悩んでいた。
「ほらっ、ぼんやりしてないで、早く行くわよ!…あの兵器に言われた通り、貴方は救世主なんだから!」
「あ、ああ…」
何処か納得がいかないまま、彼はバイクを運転する。
―――今、この世界の真実が明かされる時が近づいたことを…彼は悟った。




