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序章-14. 塔への門出


金属を叩くような、荒々しい音で目が覚めた。


「起きろ! 出発の時間だ!」


扉を乱暴に開け放ち、王国兵が怒鳴りながら宿舎の中を歩き回る。

名簿を片手に、手当たり次第に藁束を蹴り飛ばし、寝ていた孤児たちを叩き起こしていった。


「全員、装備を持って表へ出ろ! 並ぶぞ、遅れたら市民資格は剥奪だ!」


罵声とともに、朝焼けの光が差し込む。


俺は短く息を吐き、立ち上がった。

昨夜磨いておいた外套と胸当てを身につけ、黒革の鞘に収めた短剣を腰に。


木箱を倒しただけの寝台に、未練はない。


外へ出ると、すでに数十人の少年少女が整列していた。

皆、第六棟の住人。


昨日までは、誰もが泥と埃にまみれていた。


だが――今、この中で浮いているのは俺だった。


汚れのない外套。

整えられた装備。

まっすぐな足取り。


「……おい、あれ……誰だ?」

「いや……いたか? あんな奴」

「選定式で……なんか見た気が……」

「あんな装備、どこで手に入れたんだ?」


低い声が交差する。

だが誰も近寄ってこない。


遠巻きに、ただ見るだけだった。


選定式で注目されたはずの存在も、

三日も経てば“記憶”の中に薄れていく。


俺は無言で、列の最後尾に立った。











塔の前の広場には、すでに数百人の十五歳たちが集まっていた。


前列には貴族街からの隊列。

金糸の刺繍、家紋入りの武具、護衛兵まで従えた者までいる。


彼らは皆、“名前のある未来”を期待されていた。

血統、訓練、政略――生まれながらに“個”ではない。


その列の奥。

一人の少女が、不意にこちらを振り返った。


緋色の髪を束ね、魔導具を揺らすドレス姿。


アリサ・ラインフォード。

《エレメントメイジ》と称された魔導貴族の少女。


彼女の視線が、こちらに一瞬だけ絡む。

まるで、何かを確かめるように。


……だがすぐに、視線を逸らした。


(……覚えているのか?)


アリサは、何事もなかったように列へと戻っていく。


彼女の背後では、他の貴族子弟たちがざわめきを浮かべていた。

彼女だけが、違うものを見ていたようだった。


「……見ろよ、奴らのあの装備。粗末すぎる」

「下民だよ。俺たちとは違う」

「ま、すぐ死ぬさ。塔の洗礼ってやつだ」


そんな声が、貴族の一団からかすかに聞こえてくる。

強がりか、緊張の裏返しか――あるいは、本気で見下しているのか。












壇上には、王家第三王子――ライヒルト・セイオス。


金と紅の式服をまとい、まっすぐに広場を見渡していた。

その背後には神殿官と軍の高官たちが控えており、式典の空気は張り詰めている。


「若き探索者シーカーたちよ──」


朗々たる声が、朝霧の中を貫いた。


「この地に集った者たちは、皆“選ばれし者”だ」

「貴族も平民も関係ない。神の前に立ち、職を得たことで、君たちは平等に試練へと挑む」


彼の声には、軍人の凛とした厳格さと、王族としての誇りが滲んでいた。


「塔は試練の地だ。栄光と命、どちらも求められる」

「汝らの中には、もう二度とこの広場へ戻れぬ者もいるだろう」


ざわめきが走る。

だが、王子は続けた。


「だが恐れるな。塔はただの地獄ではない」

「塔は“機会”だ。名もなき者が、名を得る。弱者が、力を得る場所だ」


その言葉に、下層の者たちがわずかに顔を上げる。


「王国は、その冒険の成果を未来の糧とする」

「我ら王族は、お前たち全員を誇りに思い、その帰還を祈る」


ライヒルトが右手を掲げる。


「──行け。塔へ。そして、汝らの“運命”を掴み取れ!」


静寂。そして、喝采。


その瞬間、王子の視線がひとりの少年を捉えた。


黒い外套。異質な雰囲気。


「……あれが、“愚者フール”か」


王子の隣に立つ青年が、細い目を細めて囁く。

深緑の法衣を纏う、蛇のような目を持つ神官。


神殿と軍の両方に通じた、情報官だという。

彼の視線は、ずっとレムナに向けられていた。











ポータル前に、最初に呼ばれたのは貴族街の子供たちだった。


彼らは手を取り合い、煌びやかな装備のまま、光の歪みに吸い込まれていく。


次に呼ばれたのは、騎士団系の訓練所組、神殿家系の子弟たち。

一人、また一人と、静かにポータルへと歩を進めていった。


そして――


「……レムナ」


その名が呼ばれた瞬間、周囲がざわついた。


あの名前を覚えている者たちにとって、それは妙な違和感だった。

三日間、どこで何をしていたのか――何も知られていない。


俺は、誰の目も見ず、静かに歩き出した。

ただ、足音だけが広場に響く。


(……やれる。やってみせる)


ポータルの前に立ったとき、視界にまた“あれ”が浮かぶ。


_______________________________________


【確認:対象個体 《レムナ》  ポータル通過 認証完了】

_______________________________________


「……行こうか」


独り言のように呟いて、

俺は黒い歪みに、足を踏み入れた。


──第一階層。

塔の攻略が、ついに始まる。



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