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―第捌章 銀色のエスケープドラマティック―

「うーん。ここは、こうやって……」



 二階の自室。

 俺は数学の問題に苦戦しながら机と睨めっこをしていると……。

 こんこん。



「兄さーん。入りますよー?」

「おう」



 がちゃ。

 ドアの開く音とともに歩美が入ってきた。



「あれ? 勉強してるんですか?」

「まあな。あと二週間もしたら期末だ」

「ああ、補習はイヤですもんね」



 うむ、その通り。長い夏休み中、大量の宿題に加えて補習の追い撃ちは勘弁だった。



「でも、息抜きも必要ですよ?」

「……そうだな」



 思えば、もう勉強を始めてから三時間も経っていた。早いね。時間が経つのって。



「あと、部屋で作業しますから、なんかあったら部屋の前で呼んでくださいね」

「ああ、またか?」



 ここ一週間、歩美は部屋に籠ることが多くなった。なにをやってるのかは知らない。この前、試しに訊いてみると「禁則事項です」というお返事が返ってきた。……また、樹里たちに入れ知恵されたな。樹里たちめ……。

 ……まぁ、学校で面倒な宿題でも出されて手こずっているんだろうな。



「じゃあ、またです。お休みなさい、兄さん」

「おう、お休み。無理すんなよ?」



 歩美は部屋から出て行った。



「うーん。息抜き……ねぇ」



 息抜きになにかいい物は無いかなと考える俺。……あれ? なんか、忘れているような気がする。……ん?……あ。おお!



「そうだ! 優稀菜のゲームがあるじゃないか!」



 それだ! ちょうどいいし、今夜中にひとりぐらい攻略しよう!



「たしかバッグの中に――って、あれ? あれれ?」



 おかしいな。どこにもないぞ?

 ……待て。冷静になれ。れれれ冷静になれ、俺。深呼吸だ深呼吸。奇数を数えてみるんだ。一、三、五、七、⑨、土……よし、落ち着いた。思い出してみよう。

 まず俺は家に帰ってきたときから一度もそれらしい物を取り出していない。……ん? 取り出していない?…………あ。



「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁあっ! し、しまった! ロッカーの中だ! だって、今日は持ち物検査で、鏡花に言われて隠したんだ!」



