火の公開監査
公開監査は、吹雪が収まった翌日の午後に北中継所で開かれた。
本来なら王都で日を改める案件だが、冬季街道の暖房停止は一日の遅れが一人の命に関わる。レオンは王家の緊急監査権を用い、王都から通信鏡越しに審理官二名を立ち会わせた。
広間の奥には長卓、その左右に当事者席が置かれた。片方へアーデルとミナ、もう片方へルーファスと彼の書記が座る。昨日まで城の夫婦だった二人の間には、点灯した冬灯石が一基置かれていた。
「妻が私の設備を盗み、領民を連れ去ったのです」
先に発言を求めたルーファスは、見事な礼装を着ていた。温室の演奏会用に仕立てたものだろう。吹雪で濡れた靴を乾かす住民が並ぶ広間では、その刺繍がかえって冷たく見えた。
「冬灯石は結婚に伴い伯爵家へ入った資産です。私には客人歓待のため一時利用する裁量がある。にもかかわらず、アーデルは王弟殿下との親密さを頼みに、夫を陥れようとしております」
最後の言葉に、聞き守る住民から怒りの息が漏れた。
アーデルは立ち上がった。腹の奥が熱くなったが、声は静かだった。
「婚姻契約の正本、第三添付台帳を提出します。冬灯石二十四基は私の設置刻印を持つ共同運用財であり、公共暖房以外への無断転用時には、全基の回収権が私へ戻ります」
ミナが封印袋から書類を取り出した。契約締結時の公証印と、各石の刻印写し。ルーファスの書記の顔色が変わる。
審理官の声が通信鏡から響いた。
『北境伯、署名と公証印に異議はありますか』
「……契約はあります。しかし妻も温室計画に同意していた。署名入りの命令書が」
「こちらでしょうか」
セラフィナが傍聴席から進み出た。今日は舞台衣装ではなく、簡素な旅装だった。彼女は温室で拾った命令書を、レオンの封印証明とともに卓上へ載せる。
「私を迎える温室の設備だと説明されました。アーデル夫人の承認署名があるようですが、夫人はご自身の筆跡だと認められますか」
アーデルは紙を見た。自分の名を誰かが真似ると、こんなにも乱暴に感じられるものなのか。
「認めません。私は管理書類では姓の前に設置士番号を添えます。この紙にはありません」
ミナが過去一年分の点検簿を開き、並べて見せた。すべての署名には、小さく `W-17` の番号が記されている。
ルーファスの書記が椅子から滑るように膝をついた。
「申し訳ございません! 旦那様から、夫人の承認は後で得るから署名を書いておけと命じられました。命令に逆らえず……」
「黙れ!」
ルーファスが叫び、卓を叩いた。冬灯の光が揺らいだ。
レオンは声を荒げず、もう一袋の証拠を開いた。
「転用に加えて、昨夜の閉門について確認します。正街道及び北門を閉じ、旅人の入門を拒否したのはあなたの命令ですか」
「暴徒対策だ。妻が街を扇動したからだろう」
「門外にいたのは巡礼の老夫婦、薬商隊、発熱した六歳の子ども、荷運び人です」
救出された少女の母親が、娘の手を握って立ち上がった。
「私は伯爵夫人に会ったこともありませんでした。娘を医者へ連れていきたかっただけです。城門では追い返され、夫人の石がなければ、この子は朝を見られなかった」
続いて門衛長が前へ出た。昨夜、北門の内側にいた男である。
「伯爵様の閉門令は私が受領しました。暴徒の特徴も人数も書かれておらず、『夫人の火を返すまで開けるな』とだけ。私は命令に従いました。救護を遅らせた責任は受けます。ですが、命令書を提出します」
ルーファスが、ようやく黙った。
通信鏡の向こうで審理官が短く協議した。広間には、冬灯石の小さな熱音だけが残る。
『判定を申し渡す。北境伯ルーファス・ノルデンは、冬季街道義務に反して公共暖房設備を私的歓待へ転用し、さらに災害時の救護を妨げた。街道管理権を即時停止し、王領監察局が代行する。領主としての適格性及び爵位保持については、王都で正式審理に付す』
ルーファスが青ざめた。
『また、婚姻契約第十二条の違反は証拠十分である。アーデル・ノルデンの離縁請求を仮認可し、身分と財産の拘束を本日付で解く』
アーデルは目を閉じた。
喜びより先に、肩から重い外套を下ろしたような感覚が来た。妻として耐えなかったことを、誰にも許してもらう必要はなかった。それでも公に、彼女の判断が正当に認められた。
ルーファスが立ち上がり、彼女へ手を伸ばした。
「アーデル、私はただ、領地を華やかにしたかった。戻ればすべて」
「戻りません」
彼女は、初めて夫の言葉を途中で終わらせた。
「冬を越すのに必要なのは、薔薇を見せる相手ではなく、火を消さない責任です。あなたが私を妻と呼べる期間は、もう終わりました」
レオンはその横で、何も付け足さなかった。
冬灯の向こう側で、ルーファスだけが春を失った顔をしていた。




