16章 アサライズ・ディメンション・ワールド
だって、烏賊だもん。
2人はバイクを走らせ、そのまま館へ辿りついた。
ガレージに入り、バイクを止めて降り立つ2人の前に映る哀愁が、トフェニを倒してきたことを改めて実感させるのだ。
透明な2人はお互いの位置を把握する為、手を握らせて歩く。
が、彼女はその"仕方ない"行動も、やはり別の概念で捉えてしまうのだ。
館内は人気が消えたわけでは無い。透明ながらも、声でお互いの位置を知らせ合う事象が起きていた。
そして2人がガレージのドアから中へ入った時、その音に気付いた咲夜は慌てて行く。
彼女の様子が見えるわけでは無いが、足音の荒さで把握した。
「お、お嬢様とリヒト様…よくもご無事で…」
「私たちはあの強大なトフェニ…ミレ・トフェニ=イジスガンダーを倒してきたのよ。
もう、最後の壮大な崩れっぷりと言ったら!倒し甲斐があったものね」
レミリアはそんな咲夜に熱弁を振るうが、彼は冷めていた。
あたかも自分が倒したかのように話す彼女を見ては、小さなため息をついた。
「レミィ!…生きてたのね!」
咲夜にトフェニ討伐の旨の話を只管していたレミリアの元に生還を聞きつけてやって来たのは他の3人であった。フランも、小悪魔も、透明ながら帰ってきた2人を把握して、喜び合った。
「凄いよ!お姉さまとリヒトさんはあの怪物を倒してきたんでしょ!?」
「…あれは怪物なんかでは無い、機械だ」
「それにしても…私たちには到底及びませんよ…。…今まで私たちを虐げてきた存在の1つを無に帰しちゃった訳ですから…」
感心を見せる小悪魔に、彼は何処か疲れていた。
相方は咲夜に話を続け、聞かされている方もまた愛想笑いを浮かべているであろう声が途切れ途切れ聞こえてくる。
しかし、肝心なこと―――美鈴の所在を知った今、助けに行かないといけないのは事実であった。
「…そうだ、イジスガンダーに美鈴の居場所を聞いてきたのだが…」
「美鈴は何処にいるのよ!?」
「―――もう異次元に撥ねられたらしい。多分、イジスガンダー当人の仕業だ」
「…トフェニ…」
美鈴の居場所を聞いては怒りと憎しみを露わにしたパチュリー。
全てがトフェニの掌の上で弄ばれているだけであったのならば―――。
「…これが奴らの行った事なのよね」
「そうだ。美鈴はいない、異次元に飛ばされた」
「―――ならば、助けに行くわ。…私の魔法で、異次元へと飛ぶのよ。
…帰る際は…リヒト、貴方の幻象召喚で私たちをこの世界に召喚するのよ」
パチュリーは異次元へ行く気であった。
混沌と揶揄された、あの世界に―――仲間を求めて。
しかし、ここで彼女を制したのは咲夜であった。
「…パチュリー様、まずは"トフェラム"を開発しないと…」
「―――それもそうね、咲夜。…でも、美鈴を助けには…」
「パチェ!私とリヒトが行ってくるわ!それでいいでしょ、リヒト?」
透明でお互いの顔は見えなくとも、彼女の暖かな温もりを感じた彼。
断ろうにしても、意固地な彼女が聞き入れてくれるわけでもない、それに彼女に同位遺伝をしたのは自分であった。
責任を取る、と言う行為が果たして何なのか分からないものの、純潔を奪ったからには仕方なかったのだ。
「…分かった」
「でしょ?私たちは2人でトフェニを倒せるんだもの、怖いものなしよ!」
「…お姉さま、少しは謙虚になった方がいいよ」
妹に水を差された姉は「何をー!」と言って反抗するが、彼は少し笑っていた。
ふふっ、と言う声が彼女の耳の中に鮮明に描かれる。それは感情輸入が苦手な彼の滅多に無い笑い―――。
それを聞いて、少し安心した彼女はもっと彼の手を強く握った。
◆◆◆
「…妖精メイドが、零刻次元体を受けていたのね…」
「…やはり偵察隊を結成して派遣したのは無謀なことだったのでしょうか」
「―――どちらにしても、多くの命を失ったことに変わりは無いわ。…私たちは、その責任がある」
パチュリーの1言で結成された、美鈴捜しのための偵察隊…それが零刻次元症状をしていたなんて…彼女たちは予測も出来なかった事であった。
しかし、それは機構の神が行いし"天罰"…飼われている生き物にとって、抗えぬ事実であった。
「…零刻次元症状って事は、元はと言え聖櫃化されていた、って事じゃない…。…画策ミスだわ。…いつか、手厚く葬ってあげましょう」
彼女の魔法でレミリアとリヒトを異次元世界に送った際に言われた1言…。
心当たりがあった彼女にとって、それは胸苦しさを感じる者であった。多少の犠牲を伴って保たれる平和。
