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決着

「嗚呼――――なんてことを。力の継承をしたところでレイル・ヴェインは壊れてしまうだけだというのに。貴女が壊れてしまうだけだというのに。なんて愚かで、馬鹿な真似を」


 自嘲と失望が入り混じる。止めようとするあまり、感情的になって貴重な純白種を傷つけてしまった。少女の細い身体から音を立てて血が漏れ出ていく。霧散していく紫の煌めき。


「復元がどこまでできるか…………。落ち着きなさい。力の全てを絞り出すことなど不可能……。すぐに装置に掛けレ――――」


 途切れる言葉。強迫する紫紺の軌跡。黒い残像。貫くような一撃がカノンを殴打した。銀に煌めく頭部装甲は抉れ、歪み、機体は激しく地面をバウンドしながら勢いよく吹き飛んでいく。


「ソラに……触れるな」


 得体の知れないどこかから、這い出るような声が零れた。紫紺に染まった頭部の蛍光は燃え上がるような光を灯し、激しく揺れていた。


『ギャハ……! 冗談ジゃあねェエよ』


 力を吸収した【肉の剣】が腕の代わりになるように生え出た。赤く脈打ち、牙を生やした腕。焼けるような熱を帯び、紫紺の瞳を見開いた怪物のごとき赤い腕が言葉を発した。


「…………」


 自身の変容にさえ何も言葉は浮かばなかった。一歩、一歩と歩くたびに許容量を超えたソラの力が溢れ出ていく。踏み締めた地面から紫紺の飛沫が舞い上がり、消えていく。


 ゆっくりとソラの身体を抱えた。……まだ熱は消えていない。血は出ていようとも、命に係わる傷ではない。体温はそこにある。


 まだ彼女はここにいるはずだ。それ以上に、途方もない何かが。言葉にできないものが。彼女から――――。



「……起きてくれ。ソラ。キミが……起きなければ…………約束が守れない」



 涙は流れなかった。嗚咽もできない。無機質な声だけが響いた。機械仕掛けの身体が戦慄くように震える。レイル自身から際限なく光が湧き上がる。


 宙に広がる紫紺の輝きのなか。ほんの数日の記録が浮かび、反射し、漂い、消えていく。


 動揺。


 恐怖。


 怒り。


 殺意。


 ……ソラと出会ったときに向けられた感情が、強く、強く、炎のようにメモリを焼き焦がす。


 苦笑。


 共感。


 信頼。


 約束。


 羨望。


 体温。


 ソラだけが殺さなくていいと言ってくれた。殺すのを、止めてくれると思ったと言ってくれた。憎むべき仇で、血に汚れた機械を相手に。




 ゆっくりと、力の無い身体を抱き締めた。金属の身体に体熱が伝う。


 レイルの全身から途方もない量の紫紺の光輝が波打つ。身を蝕む破壊は、ほんの僅かにだが和らいでいった。



「ぁ、ぁあ…………」



 また守れなかったのか? 結局、この身体は何かを壊すことしかできないというのか? ――この、感情はどうすればいい。この痛みはどうすればいい。何故、泣き叫ぶことさえできない。


 慟哭するように、激情が空気を震わせた。頭部の蛍光から紫の粒子が漂い、朧げな軌跡を描いて散っていく。


「彼女には理解が追いつきません。破滅の道だと知りながら……何故、進んでしまったのか。《十三の紫》共はなぜ皆して破滅主義に傾倒してしまうのでしょう」


 カノンは平然と立ち上がったが、無傷とはいかなかった。抉れ込んだ頭部装甲。内部の電子回路の一部がイカれ、赤いスパークが迸る。もう妨電波を送ることはできない。


「レイル・ヴェインのことを冷静に想えば、このような選択ができるとは思えなかったのですが。…………嗚呼、ワタシの力が。こんな失敗作に……。許せない。本当に信じられません。何がしたかったのでしょうか? 何が望みだったのですか?」