 な、なんてことだ!……しょうがない、他のことでも――。…………。



「……なんでだろうね。一回思い出すと、意地でもやりたくなってしまう」



 怖いね。エロゲの魅力って。

 ……現在時刻……夜の十時半過ぎ!…………。



「……ギリギリ……行けるか……?」



 だ、大丈夫だ。一年のときに何度もこういうことやったし。いい子のみんなはわかんないだろうね。俺の気持ちは――いや、わかっちゃいけないね。……そ、それに……。



「……噂、本当なのかなぁ?」



 そう、そっちにも興味があった。



「……うん。なんか、ね。これって好奇心ってやつかな?」



 なにかが芽生えた俺は、完全に学校に行くことを決意した。



「おーい、歩美。ちょっと出掛けてくるぞ」



 歩美の部屋の前で、俺は歩美にそう伝える。



「は、はーい。えっと。どちらに?」

「ああ、がっ――コンビニにな。息抜きに」



 息抜きに学校へ行くよりコンビニに行くって言った方が自然だろう。どっちも普通はおかしいけど。

 しかし、よほどその作業とやらが大変だったのか、歩美はまったく気にもしない様子で俺に「いってらっしゃーい」と呑気に返事したのだった。

 こうして俺は、夜の学園に向かった。

 ……自分の人生がガラリと変わるとも知らずに。



     ❁ ❁ ❁



 夜の市立向島学園。

 それはたしかに噂通り、いつもとまったく違う異様な雰囲気を漂わせていた。

 いつもの賑やかな生徒たちや先生たちがいないからか、学園全体が静まり返っており、むしろそれが不気味だった。……あれ? こんなに怖かったっけ、夜の学園。



「……早く取って帰ろう」



 俺はそう呟きながら昇降口へ向う。……。…………。

 ……おかしい。

 昇降口は普通に開いてるし、いつも、少なくとも俺が以前、来ていたときにはいつもいた警備員さんもいない。…………。



「……気にしない気にしない。……こういう日もあるんだよ、きっと」



 ねぇよ! 自分の言葉に自分でツッコム俺。

 だんだんテンションがおかしくなってきた俺は、校舎内へ入って行った。



 ――??? story ささやかな疑い――



「……いないなぁ」



 夜のこの学園を徘徊して一週間。

 今日の朝の俊輝の言葉には驚いたけど、話によればただの噂話だったみたいだし、正体とかそういう情報は一切ないから放置しといた。……まったく誰よ、そんな噂流したの。

 ていうか、なんでわたしがここに派遣されたんだろ。あのふたりとあのひとがいるんだから、わたしをここに派遣する必要ないじゃん。



「……聞こえてる、琴美? 今日も特に異常はないわよ?」



 わたしは通信用イヤホンマイクに繋がっている琴美にそう伝える。

 すると、琴美はわたしに返信してきた。……?



「……は? 二階の二年B組の教室に人影が見えた? ほんと? さっきは異常なかったけど――ああ、もうっ。わかったわよっ」



 わたしよりも年下のくせに! そして、格も下のくせに!……まぁいい。

 ふんっ、琴美。これでいなかったら承知しないわよ!

 ひとりでふてくさりながら、わたしは二年B組の教室に行くため階段を下りていった。



     ❁ ❁ ❁



「……ふぅ。結局、なんにもなかったな」



 教室、俺は安堵の息を漏らしていた。



「さて、早く回収して帰るか」



 俺がロッカーを開けようとした――そのときだった。

 ――っ!

 だ、誰だ!? 誰かがここに近づいてくる! 足音は聞こえないが、気配がある。



「……あれ? ドアが開いてる?」



 かすかに声が聞こえた。……ん? どっかで聞いたことあるぞ、この声。

 開けっ放しにしていた教室の前ドアのところに銀色の髪の毛が映った。



「え……? しゅ、俊……輝……?」



 そこには銀髪の少女、鏡花の姿があった。



「……あ、あぁ。きょ、鏡花か。よかったぁ。お化けかと思ったぜ」



 少しおどけてみた俺だったが、どうしてこんなところに鏡花がいるんだ? しかもこんな時間に。俺が言えた義理じゃないけど。もしかして、こいつも夜の学園の探険でもしてたのかな――って、鏡花の顔が暗くなってきてる! ど、どうした!?



「お、おい。俺は本物だぞ? お化けとかじゃないぞ? そんな顔すんな」



 気休めのつもりで言った俺のセリフに、鏡花はなお一層、お顔を暗くしてしまった。



「……そう。今わたしの前にいる俊輝は、お化けや幻覚の類じゃなくて、本物ね?」

「お、おぅ。そうだな。それがどうかしたのか?」



 よ、様子がおかしいぞ。……もしかして! な、なにかに憑かれたのか!?

 鏡花は頭につけてある通信用イヤホンマイクに向かって叫んだ!



「ターゲット発見! でかしたわ、琴美! 捕縛する!」



 な、なんだなんだ!? ターゲットってなに!? 俺!?



「さぁ、動かないでね……?」



 鏡花は懐からなにか、黒光りする物……拳銃を取り出した!?



「校舎内だし、あんたとは仲良くしていたからあんまり撃ちたくないけど、場合によっては撃つからね? 穴だらけになりたくないなら動かないでね?」



 え、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!?

 な、なんで!? た、たしかにここに無断侵入したけど、そこまでの罪だったの!?



「お、おい。誤解じゃないのか?」

「ウソおっしゃいっ!」



 ダメだ! もう話が通じんようになっとる!

 暗い表情の鏡花はどんどん俺に近付いてくる! や、やばい! 逃げた方がいい!



「あっ、逃げんな! このっ!」



 ――パァン!

