序章-6. 嘲笑の刻印
孤児院での暮らしにも、少しずつ慣れてきた。
同年代の子どもたちとは相変わらず距離があったが、アメリアの勧めで本を読み、言葉を学び、食事のたびに何気ない会話を交わすようになった。
俺がこの世界に来て、気が付くと二年が経っていた。
それは、まだ“現実”というには遠く、けれど夢とも言い切れない、曖昧な時間だった。
そんなある朝、いつものように剣を教えてくれていたアメリアが告げた。
「なあ、レムナ。明日は、選定式の日だな」
彼女はそれだけを静かに言って、少し優しく微笑んだ。
──選定式。
この世界において、すべての十五歳が迎える“運命の日”。
モノリスの欠片に触れ、自らの「職業」と「素質」が明かされる。
それは神託とも呼ばれ、同時に塔への挑戦の始まりでもある。
王族も貴族も平民も──形式上は、誰もが平等に神の判定を受ける。
だが現実には、貴族の子弟や上流階級の子供たちは生まれながらに鍛錬の機会を与えられ、優れた職業を得やすいように教育されている。
孤児の俺とは、まるでスタートラインが違っていた。
*
空は、まだ夜明け前の淡い蒼を残していた。
大神殿前の石畳に、百を超える十五歳たちが整列している。
貴族、平民、浮浪児。身なりも態度も、緊張も覚悟も、人によってまるで違っていた。
中央に鎮座するのは、漆黒の石盤──モノリスの欠片。
それは神聖というより、無機質な装置に見えた。
魂を判別し、数値で評価する“機械”。
願いも祈りも通じない。あるのは、結果だけ。
そして、そこに並ぶ俺は。
二年前、この世界に来た時の自分を思い出す。
名前もなく、骨と皮ばかりの身体。声もろくに出せなかった。
今こうして立っていられるのは、奇跡というより偶然の積み重ねだ。
何かを得たわけじゃない。ただ、まだ“終わっていない”というだけだ。
それでも──この儀式を前にしても、心は妙に静かだった。
他の子どもたちが顔色を変えているのに、俺の内には波風一つない。
まるで、ゲームで職業を取得していた頃の記憶の延長にいるみたいだった。
(……いや、違うな)
心の中では少し興奮している。今度こそ“あの場所”の頂上まで、登りきれるのではないかと期待して。
*
次々に名前が呼ばれ、少年少女が石盤に手をかざしていく。
そのたびに、文字が浮かび上がり、光が走る。
職業と能力値が光となって浮かび上がるたび、歓声が湧く。
それは、人生が一瞬で“定義される”光景だった。
この場に集まっているのは、一公爵領の各地から集められた優に百人を超える十五歳達。
通常、選定式時の能力値はF〜E台がほとんどで、Dを超える数値を持つ者は“才あり”と見なされる。
C台に達していれば、それだけで“天賦の才”として扱われるほどだ。
だからこそ──
「次、イリーナ・ファルセント」
金の刺繍が入った純白の法衣に身を包み、清楚な少女が歩み出る。
一礼し、両手で丁寧に石盤へ触れた。
──瞬間、蒼い光が走り、銀髪がふわりと浮かんだ。
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《CLASS:スピリットアコライト》
《STR:E VIT:E- AGI:F+ MAG:D MND:D+ LUK:C》
《SKILLS:精霊の息吹/精霊の調》
《TRAITS:信仰の血脈/癒しの手》
※治癒を生業とする神殿の家系に生まれ、幼少期より精霊信仰の教義と祝祷術に親しむ。
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「素晴らしい適性だ。精霊と歩む者……神の加護があるだろう」
司祭の声に、ざわめきが広がった。
彼女は静かに会釈し、列へと戻る。
その目が、ほんの一瞬だけ、俺の方を見た気がした。
*
「次、ガルド・ゼルク」
足音が重い。大柄な少年が堂々と進み出た。
革鎧を着込み、腰には訓練用とは思えない鋼剣が吊られている。
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《CLASS:ソードファイター》
《STR:E+ VIT:E+ AGI:F+ MAG:E MND:E+ LUK:C》
《SKILLS:両手剣術(基礎)》
《TRAITS:不屈/戦士の素養》
※地方騎士団付属訓練所での基礎鍛錬を修めた実力者。筋力と耐久に優れ、前衛職の中核候補。
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「おおっ……!」
感嘆の声が周囲から漏れる。
仲間たちが肩を叩き合い、笑顔を交わしていた。
(……期待されてる奴の空気って、分かるもんだな)