「貴様に――……。この力の意味は永遠に理解できない」



 激情のままに地を踏み砕く。塵となって削れる脚部の装甲。自壊すら厭わない超加速は迎撃を許さなかった。


 暴風を纏う黒い残像。驀進し、紫紺の光刃を突き振るった。互いに絡め手も銃撃も通用しない至近距離。カノンはギリギリで後ずさる。鋭い切っ先が胴体装甲を掠めた。刃風が貫く。勢いのままに表面が焼き切れた。


「ッ――加速力が増しましたか。嗚呼……ですがやはり、失敗作の貴方に彼女の力は不相応ですよ」


 緋色の斬撃。無数の斬撃が続けざまに振るわれる。身を反らせば脚へ。


 光刃でいなそうと身構えれば斬撃は鞭のようにしなり、回避を強いられる。致命傷となる斬撃を屈んで避けた瞬間、胴体側部へ蹴りが回った。


 かろうじで受け止める。


 腕に受けた衝撃はどんな一撃よりも重かった。自壊によって強度の落ちた装甲の一部が破片となって飛び散る。


「……っ。まるで自分は失敗作ではないとでも言いたげだな」


「挑発のつもりですか?」


 猶予の無い力を得て速度と破壊力はカノンの機体を上回った。だが、単純な戦闘技術は彼女が上だった。


「貴方は生かされたんです。奇跡のような力に。だというのに。今度こそ死ぬ気ですか? 自壊の速度から見るにあなたには時間がありません。それを自ら縮める気ですか? 残された力を全てつぎ込む気ですか? なんのためにもなり得ない」


「時間がないか。だとすれば貴様もだろう。力の抽出、解析を諦めてはいない。だから戦いをやめさせようとする。機体の破壊ではなく戦闘ができなくなるような部位を狙う」


 緋色の連撃を縫い躱し、カノンの背を取るように一歩踏み込む。力を吸収し、左腕の代わりとなった【肉の剣】で斬撃を薙ぐ。伸縮する赤い一撃。


 カノンは片翼で攻撃を受け止めた。刺突が機体を貫き、被弾部位が大破した。激しく軋み歪む金属フレーム。電子回路の一部が途切れ、失った電気が青い稲妻のごとく宙へ弾けた。


 カノンは翼を切り捨てると、レイルと同じ動きで黒い背を取る。純銀の光で機体を撃ち抜いた。


「ッ――――」


 咄嗟に地面を蹴り上げ、捻り、被弾部位を反らす。冷却装置、電子回路への損傷は避けた。片腕に残っていたワイヤーの射出装置が弾ける音と共に破損する。


「こんなことならば、ワタシが最初からソラを回収すべきでした。何故あなたを送ってしまったのか。子供をお使いに送るような錯覚でもあったのでしょうか。今にして思えば非常に後悔していますよ」


「まるで自分なら全てが上手く行くとでも言いたげだな。その失敗作の創造主でしかない貴様が。ソラの事を何も理解できず、こうして残り時間を浪費するお前が」


 光刃の切っ先が激しい火花を散らして激突した。純粋な力のぶつかり合い。黒機自身さえも蝕む力の奔流が銀機の片腕を貫く。


「ええ、ワタシは完璧ではありません。足りない。力も、技術も。だから今こうして欲しているのですよ」


 畳みかけるような斬撃の応酬。カノンの振るった一閃が残像と共に消えた。弾速を超えた打突の連撃。打ち流し、反撃を繰り出す。剣戟と共に迸る雷撃。凄烈な光の飛沫と火花が飛び散る。


