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15章 世界中が敵ならば…

ステンドグラスが施された、美しき世界。

黄金や白銀、白金と言った希少金属をふんだんに使用した彫刻を背景に存在する、南国の海のように透き通った湖。その湖から姿を現す、1台のトフェニ。

右腕が巨大な銃砲そのものであるトフェニは自らの元へやってきた2人を、電流が通った眼で見つめた。

彼はそんなトフェニを見上げては、無機質なその眼差しを跳ね返すかのように睨みつけた。

―――"存在"を司る、永遠の絶望。

後ろの幻想的な彫刻をまるで"希望"と揶揄してるような―――憎い敵であった。


「…来たか、愚かなる存在よ」


重厚的な声をイジスガンダーは作り出して話す。

機械化された音声は何処か違和感を感じるものの、彼らはそれどころでは無かった。


「…愚か、か。…そうかもな、お前から見れば」

「…この世界は我々トフェニが管理している。…貴様らのような子童は只の家畜に過ぎぬ」

「トフェニに飼われた!?ふざけるのも大概にしなさい!」


強大な存在に畏怖を忘れ、彼女は大声で言い放った。

胎内トフェニ・クレイドルで響き渡る声―――彼女はイジスガンダーに反論を述べた。


「私たちは私たちの意思で生きてるのよ!貴方たちが私たちを管理した所為で、私たちは感情を失った!

誰も笑わなくなった!誰もが下を俯いて、この世界の行く先を案じては絶望してるのよ!

―――あの平和な世界―――あの幻想郷を、返してもらうわ!」


「果たしてそれが真なる平和と言えるのか。

所詮は下劣なる生物どもが考える、囈の欠片だ。何も、全てが妄想の一途。

消えゆく絶望を前に、何故抗う?我々が統治せし、素晴らしき世界で何故暴れる?」


「―――貴方たちがこの世界から"希望"を盗んだからよ!」


「…人聞きの悪い事を言う娘だ。…我々は統治者、"神"なのだ。讃えよ、この素晴らしき世界を。

我々が行いし政策を喜び、そして敬え。貴様らはそれしか出来ぬ…弱者なのだ!!!」


「―――なら戦うまでだ。丁度、聞きたいことがある。"神"であるトフェニさんには、知ってることをな」


太刀を構え、作られた"怒り"を露呈させるイジスガンダーに先を向けた。

髪を靡かせ、その前に建つトフェニに恐れず対峙した。

そして、彼女もそんな彼についていく事を決意した。―――もう、何も怖くない。


「…そうね、貴方を倒し、私たちの質問に答えて貰うわ。…何だって知ってるであろう神の貴方にね!」


「―――邪情なる存在よ、今亡き者にしてくれよう!」


◆◆◆


電気で動く神は眼下に存在する2人に向かって、雷鳴を発生させる。

自身が神通した力を用いた攻撃は、とてつもない轟音を立てて迸り、一気に急降下する。

その先にいたのは―――リヒトとレミリアであった。


「ひっ!?」

「恐れるな、戦え!―――幻象召喚シグマバース!…『イルシス・ワンダー』!」


彼は目の前に巨大な城壁の召喚獣を呼び出すと、2人の前に現れたイルシス・ワンダーはその攻撃を防いだ。迸る電流を見事に耐え、イルシス・ワンダーはそのまま靄へと回帰した。

隙を作ったイジスガンダーに対し、彼は太刀を構えて果敢に挑む。


「所詮は作られた存在なんだ…お前は…!」


風を断つ、白銀の刃を携えて一気に斬りかかるリヒト。

湖から姿を現すトフェニの胴体部分に斬り込むが、やはり機構で固められた神は硬さが尋常では無かったのだ。

攻撃を弾かれ、改めてその強さを実感させられる。


「くっ…!」

「―――哀れな者よ」


真下に存在する彼に対し、イジスガンダーは銃砲そのものである右腕を向けた。

自身に流れる全電流をエネルギーに変換させ、充填させていく。

そして一気にエネルギーを―――解き放ったのだ。

落ち行く光陰の矢の雨。それらは全て彼に向かって―――。


「リヒトは…私が守るわ!」


攻撃を弾かれ、たじろいでいる彼を救い出し、すぐに避難させたレミリア。

その直後、彼がいた場所に襲い掛かる、ゲリラ豪雨のような光の雨が颯爽と落ちていったのだ。


「た、助けてくれたのか」

「仲間でしょ?それに、私だって助けられているんだから」

「―――小賢しい!所詮、機構に作られし魂が、何をほざく!?」


2人に向かって銃砲を放ったイジスガンダーに対し、2人は回避を試みた。

局地的に降る光陰の矢を背後に、胎内トフェニ・クレイドルの湖の周りを必死に逃げる。

そして2人はそれぞれ分かれ、どちらかが囮となる作戦を決行した。

狙われたのは彼であった。彼が気を引くうち、彼女はトフェニに至近距離まで近づき、カードを掲げた。


「―――スペルカード!神槍、スピア・ザ・グングニル!」


彼女の右手の掌の上に作られた紅き槍を間近で投げ、トフェニに刺さったのだ。

複雑な精密機械であるトフェニの胴体を遮るかのようにど真ん中に刺さった場所から電気が溢れ、エネルギーが空回りを始める。

大地から電気やエネルギーといった動力源を吸い取っているトフェニに対し、作られた傷から溢れるエネルギーは大きな損害でもあったのだ。

硬い装甲を破られ、イジスガンダーは大きく狼狽えた。


「ぐうぅぅぅぅぅ…うおぉぉぉぉぉ…」

「今だ!」


狼狽え、光陰の矢の雨が途切れた瞬間を狙い、太刀で一気に斬り込んだ。

それはグングニルが刺さっている場所―――既に傷が入っている場所を更に斬り込んでいく。

斬り込む毎に電流が溢れだし、呻き声が神々しき世界に響き渡る。

只、夢中で彼は斬り続け、そして―――太刀を一気に奥まで突き刺した。


トフェニの核部分に突き刺さった太刀が一気に核を爆破させ、それに応じて精密な周りの機片も誘爆していく。エネルギー吸い上げの為のチューブやコード…人で言う腸や胃と言った内臓が一気に爆発し、組織は崩れていく。