しかし、その犠牲も…死に変わりは無いのだ。
どんな死に方であれ―――死は同等だ。名誉の死も、平和の為の死も…そこにあるのは先の見えない常闇。
「…彼女たちは零刻次元体になった以上、もう戻ってこないわ。
―――私たちに出来ることは、この世界を平和にして、天国の彼女たちに見せることだけよ」
◆◆◆
異次元世界―――混沌が渦巻く世界。
幻象が形成される場所にいざ立ってみると、やはり恐ろしさを感じる。
元いた世界にあった安定さ―――重力で支えられるまともな大地が無いのだ。
その世界は広大な更地が広がっていたものの、何処か不安を覚える世界であった。
存在を抹消されたはずの2人の姿がこの世界では復活しており、久々にお互いの顔が見えた感触だった。
勿論、すぐに手を離したが。
「…ここが異世界なのよね」
「―――そうだな。幻象はここで作られる。聖匣の魂たちの哀れなる墓場だ」
「…でもどうしてこの世界だと透明じゃないのかしら」
「―――私に聞かれても、な」
美鈴を捜しに、果てしなき世界を散策することにした2人。
何処にも行く宛は無い、だからこそ自由気ままに…元に世界に戻るときは彼の幻象召喚を使えば、何処からでも戻れるのであった。―――彼らは今、幻象なのだから。
そんな2人の前に、謎の大きな烏賊が現れたのだ。
烏賊、と聞いたら海の中で泳いでそうなイメージが2人には浮かんだが、海は無いであろう、この世界で2人の目の前にいる。大きさはレミリアと同じ位だった。
色はピンク色の仄かな色彩で、笑っていることが分かる程口が大きい。
「ここからは~♪通さないよ~♪はえ~♪」
歌唱力を自慢するかのように立ち塞がった謎の生命体に、彼らは唖然とした。
「…あなた、烏賊、よね?」
「そうだけど、何か?…僕ちん、摂理府に雇われた烏賊なのー!そこら辺のどうでもいいような烏賊とは比べちゃ駄目だよ。
…僕ちんは凄いんだぞー!…それにしても君、いい身体してるね」
色目遣いでレミリアを見る烏賊。明らかな変態である。
「…お前、何変な目してるんだ」
「むさ苦しい男はキラーイ!」
「…突然現れては私のことを色目で見る変態…こりゃあ相当の度胸があるわよ…」
レミリアは呆れながらも、そんな烏賊に感心していた。
自分は吸血鬼、里の人間たちは自分に畏怖を示すのに対し、コイツはニタニタ笑っている。
「なあ、姉ちゃん?今度うちでパーティーやるんだけど…来ない?」
「行きません」
「…え~…悲しいなあ…。…はぁ…、…今年もクリスマスは孤独か…」
「ってか初対面の人にそうやってナンパ出来る貴方が凄いわよ!しかもその容姿で!」
「…だって、イカだもん」
自身の容姿をちゃんと烏賊だと把握してる時点で、コイツは確信犯であった。
それにしても、何と陽気であろうか。
「…お前の名前は何だ?」
「え?僕ちんの名前?…うーんとね、えーと…"秋刀魚"って名前」
「嘘はつかないでほしいわ」
「…すみません」
わざとらしさを醸す烏賊に対し、何処にも怒りを覚えられないのが憎かった。
おっちょこちょいなのか、堂々とした変態なのか…いきなり現れては立ち塞がった烏賊を敵扱いすることは何故か難しかった。
「…僕ちん、本当の事を言うとね…名前は"シソーラス"って言うけど、元は里で易者をやってたんだよね~。でも巫女に退治されちゃってさ~。
この世界に来たと思ったらこの姿だよ。酷いよね。
…あ、このシソーラスとか言う名前は今考えたよん」
「…貴方、確か名言を残してたわね。
―――『占術を通じて世界の外側を見たんだ。
そうしたら急に妖怪に管理された人間生活が惨めに見えてな、人間を辞めようと思ったんだよ』って」
野太い声で再現した彼女に対し、シソーラスは「おぉ~」と褒めたたえた。
そんな烏賊に対し、彼は呆れ、ため息をついた。
「ふっ、僕ちんはカッコいいからね、仕方ないね☆」
「自分から言うのね…」
「だって、イカだもん」
「関係ないと思うけど…」
そんなシソーラスはうねうね足を動かしながらその場で佇んでいた。
やる気の無さが醸し出されている。だるい気が2人を覆う。
「…あ、そろそろ定時だから僕ちん帰るね~。ばいばーい。
…さーて、家に帰ってファイ〇ルファン〇ジー6でもやろっと…」
そのまま何処かへと消えた烏賊に対し、彼女は何処か親しみを持てた。
彼はそんな彼女の気持ちが何だかんだで分かったような気がした。
「…世界が平和になったら、咲夜に烏賊の刺身でも作ってもらおうかしら」
まだまだ美鈴捜しは始まったばかりだ。




