序章-8. 初めの一手
……三日後、塔麓にポータルが開く。
俺たちはそこから塔の内部に侵入し、第一階層の攻略――もしくは脱出を目指さなければならない。
第一階層は、坑道のような構造だ。
薄暗く、迷路のように入り組み、トラップやモンスターが至る所に潜んでいる。
今の俺の貧相な能力値では、集団で挑めばまだしも、単独での踏破など夢物語だ。脱出すらままならないだろう。
――生き残る。
そのために、俺が選んだのは下水道。
悪臭が充満し、足元から湿気と腐敗臭が這い上がるような場所。
延々と続く暗闇には、臆病で弱いモンスター“ラットマン”が生息している。
経験値は、足しにもならない雑魚。
誰もが素通りする、価値のないエリア。
だが、俺は知っている。
この場所でしか取得できない、ある称号の存在を。
それはかつて、誰にも気づかれなかった“最強の隠し称号”。
ゲームの世界で、何百時間も検証した末にようやく見つけた、俺だけの“確信”だった。
だからこそ、準備は万全に整えてきた。
光源石――小石程度の大きさで、衝撃を与えると淡く発光する。
高価なうえに、松明よりも光量は劣る。
だが、俺にとってはこれが最善手だった。
ラットマンは暗闇に適応し、視力の代わりに嗅覚と聴覚が鋭い。
火の匂いや薪のはぜる音を感じ取れば、一目散に逃げてしまう。
だが、光源石なら匂いも音もない。
やつらに“気配”を悟られることなく、接近できる。
何度も失敗して、何度も悩んで、ようやく編み出した攻略法だ。
光源石を軽く叩いて起動し、鈍い光を頼りに下水道を進む。
錆びた短剣を右手に、壁伝いにゆっくりと歩を進める。
暗闇が、感覚を研ぎ澄ませていく。
音に、匂いに、自分の心音にまで神経が向かう。
十分、いや十五分は歩いただろうか。
やがて――いた。
道の脇で、何かの死骸を貪っている。
一メートルほどの体躯。剥き出しの肌に、目があるはずの場所は窪んでいる。
ゴクリ、と喉が鳴る。
何度もゲームで倒した相手。
だが、今の俺には、それすらも“命がけ”だった。
息を殺して、一歩ずつ近づく。
音を立てぬよう、呼吸を整え、間合いを詰める。
手を伸ばせば届く距離。
ゆっくりと、短剣を構える。
……息を吐く。
全力で、振り下ろす。
短剣が皮膚を裂き、骨にぶつかる感触。
ラットマンの絶叫が下水道に響き渡った。
バタバタと暴れ、数秒だけもがいたあと――動かなくなった。
胸が痛いほどに鼓動し、指の先まで汗がにじむ。
短剣を握る手が、震えていた。
それでも。
俺は、確かに“初めて”を乗り越えた。
数十秒の安堵。
深く、息を吐いた。