*
名前が呼ばれるたびに、祝福の声が湧き、光が降り注ぐ。
この場は、優秀な者のために用意された“舞台”だ。
誰もが、自分の名が美しく響くことを信じている──
「次、アリサ・ラインフォード」
緋色のドレスの裾を翻し、まるで舞台の主役のように歩み出た少女。
表情は柔らかく、だが目は一切の油断を許さない鋭さを湛えている。
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《CLASS:エレメントメイジ》
《STR:E VIT:E+ AGI:E+ MAG:C+ MND:C- LUK:C+》
《SKILLS:魔力障壁展開/火の魔術(基礎)/魔力弾》
《TRAITS:魔力感応/才気の閃き》
※魔導貴族ラインフォード家の令嬢。先天的な魔力保有量は異常値。炎系統の適性は突出して高い。
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「アリサ様の魔力量……尋常ではありません……!」
1人の司祭が震える声で呟くと、後列の取り巻きたちが一斉にどよめいた。
魔力C+、精神力C-。
どちらか一つでも十分すぎる数値なのに、それを二つも同時に持つなど、完全に規格外。
貴族であっても、ここまでの数値を出せる者は滅多にいない。
それだけに、周囲のざわめきも当然だった。
彼女は微笑みながらも、誰とも視線を合わせることなく戻っていった。
*
「次、ユリウス・バルテスト」
堂々とした姿勢、美しい立ち振る舞い。
まるで貴族の教科書から抜け出したような少年が前に出た。
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《CLASS:ウォーリア》
《STR:E+ VIT:D- AGI:E+ MAG:E MND:E+ LUK:C+》
《SKILLS:雄たけび/直剣術(基礎)》
《TRAITS:先導者/自信家》
※高位貴族でありながら王国でも有数の騎士団を持つ貴族派閥の中核。バルテスト家の長男として、幼い頃から英才教育を受けていた。
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「ユリウス様……!」「さすがバルテスト家……!」
貴族の子弟たち、特に女子の間から小さく黄色い声が漏れる。
彼はどこか余裕の笑みを浮かべ、俺を一瞥したあと列に戻っていった。
(あいつ……なんか、嫌な奴だな)
*
「次……」
静まり返る空気。
まるでこの瞬間だけ、時の流れが止まったかのようだった。
誰も声を出さない。誰も笑わない。
……皆が、俺を見ていた。
俺は前に出る。
目の前にあるのは、あの漆黒の石盤。
──これは、かつてゲームで何度も見た光景。
けれど、今のこれは違う。現実に、肌に冷たく感じる“選別”だ。
手を伸ばす。
石盤が低く唸りを上げ、光が歪む。
通常とは違う“異音”が響き、神官たちの表情が凍りついた。
観客席からもざわめきが走る。
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《認証中……魂構造確認中……》
《照合エラー……適合先不明……》
《──観測対象特異点 No.001 認証》
《職業選定──完了》
《CLASS:Fool(愚者)》
《STR:F- VIT:F- AGI:F- MAG:G+ MND:E LUK:??》
《SKILLS:──該当なし》
《TRAITS:──閲覧制限──》
※本個体の魂構造は、現行モノリス基準において照合不能。上層観測許可待ち。職業分類:保留中。
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「……なにこれ」
「スカじゃねぇか」「フール? 馬鹿の職か?」
「バロウの言う通りだったな……」
失笑と嘲りの声が、列のあちこちから漏れ始める。
……目を疑いたくなるほどの低数値だった。
G台など、もはや評価外の域だ。
貴族子弟がD台、優秀な平民でE台後半。俺の数値は、正真正銘の“最下層”だった。
……本当にお下劣なステータスだな。
口元で小さく笑う。
俺は、拳を静かに握りしめた。
──愚者。
──この職業を、知っている者はいないようだ。
トッププレイヤーだった俺ですら、一度も見たことがないクラスだ。
だが俺は、知っている。
あの《塔》が、どんな “場所”なのか。
どんなに底辺であっても、這い上がれる奴だけが、本当に強くなる。
(……上等だ)
俺は顔を上げ、静かに列に戻る。
目の前にあるのは、まっすぐ空へと伸びる、黒き巨塔。
挑む準備は、できている。




