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2章 吸血鬼の養子に選ばれし孤児

彼は掲げた杖を再び見つめ直し、改めて自身が行った事を把握した。

―――信じられなかった。自分が何者か未だ分からぬうちに強大な力を手にしていたことに、戸惑いさえ覚えた。

しかしあの催涙ガスを撒いた集団に対して、心情は「許せない」と言う気持ちで浸されていた。


「…さ、流石ね、私の作った人工魔導士は!」

「…私は…人工魔導士なのか…?」


彼はそう言い詰めてきたパチュリーに問いかけた。

自分自身の位置すらあやふやになっていた彼を最も良く知る人物に問いかけたつもりでいたのだ。


「…え、あ、そ、そうよ!そう!貴方は人工魔導士よ!」

「…ここは何処だ、お前らは一体何者だ、そして私は誰だ…!?

…俺は何をする為にこの世界に産み落とされた!?俺は単なる孤児に過ぎないのではないのか!?」

「え、あ、えーと…」


彼は分からなかった。

自分の脳裏を埋め尽くす幾多もの質問を一斉にぶつけてみたのだ。

それは彼にとっての論理なのか。自分を覆う謎の気分に害され、彼は真っ暗な道を前に立ちどまっているに過ぎなかった。

そんな彼の元に、小さな羽を動かして近づく吸血鬼は彼の冷たい頬を人差し指で突いた。

優しく、滑らかな触り心地であった。笑みを浮かべて、彼女は彼に―――。


「…そんなに考えなくてもいいんじゃないかしら?…難しい話は嫌いよ」

「…お前は誰だ…私は誰だ…」

「…まぁ、貴方は私たちの仲間になって貰うわよ。勿論、貴方の事は私が責任を持って部下に任命してあげるわ。

…一先ずは、私のことを"レミリア"とでも呼んでみなさい?」


そう催促を掛け、彼は戸惑った。

至近距離で近づけられた顔に映る、仄かな紅は彼の視界を覆っていた。

彼は分からなかった。今、何が起きてるのか、彼が視た"全て"に対して疑問を―――虚ろざる疑問を抱いていた。


「…れ、レミリア」

「フフッ、やれば出来るじゃない。これで貴方はここの館の一員よ。いいでしょ、パチェ?」

「寧ろ今、人手が欲しい状況だし、私は彼がずっとここに住み着いても賛成よ」

「…私もパチュリー様に賛成です」


パチュリーと咲夜は彼の存在を肯定した。

予想通りなのか、運命通りなのか。彼女は優しい笑みで彼に話しかけた。


「…貴方の名前は何と言うのかしら?」

「…」


彼に名前など無かった。生まれて尚、親は存在しない、哀れなる孤児に名前は存在しなかった。

居場所が与えられた彼にとって、頭の中で"名前"と言う存在意義すら問われ続けていた。


「…パチェ、彼に名前は無いの?」

「…死んだ筈の魂を呼びよせ、失ったはずの肉体である機械の身体を提供して人工魔導士は生まれるのよ、彼には記憶が残ってるはずだわ」


当たり前のように言い放った彼女だが、彼は自分を示す短絡的な言葉が全く思いつかなかった。

悩んでみたものの…生まれたのは虚構漂う空白であった。


「…どうやら貴方に名前は無いみたいね…。…なら私が名前を付けてあげるわ。

…貴方の名前は…"リヒト"。結構いい名前でしょ?」

「…私は…"リヒト"…」

「そうよ。貴方の名前はリヒト・スカーレット。特別にスカーレット家の養子として認めてあげるわ。誇りに思いなさい」

「…」


突然与えられた、彼自身の特有単語―――"リヒト・スカーレット"。

作られた生命を受け入れた彼女はそのまま彼に―――再び頬を人差し指で突いて話しかけた。


「…貴方、じゃなくてリヒト。今、この世界で何が起きてるか分かるかしら?」

「…分からない。さっき襲い掛かってきた兵士たちは何なんだ」

「…レミリアお嬢様、会議の準備を致しましょうか」

「そうね咲夜。今から会議を始めるわ。―――リヒト歓迎式典も含めて」


◆◆◆


普段は食事をとる場所である長テーブルに設置された椅子にそれぞれは腰掛けた。

リヒト自身もまた椅子に腰かけ、レミリアたちと対談することになった。

天井ではぼんやりとしたランプが灯っている。暗いのか、明るいのかはっきりしないその様子は彼の戸惑いを仄かに照らしていた。


「…歓迎するわ、リヒト・スカーレット。私はここの主、レミリア・スカーレットよ」