 鏡花が引き金を引いた。……大丈夫。大体こういうのは威嚇射撃。 普通はこれにビビッて隙を作っちまうが、逆にそれを無視すれば……。



「!? しまった!」



 案の定、鏡花はその場から動かずに天井に発砲した。俺が立ち止まったりすると思ったからだろう。普通はそうだ。でも、俺はそれを無視してそのまま逃げた。これで、タイムラグが俺と鏡花の間にできる! 俺は数秒間、逃げるチャンスができた! っていうか、俺、よくそんなこと知ってたね。サスペンスマンガの読み過ぎか? まあいい。



「っ! なんてこと! 待てや、ゴラァッ!」



 待つもんかバカ! 待ったら穴だらけにされちまうだろ! そんなことより、それがおまえの本性かよ! なんて乱暴な言葉を使うやつだ!

 鏡花の乱暴な言葉を無視して逃げる俺。ちっ。廊下だから音が響いちまうな……。

 鏡花は……ついてはきてるけど追いついてきてはいない。

 ふぅ、こういうときに足が速いと便利だ。よかった。でも、早く撒かないとな。相手は拳銃を持ってるし。

 そこで俺は螺旋階段を利用して鏡花を撒こうとする。しかし、鏡花が思った以上に速くてなかなか撒けない!



「……っ! や、やべ!」



 俺はやってはいけないミスをしてしまった。階段に頼りっぱなしだったからこの先は屋上だ! しかし、下には鏡花が迫ってきているから引き返せねぇ! ちくしょう!

 俺はとうとう、屋上に出てしまった。



「さぁってと……もう逃げらんないわよ?」



 後ろで鏡花の声がした!

 くっ! 追いつかれちまった! や、やべ――。

 ――パシュッ!

 静かな銃声が響いた。

 ……。…………ん? あれ? 俺撃たれていない? なんで?……そういえばさっきの銃声。鏡花の銃とはだいぶ違う音だったような気がするな。

 ふと鏡花の方を見ると、右手に持っていた拳銃が彼女の手から離れて宙を舞っていた。

 ……いったいなにが起きた? 周囲を見渡しても俺と鏡花以外の人影は見当たらない。

 今のは……スナイパーの仕業か?



「……なにすんのよ、琴美!」



 俺がそんなことを考えていると、鏡花はイヤホンマイクに向かって怒鳴りつけていた。

 あの様子じゃあ、鏡花と通信している相手は今のスナイパーだな。それにしても、スナイパーの名前は琴美って言うのか。どっかで聞いたことがある名前だな。



「……は? こいつは目標じゃない?」



 ……お? その琴美ってやつがあいつの誤解を解こうとしてる。鏡花は話を聞いているらしく、たまに「うん、うん」と頷いていた。

 いいぞ、その調子であいつの誤解を解いてやってくれ! 俺はまだ死にとうない!



「……あー、もう面倒臭い。とりあえず捕縛するから、またあとでね!」



 ――ピッ! 鏡花はイヤホンマイクの電源を切った。……あ、あぁぁぁぁぁぁぁあっ! なんてことを! なんて横暴なやつなんだ!



「気絶させるからちょっと痛いけど、我慢なさい!」



 めちゃくちゃ言っとる!

 鏡花は右足で、俺の左脇腹に蹴りを入れようとして――あれ?



 ……遅いな?



 俺は後ろにステップして、鏡花の蹴りを軽くかわしてしまう。



「なっ!?」



 俺がかわしたことに一瞬驚いた鏡花だったが、そのまま蹴りの遠心力を利用して回転して今度は左拳で、俺の左頬に裏拳を入れようとしてくる。が、



 ……やっぱり、遅い……?



 顔を右に傾けてかわした――って、今のはフェイント。狙いは左大腿部に右足の蹴りを入れて俺を動けなくさせる気だな。……狙いはいいんだけどなぁ。



「遅いぞ? 鏡花」



 普通に鏡花の右手を掴んで、彼女の動きを静止させていた。



「な、なんで当たんないのよぉぉぉぉぉぉぉおっ!」



 鏡花は怒りと悔しさの勢いだけで、左拳を俺の顔面に突き刺そうとする。……おっそいなぁ。簡単に動きが取れるぞ?

