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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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信頼

 レイルは錆びついた鉄扉を押し開けた。剥き出しになったコンクリートの壁。剥げたタイルと金属の床。天井は得体の知れないパイプとコードが絡み合い、漏電する照明が今にも千切れそうな状態で揺れている。


 部屋は広かったが得体の知れないガラクタが足場を埋め尽くしていた。機械のスクラップに車輪。大量の空き瓶。吊るされたハンモック。天井のハッチから降ろされている梯子。


 ソラは怪訝そうに部屋を見回して首を傾げる。レイルの部屋と聞いて家具も何もない無機質なものを想像していたため予想外だった。


「なんでこんなの集めてるの? 趣味?」


「さっき言っただろう。俺じゃない」


 ガタガタと騒がしい物音が上から響いて、一人の少年が軽快に着地する。まだ若い少年だった。生気ある茶髪に凛々しい緋色の双眸。半裸で、腕や背の至る所に古傷が刻まれている。ソラよりも背は低かったが自信に満ち溢れていた。


「レイル兄貴! その子は新入り!? へぇ……可愛いじゃん。オレはここのリーダーだ。名前もないし皆そう呼ぶ! 新入りならオレに従えよな」


 リーダーと名乗った少年は握手しようと手を伸ばしたがソラはその手を取らなかった。蒼い瞳を細めて距離を取る。


「なんで従わなきゃいけないの。はた迷惑な居候呼ばわりされてた人に」


「へへっ、そんなの兄貴の照れ隠しに決まってるだろ。……っすよね?」


 レイルは何も答えなかった。床の金属板を引っぺがして敵対していた便利屋から回収した異界道具もろもろを収納していく。リーダーは気まずそうに苦笑いしながらすぐにソラへ向き直った。つま先立ちして威勢を保とうとする。


「まぁ従いたくねえってならそれでいいぜ。オレの女が黙っちゃあいねえけどな」


 ビシッと決めポーズをするリーダーの頭上に遠慮なく少女が圧し掛かる。ハッチの上から飛び降りてきたらしい。


 リーダーが床に倒れてうめき声を漏らし、助けを求めるように手を伸ばすなか少女は悠然と立ち上がった。翡翠に煌めく長い髪が露出した肩を撫でる。伸びきった患者衣一枚しか着ていなかった。太腿は露わになっているが恥じる素振りもない。


「……わたしはリーダーの女になった記憶ない。レイルなら……いいけど」


 覇気のない声。琥珀色の気だるげな瞳がソラを見上げる。ソラは顔を見合わせて、額から突き出た小さな角を二度見した。


「この角……気になる? 本物なんだ。首を絞められても生きていけるように、人間との性行為で妊娠しないように。……異界の怪物の遺伝子が混ざってる。……すごいでしょ?」


「え、えっと……。あなたは誰?」


 警戒態勢を取ったままソラは苦笑いを浮かべる。怪物の遺伝子がなんだと言われても理解できない上に笑えない冗談だった。


「わたし……? わたしはリーミニ。慰安目的で造られた缶人デザイナーベイビー。体の大きさは……気にしないで。購入者の」


『ギャハハ! 良かったなぁソラ! てめえの方がおっぱいデッケーぜッ!』


 【肉の剣】が騒ぎ出すのを窘めるようにレイルは柄を握り締める。名乗り出た少年少女を一瞥して、少し悩みながらもソラを見下ろす。


「……キミの寝具を買いに行ってくる。トイレだとか……そういう部屋の案内は二人に教えてもらえ。すぐに戻る」


「そう言って逃げないよね?」


 ぎゅっと、レイルのコートを掴んだ。不安に揺れる瞳が見上げる。けどすぐにそんな自分がみっともなくて手を離した。この部屋に置き去りにされるのも嫌だったが、レイルに頼るのはそれ以上だった。


「逃げる理由がない。キミに殺される可能性もないからな」


『まぁオレがいるからな。ギャハ! 頼りにしてくれてんならよーっ、もっとドブネズミの唐揚げを喰っていい日を増やしてくれよ!』


「前向きに検討しよう」


 レイルは【肉の剣】を撫でると部屋を出て行った。ソラは数秒ほど呆然としていたが、ニヤニヤと好奇の眼差しを向けられて辟易した。


「ヒュー! いけ好かねえ目だな。まぁ気に入ったぜ。レイル兄貴の家を案内してやるよ。頼まれたしな。あんた名前はなんて言うんだ?」


「……私はソラ。あんたじゃない。私にはソラって名前があるの」


「ごめんね……。リーダー、高圧的で。……これから、よろしく?」


 握手を求めるようにリーミニは手を伸ばす。ソラは険しい表情を浮かべてその手を取るか悩んだ。同年代の、初めて名前も知り合えた人間。


 憧れていた友達と、心の奥から縛り付いたレイルへの殺意を天秤に掛けて、……後者が勝った。


「申し訳ないとは思うけど……それはできない。私は仲良くするためにここに来たんじゃない。あいつを……殺すためについて来たの。仲良くなんてしてたらきっと覚悟が鈍るから――――」


 言葉が途切れた。それ以上声を出すこともできなかった。息が止まる。一ミリも体を動かせないほど硬直し、瞠目した。


 首筋に当たる冷たく鋭利な感触。リーミニの小さな手に握られたナイフが触れていた。明確な殺意を露わにするように陰鬱な眼差しが蛍光し、角を中心に紫電を帯びる。


「…………レイルは私の、恩人だから……守る」


「そうだとも。レイルの兄貴を……殺すだなんて冗談にならねえぜ。けどオレは優しいほうだ。引き金に指をかけなかったからな」


 先程までのやり取りが嘘のように、リーダーから表情が消えた。握られた拳銃。銃口を突き向けられていた。


「…………ッ」


 今度こそソラは言葉を失った。震える脚。真っ白になった頭がぼんやりと、二人がレイルを心の底から慕っていることを理解してしまって、ドス黒い感情ばかり湧き上がる。無性に腹立たしかった。


「――なんであんた達だけ」


 無意識のうちにそんな言葉が漏れた。リーダーは何かを察したように目を見開いて、深い嘆息をつきながら銃口を逸らす。リーミニから漏れる電光も掠れ消えた。


「……考えてみたらレイルの兄貴があんたなんかに殺されるわけがねえな。だから家に連れてきたんだ。泊めてやるってな。へへっ、いいよ。案内してやる。ピリピリするのはやめだやめ。ついてきな。それともあんた……じゃねえな。ソラちゃんから梯子を上るか? その服装で」


 白いワンピースを指差されてソラは咄嗟に裾を押さえる。殺意を向けられていた緊張はいまだ痺れるように残っていて、リーダーたちが梯子を登って行ってもしばらくの間動けなかった。

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