電流があらゆる場所から溢れ、イジスガンダーは崩れていったのだ。


「うぐぐぐぐ…ぐごおぉぉぉぉぉ…」

「イジスガンダー!貴方の負けよ!…答えなさい、"紅美鈴"…彼女は何処にいるの!?」

「―――ぐうぅぅぅぅぅ…奴は既に…私が…うおぉぉぉぉぉ…次元の彼方に消した…!」

「何だと!?」


崩落していく機械の神。右腕の銃砲を形成していたパーツも湖の中へと落ちていき、その眼も既に消えかかっていた。

湖は大きな波を立てて、その激しさを示唆している。


「…貴様らだけを…生かす訳にはいかん!…聖櫃化ヴィルドガンズするがよい…!」


最後の足掻きとして、元の形を失ったイジスガンダーは2人に向かってとてつもない閃光を放つ。

その輝きは彼女の脳裏に"トラウマ"として蘇ったのだ。

―――対象から魂を抜き取る、最も恐れるべきトフェニの能力。

震えた。心の底から怯え、そして恐怖に抱かれた。

どうしようも無かった。希望と揶揄されることが多い閃光が、自分たちを破滅へと導く存在になるとは。


置き土産を遺したイジスガンダーは崩壊、湖の底へと姿を消した。

―――そう、湖の底…大地のエネルギーの流れと一体化し、その役目を果たしたのだ。


彼女は眼を瞑った。恐れで何も開けられることすら出来なかった。

畏怖が彼女の心を束縛させる。それと同時に安らぎが彼女の肉体と精神を分離させようとする。

臨終際に味わうような救済ヴィルドガンズ

この世の無常感に別れを告げ、永劫たる天国じごくへと導かれそうになった―――。


―――刹那。


「いいから眼を瞑っておけよ!」


微かに唇から暖かさを感じる。

眩しい閃光の中、何も見えない世界で、彼女は抱かれていた。

仄かな温もりを感じて、彼女はそのまま身を任せた。

舌と舌が溶け合った。まだ出会って間も無い、冷酷な人工魔導士との接吻―――。

お互いが顔を離し―――彼女の腕に刻みこまれた"捺印スティグマ"…。それと同時に、彼女は眼を開けた。


「…悪いな、でもこうするしかなかった」

「…」


彼女は閃光から守られた。

さっきまで戦っていたトフェニは姿を消し、胎内トフェニ・クレイドルの荘厳さだけがその場に佇んでいた。虚しさが漂う。

しかし彼女はそんな彼に暖かみを覚えた。

契約、なんかではない。彼女の本心が抱いたメッセージ…それは目の前の彼に対してであった。


「…同位遺伝デュプリゲート、したのね…」

「…でもお前がまた聖匣アーティファクトになるのはもうごめんだ」

「―――こういう時だけ素直なんだから」


彼女はそんな彼の頬を右手の人差し指で優しく突く。

そして、自身の頬を真っ赤に染めながら、静かに呟いた。


「…契約にしろ、同位遺伝デュプリゲートにしろ…私の純潔を奪ったことは確か、よね?」

「…悪かった」

「謝らなくてもいいのよ、寧ろ謝るべきはこっちの方よ。…でも、ちゃんと責任は果たして貰うわよ?」

「責任?」

「も~!…貴方はぎこちないんだから…」


静かな胎内トフェニ・クレイドルで、彼女は下を俯きながらそう口を開いた。

彼の鈍感さに多少ムッとしながらも、彼女はそんな彼を…"契約者"だけとは見ていなかった。


◆◆◆


イジスガンダーを倒した一行。

しかし、襲い掛かったのは―――イジスガンダーが司る"存在"の秩序の崩落であった。

一気に幻想郷内の全ての"存在"が消え、生きし者全てが存在を消し、影という存在の証拠を消し、透明となった。

2人も例外では無く、閃光を免れて安堵した直後、足から光に包まれ、透明化したのだ。

自分はちゃんと地面に立っているが、相手の姿が見えないのだ。


「どどどどどうなってるのよ!?」

「透明化、だ…」

「そんなのは分かってるわよ!?…リヒト、貴方は何処にいるの!?」

「私はお前の右手を握っているはずだ」


人工魔導士とは考えにくい、暖かな掌を感じ、存在を理解した。

…そう、トフェニがいなくとも、彼らは自らでその答えを見つけられたのだ。


「…安心するわね、こうやっていると」

「お互いが見えないからな。…見えるようになったら勿論離すぞ」

「当たり前じゃない!」


お互いの位置を把握したまま、彼らはバイクに乗り込んだ。

外観から見れば、誰も乗っていないバイクが動いていると言う非科学的現象であるが、実際は違っていた。

イジスガンダー討伐を報告するため、2人は疾走した。


「世界中が敵ならば…戦うまでよ…。…武器を持ち、如何なる存在でも…」


彼女はそう自分に置かれた境遇を胸に抱いて、静かな寂寥に乗って呟いた。

―――結界で隔たれた、美しき館はすぐそこだ。

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