 左腕を掴もうと俺が動いた――そのとき。



「はいはーい。そこまでだよん♪」



 聞き覚えのあるテンションの高い声とともに、鏡花の左腕は誰かに掴まれていた。



「き、綺羅さん!?」



 鏡花が驚きの声を上げる。そう。その声の主はオッドアイの先輩――綺羅先輩だった。



「や♪ 鏡花ちゃん。それと俊くんも。琴美ちゃんから連絡を受けてね。『あのひと、私の言うこと聞かないかもしれないから』って。もうひとりいるよん♪」



 綺羅先輩が指をさした方向を見た鏡花が驚愕の声を上げる。



「りゅ、龍侍……さん……!」



 そう、もうひとりは龍侍さんだった。相変わらず青い着物を肩に引っかけてる。



「やぁ、鏡花ちゃん。あと俊輝くんも。こんばんは。でも、できればここで俊輝くんとは会いたくなかったかな。あーあ、まったく困ったなぁ、鏡花ちゃん。勝手なことされちゃあさぁ」



 ふたりともいつもの笑顔だったが、雰囲気がどこか、怒っているように見えた。



「……え? じゃ、じゃあ、まさか……」

「うん。俊くんは目標じゃないよん♪」



 その言葉を聞いた鏡花の顔が青ざめていく。……よかった。誤解は解けたみたいだ。



「罰はわかってるよね? 鏡花ちゃん?」

「…………はい。わかっています……」

「よろしい」



 龍侍さんと会話をしていた鏡花は凄く嫌そうな顔になっていった。……どうした?



「ねぇねぇ、俊くん」



 綺羅先輩が俺に話しかける。はいはい、なんでしょうか?



「俊くんさ、鏡花ちゃんを俊くんの家に住まわせて貰えないかな?」

「……は?」



 ……ん? 今なんと? 俺の耳よ、ついに狂ったか?



「あれ? 聞こえなかったのかな? じゃあ、もっかい言うね。鏡花ちゃんを俊くんの家に住まわせてくれないかな?」

「…………」



 …………ん、んん? おかしいなぁ。「キョウカチャンヲシュンクンノイエニスマワセテクレナイ」だって。どこをどう聞き間違えればそう聞こえるのかな? おかしいなぁ。おかしいなぁ。



「もう! じれったいわねぇ! わたしをあんたの家に泊めろって言ってるのよ! このひとは! わかった!?」

「お、おおうっ!?」



 怖い顔の鏡花の言葉で、やっと俺は言葉の意味を理解した――って、そ、それはっ!



「い、いやっ。無理で――」

「あ。言い忘れてたんだけど、断ったらね、俊くんとその家族全員をこちらの処置で永久幽閉しなくちゃいけないんだ」

「わかりました。鏡花さんはうちで丁重にお預かりしましょう」

「あはっ♪ ありがとっ、俊くん♪」



 ケロッと態度を変える俺。その答えに嬉しそうにウィンクする綺羅先輩。

 うん。そんなこと言われたらおとなしく受け入れるしかないよね。

 俺の隣で鏡花が不機嫌そうに口を尖らせていた。……まあ、当然の反応だわな。

 そんな彼女を龍侍さんが耳元で囁く。



「ちなみに、俊輝くんが断った場合はキミのことを本部に報告していたよ。気付いているかわからないけど、さっきね、ここから出て行く人影を琴美ちゃんと協力者の十二番隊の隊長さんが目撃してたんだ。さて、これはいろいろヤバいね。一般人で偶然居合わせた俊輝くんを目標と勘違いし拳銃を発砲。そして本来の目標を取り逃がした。これを報告したらキミはどうなるのかな――」

「あーっ! なんか、俊輝の家に住みたい気分だなぁー。うんそうしよう。さぁ、すぐに行きましょう。楽しみだなー。ひゃっほう!」

「おっ。鏡ちゃんもノリノリだね♪ よかった~」

「どうにでもなっちゃえ☆ へっ」



 鏡花はもう諦めておかしくなっていた。なにを吹き込まれたのかな?



「……鏡花ちゃん。俊くんの家に行ったらね、きっと驚くと思うよ?」

「……は?」

「うふふっ♪」



 鏡花に綺羅先輩が、なにかを耳打ちして愉快そうに笑っていた。どうしたんだろう?



「じゃ、あとはよろしくねん♪ 鏡花ちゃんは報告しないであげるねん♪」

『……はい』



 ていうわけで、鏡花は突如、俺の家に住むことになったのだった。






            To be continued

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