表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/36

第1話

「うおおおおおおおお!? 誰か、いねぇかああああ!?」

 パーム・エイリは息を切らして叫びながら、ダンジョンを全力で駆け抜けていた。

 足元は湿った石畳で、滑りやすい苔が靴底を裏切り、時折体勢を崩しかける。

 背後から響く重い足音が、地響きのように心臓を震わせる。

 金髪が揺れ、汗が目に入って、視界をぼやけさせるが、振り向く余裕などない。

 ここはダンジョンの第三層。

 エイリは追われていた。

「がああああ!」

 二本の角を持つ赤鬼が棍棒を振り回し追いかけていた。

 その棍棒は、太い木の幹を削り出したような凶悪なもので、振り下ろされるたびに空気を裂く鋭い風切り音が、エイリの耳に突き刺さる。

 エイリは必死に壁際を這うように進み、わずかな隙間を縫うが、鬼の巨体は容赦なく迫ってくる。

 その巨体がエイリの前に棍棒を突き刺し、地面に大穴があく。

「うおっと!?」

 エイリは体を翻して避けるが、衝撃で地面を転がった。

 転がる勢いで背中が石壁にぶつかり、息が詰まる痛みが走る。

 咳き込みながら体を起こそうとするが、足がもつれて立ち上がれない。

「グオオオオオオ!」

 鬼が棍棒を引き抜き大きく振りかぶる。

「終わってたまるかよ!」

 エイリは立ち上がろうとするが、体が硬直して力が入らない。

 膝がガクガクと鳴り、指先まで冷たくなっていく。

 棍棒の重みが空気を歪め、エイリの髪を逆立てる。

 エイリの心に絶望という二文字が浮かぶ。

「あぁ、くそ……まだやりてぇことがあったのに」

 その瞬間、鬼の体が不自然に浮き上がり、目に見えない巨手で掴まれたように後方へ引きずられる。

 棍棒が手から滑り落ち、鈍い音を立てて転がる。

 刹那、鬼が吹き飛んだ。

 壁に叩きつけられ、肉体が四散する。

 壁に激突した衝撃で石屑が飛び散り、鬼の体は内臓を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 エイリは呆然とその光景を見つめた。

 その奥に、鬼のような逞しさと優しさを併せ持つ人影が立っていた。

 ミケ・トリエだった。

「エイリ! 大丈夫か!?」

 トリエはエイリに手を差し伸べる。

「ほら、立てよ。まだやれるだろ?」

 差し伸べられた手は、ゴツゴツとした指先に戦いの痕跡が刻まれていたが、掌の温かさがエイリの冷えた肌に染み渡る。

 エイリはそれを掴み、力を借りて体を引き起こす。

 足元がまだふらつくが、トリエの力がしっかり支えてくれる。

「あぁ……次はぜってー勝つ」

 エイリは固く手を握りしめ、頷く。

「ははっ、期待してるぜ」

 トリエは軽く笑い、エイリの背中を叩いて埃を払う。

「それにしても、倒せないなら突っ走るなよな」

「だってトリエが来るって信じてたし」

「だからって……無茶して良いわけじゃないだろ?」

「それは……俺だって一人でやれると思ったんだよ」

「……まぁ、次は見てるところで戦えよ!」

「……おっす」

 二人で歩みを進め始めると、遠くに聞こえる他の冒険者の叫び声が、今日の勝利を嘲笑うように響いていた。


 ダンジョンの外。

 ヘイル王国・トウ区画一丁目・ベルギルド

 エイリはベッドに座り傷の手当てを受けていた。

「これくらい、自分でやれるよ、トリエ」

「いいから……やらせろよ」

 トリエはエイリの前に片膝をつき、顔を近づけてじっと見つめながら、指先に取った軟膏を丁寧に塗りこんでいく。

「痛っ……ちょっと冷たいって」

「我慢しろ。これで明日には腫れが引く」

 清涼な香りがふわりと立ち、エイリはくすぐったさに眉を寄せるが、トリエの真剣な瞳に射抜かれて、結局身動きもせずに任せてしまう。

「……動くなよ」

 トリエの大きな手が、エイリの顎をそっと掴み、逃がさないように固定した。

 赤髪を長く伸ばした、ほぼ二メートルの巨躯がしゃがみ込み、エイリのことを心配そうな顔で覗き込む。

「これが終わったらロダンに顔出すぞ、エイリ」

「あぁ……分かった」

 トリエは満足げに頷くと、立ち上がりながらベッドのシーツを整える。

 エイリはベッドから降り、足を床に着地させるが、膝の痛みにわずかに顔を歪める。

 ヘイル王国・ムケ区画一丁目・冒険者統括ギルド『ロダン』

 王国は八つの区画に分かれており、ロダンのあるムケ区画を中心に、北から時計回りにトウ、コク、ゴウ、キョウ、ダイ、ショウ、ネツ区画が配置されている。

 それぞれにギルドが存在し、俗に「七大ギルド」と呼ばれていた。

 ロダンはその全てのギルドに仕事を斡旋する、いわゆる元締めだった。

 出血の手当てを終えたエイリは、軽装の皮鎧に着替え、腰に剣を差す。

 剣の重みが腰に馴染む感触に、エイリは肩から力を抜く。

 そしてトリエは金属製の鎧を身に着ける。

「エイリ、頼む」

「おう」

 エイリはトリエの前に跪き、まず胸当ての留め具に手をかける。

 エイリは紐を一本一本丁寧に引き締め、トリエの胸郭にぴったりとフィットさせるよう調整する。

「きつくないか?」

「もうちょい締めてくれ。緩いとズレる」

「わかった……ほら、息止めろよ」

「ん……ふぅ。いいぞ、それで」

 次に肩当てを嵌め、腕の可動域を確かめながらボルトを回す。

 トリエは腕を軽く振って試し、満足げに頷く。

 最後に脚当てを装着し、膝の曲がりを妨げないよう細かく締め上げる。

「今日は斧槍も持つんだろ? 重くなるけど大丈夫か?」

「ああ。ロダンに行くんだ。エイリも備えとけ」

 兜は被らず、赤髪を後ろで高く結び上げる。

 エイリは櫛代わりの指で髪を梳き、革紐でしっかりと束ねる。

 トリエの首筋が露わになり、汗の匂いがふわりと漂う。

「これでいいか? きつくないか?」

 トリエは肩を回し、満足げに笑う。

「完璧だ、エイリ。いつもありがとう」

 エイリは照れくさそうに頭を掻き、作業を終える。

 トリエは長剣を腰に差し、背中に斧槍を背負うと準備が完了した。

「それじゃ報告に向かうか」

「はぁ……憂鬱だな」

「ほらっ! 気合入れろっ」

 トリエはエイリの肩を軽く叩き、部屋の扉を勢いよく開ける。

 エイリは後を追い、足音を響かせて廊下を進む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