「…私と同じ…"スカーレット"…」

「そう。貴方をこの家の家族にしてあげるわ。いい話でしょう?」


自慢げに呟く彼女は咲夜に持って来させた紅茶を一口啜り乍ら述べた。

続いてパチュリー、リヒトにも紅茶は淹れられたが、彼自身は目の前の紅茶に謎の興味を持ち、敢えて飲まなかったのだ。


「…で、私はパチュリー・ノーレッジ…貴方を作ったのは私よ」

「…パチュリー…ノーレッジ…」

「ほら、咲夜も紹介はしときなさい」

「あ、分かりましたお嬢様。…私は十六夜咲夜、ここで勤めさせて頂いている従者でございます」

「…いざよい…さくや…」


数を数えるように、名前と合わせてそれぞれの人物に指を指して覚えていくリヒト。

幼稚では無い、何かがそこには顕在していたのは事実であった。実際、彼を軽蔑した見方を捉えているのは1人もいなかった。


「…よく言えてるわ。流石ね。…で、これからが大変複雑な話だけど…パチェ」

「難しい話は嫌い、ってのは本当みたいねレミィ…。…まあいいわ、全て話すわ」


パチュリーは紅茶のカップを左手で持ちながら、彼の方を向いて口を開いた。

彼女自身も、今起こっている複雑な事象に曾ては頭を抱えていたが、何よりも"今と言う時を終わらせる"事が優先事項であったのだ。


「…まずはこの世界について、ね。

…この世界は"幻想郷"と言って、曾ては綺麗な自然に囲まれた、名前の通り"幻想"な世界だったのよ」

「…幻想…美しい世界だったのか」

「そうよ。でもね…それが突然消えたの。消失。

…貴方が想像した幻想は消え失せて、今あるのは荒廃した更地に何処までも続く水平線よ」


彼女は曾ての悲しみを回帰させたのか、少し眼を潤わせていた。

彼は彼女の眼の潤いが理解出来なかったが、彼なりに必死に理解しようとした。


「…この世界は"摂理府"とか言う組織に管理されたの。その背景には強大な力を持つ"トフェニ"と言う神の存在よ。

…トフェニは事象、現象を司るの。私たちが扱う"炎"とか"存在"とかも、全て司られてるのよ」

「…そうなのか」

「そうよ。全ての事象と現象はトフェニによって成立する…なんて下らない言葉も出回ってる始末。

…そんな世界じゃ私は嫌だから貴方を作って、反逆を決意したの」

「そうだわリヒト、これは私たちの戦いなのよ」


2人の念を押され、これが自分の果たすべきことだと理解した彼は頷いて見せた。

彼自身は何が正義なのかも分からなかったが、この2人はちゃんと―――前を向いていたような気がしたのだ。


「…そして、この世界を管理してるのは"オズマ・トフェニ=エデン"。奴が世界の中心よ」

「…オズマ…トフェニ…エデン…」

「奴を中心として成り立ってる摂理府は兵士たちを集め、"OBEY"…通称、"摂理府直属眷属連盟"と呼ばれてる組織を作って、ここへ侵略を手向けたの。さっき襲撃してきた集団はOBEYよ」

「…狙われてるのか」

「どうやらそうみたいわね。曾て爆破ミッションを実行したことがあったけど失敗して、監査対象に選ばれたみたいね。

…で、そこで登場したのが貴方よリヒト。…私たちに協力して貰えるかしら?」


彼はそんなパチュリーの問いに多少疑問点が浮かんだのだ。

協力することが世間的に見て正しい事なのか、悪いことなのか、生まれ落とされた孤児はその判断が出来なかったのだ。


「…協力、した方がいいのか」

「当たり前よ。貴方は人工魔導士、私たちとはまた別種の力を持ってるのよ。

…摂理府の奴らはトフェニに使命と捺印スティグマを授かった"エニルクス"と呼ばれる人々で構成されてるの。

…貴方の存在が必要不可欠なのよ」


遠い眼差しでレミリアはパチュリーの説明を見ていた。

説明が自分よりも旨いとは知っていた。彼女に頼めば何でもしてくれる…そう不意に思ったのだ。


「…説明が上手ね、パチェ。こんな複雑な仕組みを簡単に」

「…フフッ、今のは表皮に過ぎないわ。でも今はこれだけ理解してくれれば大丈夫よ」


静かに笑った彼女はそう静かに述べた。

そんな説明に彼はそんな説明を理解したと思い込んでいた。

"オズマ・トフェニ=エデン"…それを元凶として考えて。

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