「――いくら組織を拡大しようとも、我々は時として理不尽な力に全てを奪われます。ワタシはそれを無くしたい」


「なくしたいだと? よくもそんなことが言えたものだな」


「自分のことを棚に上げますか? 貴方だって目的のために手段は選ばなかったではありませんか。何人殺しました? 何人その異界道具にくわせましたか?」


「他の選択肢なんて無かった」


「ワタシもですよ。好きでこんなことをしようとは思いません」


 斬撃が摩擦する光刃の鍔迫り合い。カノンはほんの一瞬、刃の出力を切った。すり抜ける紫紺の一閃。大振りの剣撃を躱し、腕を突き上げレイルを弾き飛ばした。重い衝撃を受けて機体が仰け反る。



 ――仕掛けてくる。今しかない。


 確信が過る刹那。カノンが距離を詰めた。


 加速力を乗せた光刃の刺突。回避はできたが、構わなかった。


非合理的で、後先の考えのない行動をしなければカノンには勝てない。

 思考を捨て、激情に身を委ねた。


 狙い澄まされた一撃へ。


 レイルは渾身の力を込めて頭部を振り下ろした。緋色の刃が黒い装甲を貫く。


 相乗した加速によって銀機の腕さえも黒い頭部装甲を突き抜いていた。


 金属を焼き切る熱の刃。黒煙が舞い上がり、制御を失った力が紫電となって周囲に迸る。


 視界情報が完全に途絶えた。構うものか。


 カノンの狙い通り、頭部が壊れた。これ以上戦闘が続けばこちらは対処できない。だが、彼女の予測から外れた。カノンを捕らえた。


 密着したまま力任せに地面を蹴り込む。力はこちらが勝っていた。両翼、片腕を失っていたカノンは押し負けてその場に倒れた。


 腕を引き抜くことさえできないゼロ距離射程。銀機の首元を鷲掴み、そのまま紫紺の刃で突き穿つ。


 逆巻く漏電。小さな爆炎が金属を焦がした。まだ、トドメは差し切れていない。


 レイルは躊躇いなく赤い左腕を、【肉の剣】を彼女に押し付けた。





「――――あり得……ない。こんな戦い方は教えていません」



「無謀で、無茶苦茶で、感情的なやり方は貴様に教わっていない」


 力を緩めることなくレイルは言い切った。



「あんな女の子と一日中お出かけしてお泊りが……教育よろしくなかったようで」


「貴様がこんな手に引っかかるとは思えなかった」



「そうですね。何故、……こんな風になってしまったのでしょうか。…………焦っていたのかもしれません」


 千切れかけた銀機の頭部は隔絶された晴天を見上げ。鈍い蛍光を繰り返したが、レイルには何一つ見えてはいなかった。




「他社と渡り合うために。非科学で理不尽な事象に抗うために。力が必要だったのですよ。《十三の紫》を選んだのは……私念ですがね。ワタシとて大切なものはあります。それを守るための手段が必要でした」


 抑揚の無い機械音声が響いた。銀の機体は諦めたように脱力していた。


「……同じ意見だ。この機体にはいくつも不満点はあるが、戦える力をくれたことだけは感謝している」


 どれだけ取り繕おうとも彼女と自分は同類だ。目的のためなら人を殺す。誰かを利用する。だから対立した。だから永遠に分かり合えない。


「……決着はつける。全て、終わらせると約束した」




「嗚呼、……ワタシのレイル・ヴェイン。それでこそ貴方です。しかし、最期に頼みたいことがあるのですが。聞いてもらえませんか?」


 レイルは沈黙を貫いた。視界機能は絶たれていたが、カノンがニヤリと、笑ったような錯覚を覚える。




「もし、奇跡みたいな可能性があなた達を生かしたのなら。もう一度だけ我が社に寄ってください」


「どういう意味だ」



「自分で考えなさい。それぐらいは」


 自嘲の籠った言葉。楽しんでいるように思えた。


「…………考えておこう」


 レイルは曖昧な返事を返した。そして、


「一回分だ。叫べ」


 紫紺の風が貫いた。不協和音が轟く。


 感情の力を吸収し、放たれた一撃が空間もろともカノンの機関部を貫き穿つ。




 小さな金属音が力なく地面に落ちた。

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